第99話 コーズ&エフェクト・ディストート
ノノアは危機的な状況に
「――
鉄をも分解するノノアの拳でも、魔素で生成された水晶はビクともしない。
実のところ、モカは戦闘が始まる前に物凄い速度で逃げだしていたので、残っているのは自分一人という状況だった。
アンリ達や、姉の含まれる水晶のオブジェを隠れ蓑にして、足音も静かに逃げ回る。
このままでは全滅、だのに自分にできることは無いように思えた。
(ノノアには、なんでお姉ちゃんみたいな特別な力が備わっていないんだ! くそぉ、この髪が、黒くなったらいいのに!)
髪の毛をグシャグシャと揉みながら思う。
今まで窮地に陥ったことは何度もあった。でも、ノノアの髪は一度として美しい銀色から変わることは無かった。
(頼むよっ……ねぇっ……)
ノノアは誰彼なしに祈った。
「――ノワール・アールグレイのたった一人の肉親、という設定の、
エルガスタが喋りながら、ゆっくりと近付いてくる。足音がするたびに、ノノアの耳が小刻みに揺れた。魔王は、ノノアの隠れている場所を把握しているようだった。
(……?)
コツコツと響いていた足音が止まって少し経った。
静かだ。
ノノアは、なかなか現れないエルガスタに痺れを切らして、アンリ達の水晶を背に、様子を
(居ない……? どこに行ったんだろう?)
ゆっくりと追ってきていたはずの魔王は、忽然と姿を消していた。
「どこを見てるんだ? ほら、こっちだ」
エルガスタは音もなくノノアの背後に現れて、頭を撫でた。
ノノアは心臓を飛び跳ねさせて、全力で飛び退いた。
「はぁっ……はぁっ! 助けてっ、誰かぁ……!」
時に体勢を崩して、四つん這いになったりしながら、牢獄の水晶の間を走る。
地面を蹴って逃げると、計ったように、さっきまでノノアが居た場所に水晶が現れる。
エルガスタは、逃げ回るノノアを水晶漬けにしないで遊んでいるのか、なかなかこの『人類と魔族の最終決戦』を白黒付けずにいた。
(――速いですね。艶のある真っ黒な……ゴキブリかよ、全然当たらない。不味い、このまま時間を稼がれると、魔素が不足してしまう。舐めプしなきゃ良かった……)
魔王エルガスタは涼しい顔を、少ししか崩さなかったが、内心歯噛みしていた。
「……最低な奴! 僕が子供だからって、わざわざ最後に残して……いじめて楽しいの⁉」
涙で頬を濡らして、悔しくなって憤るノノアが、振り向いて吠えた。
振り向いた先には誰も居なかった。
エルガスタは途中から本気を出して捕捉するため、水晶の上からノノアを捕捉して攻撃を加えていたから当然だったが、それはそれとして、一つ違和感があって目を見開いた。
水晶に映る、自分の姿だ。
「く、黒くなってる……!」
自身の髪の毛や尻尾を掴んで、撫でて、幻覚ではなさそうだと確認した。
いつも姉に起こっていた変化が、待ち望んでいた変化が、とうとう自分にも
「はぁっ、はぁっ……すごいすごい! ははっ! 生まれ変わったみたいだ! ……ぐっ」
黒い稲妻のようになって、辺りを駆け巡る。道理でエルガスタも捕捉できない速度が出せるわけだった。同時に天地が反転したような眩暈と、半分水の中に沈んだような息苦しさを感じる。
「だ、だめだこれ……なんだかふらふらして……」
突然の変化を制御できず、暴走して
穴からは砂や石、小さな岩までもが流れ込み、
「窒息して死亡、と……ふぅ。意外とあっけなかったですね。もっとこう、劇的な勝利が良かったんですが――」
「勝利は劇的でなくていい、確実なら一番卑怯な勝ち方でいい」
エルガスタの肩から力が抜けると同時に、背後から小鈴のような澄んだ声がした。
「なっ⁉ 君っ、いや貴様は……あ、
エルガスタが驚いて振り向いた先に佇んでいたのは、水晶に取り込まれたはずのアンリだった。
「手の内は理解した、もうあなたの勝ちは無いわ。あなたは頭で考えたコードを直感的に魔素に命令できる、ウェアラブル端末を着けている……おそらくはこの眼鏡かしら。便利なものも、あったものね」
エルガスタは振り向いたまま、蛇に睨まれた蛙のように固まった。
アンリは動けないでいる魔王から、眼鏡をそっと外すと、自分に着け替えて告げた。
「本当に便利だわ……『
動けないのは、彼女が絶えず拘束のコードを紡いでいるからだったが、眼鏡を付けると口語で発声せずともよいようだ。
「な、なんで⁉
「……自然に溶けたの。私も驚きだわ。例え1/10KLOCの
口を閉じたまま、アンリが指を鳴らすと、捕らわれていたノワールの水晶が溶けて前傾に倒れこんだ。
「ノワール。レネィとノノアをお願い。ミリカ達も下にいるわ。あ、ノノアは早くしないと窒息するかもしれない」
「え、わ、私が
ノワールはキメ所をアンリに取られ、最初は納得がいかない様子だったが、今回の魔王戦では良いところが1つも無かったことを鑑みて、大人しく従うことにした。
「さて、あなたには聞きたいことがあるわ。
ルーデンスは、結局のところ何も知らなかった。結局はエルガスタの命令に従っているだけの、一魔族ということだった。
「あぁ、その話ですか。『
勝負は決したと判断した魔王は、観念したのか落ち着き払って答えた。
(何か、おかしいわ。私たちとそんな約束は、していないのに。『
こいつが、王ではない?
「――いったい、誰に命令されているの……?」
「アンリー! みんな無事だよ! レネィの水晶は触れば溶けたし、ノノアも、運よく小さな岩でできた空間に収まってた! 真っ黒だけど無事だよ!」
アンリが腕を組み、顎に手を当てて考えていると、ノワール隊長が元気に全員を引き連れてやってきた。
「さて、時間のようですね。抵抗はしませんから、私の話を聞いてください」
エルガスタは、アンリの拘束から自由を取り戻して、外套を大きく翻した。
「勇者よ! そしてその仲間たちよ! この魔王を退けようとも、第2第3の苦難が待ち受けているだろう‼
「⁉」
魔王最期の見せ場である、演説の最中に邪魔をする不届き物が現れた。
そいつは正体を現さなかったが、エルガスタの台詞を阻み、胴を真っ二つにしたのは、銀剣の情報体だ。ノワールは臨戦態勢になって、もはや宿敵とも言えるアルジェントの姿を探したけれど、どこにも見当たらなかった。
「ごぼっ……なん……⁉ ――げほっ、げほ! ふぅっ、まぁいいです……。これでようやく、私も魔王として死ねますよ……。ちょっとだけ恥ずかしかったですけどね、最期まで
エルガスタは言い残すと、消滅して無くなった。
「――『
リザリィは、誰に言うでもなしに、気になっていたフレーズを口に出した。魔王は確かに言ったはずだ『役割を持たぬ、イヒカの庇護種』と。
「……あっけない、最期だったね」
「わたくしは、拍子抜けとは思いませんわ……だってわたくし、またしてやられて、悔しいですわ」
正義の柱において、最終兵器的な扱いであるミリカは、ルーデンスに続いて、ハルシノ、エルガスタと、またも忌々しい
「あが……あががが……ッ」
少し傷心だった彼女は、無意識にノノアを後ろからギュッと抱きしめて、力を込める。当然ノノアからは声にならない悲鳴が上がった。
「ルーデンス以降、わかんねぇことだらけだな。頭がいてぇぜ」
後ろ頭に片手を置いて、レネィが溜息をついた。
「――おまえら! 大変ですよ、
レクラを背中に担いで、モカが走ってきた。彼女にしては珍しく目を見開いて、焦りが顔に出ている。
彼女が脱兎の如く出口から飛び出していくのと同時に、フロアが不気味な鳴動を始めた。
「――総員、退避、退避ー!」
隊長の号令が響いた。
隊員たちは緊迫した空気の中、足音と呼吸音だけを残して、出口へと急いだ。
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