第93話 デマイズ・インブレイス

 ミリカの持つ宝杖、小夜鳴鳥サヨナキドリの軽やかで鋭い鳴き声が、フロアに響いていた。

 振るう度に、その良くとおさえずりが、空気を引き裂く音とぶつかり合った。

「ねぇ、あなた。小夜啼鳥……ナイチンゲールの伝説をご存じかしら?」

「菴・🤍・?♡」

 この塔を下って、遭遇した時からわかっていたことだが、このフローレスは以前と比べて明らかに様子がおかしい。

「その鳥は、愛する者のため生死を賭けて歌声を競い合う性質があるらしいのですわ。お互いに力を振り絞って、勝負に負けた方は、息絶えると言われている……。ロマンチックですわよね♡ さて、この『歌声勝負』どちらが負けて死ぬのかしら~♡」

 薄明るいフロアで、剣戟音以外に聞こえるのは、ミリカの独り言のみだった。

 フロレスデマイズは相変わらず、呻くように何かを呟いている。

「……あなた、以前はとってもお喋りでしたのに、どうしましたの? 挑発にも乗らなくて、つまらない奴ですわね」

 激しく打ち合っていた2人は、押し合った反動で勢いよく離れる。

 何度話しかけても、やはり反応はない。ミリカは残念がるのと同時に、少し憤った。

 返事のない、かつての宿敵フローレスにではなく、こんな不憫な状態で、わざわざこの世に蘇らせた悪趣味で邪悪な者に対しての憤りだ。

「こんなのって、憐れすぎますわ……」

 ミリカが宝杖を握る手に力が入る。

 かつて愛しいノワールの純潔を奪い、自分と対等以上に闘って苦しめたフローレスの面影は無かった。

「……顔や姿は、そっくりなのに」

 縦一文字に振るってきた大鎌を、水平に構えた杖で受け流すと同時に回転して、美しい顔面に一撃を加える。

「硬さや力は一丁前に魔族のそれですわね」

 ミリカの一撃は、普通の人間の首程度ならばゆうに捩じ切り飛ばすくらいの威力はあるはずだが、デマイズは首をひねるくらいで相変わらず表情を変えずに、虚ろな目で彼女の方を見た。

「繧、Input・/😉」

 今までとは何か質の違う言葉を発した。

「わたくしが、引導を渡して差し上げますわ」

 相変わらず言葉の意味は分からなかったものの、ミリカは特に気にせず、この憐れな存在を楽にしてあげようとした。

「行きますわよ。そして、さようならですわ。──列列椿つらつらつばき

 以前と同じく、抵抗できないまま葬り去ってやろう、彼女のこころに芽生えたのは慈悲だった。

 列列椿は相手に向かって進み、すれ違う一瞬で、きっちり16回、連打を全て叩き込む技だ。前回フローレスの分身を肉塊に変えた際は、この寄せては返す波のような『死のすれ違い』を極僅かな時間で64回繰り返した。

「Input・/😉 Input・/😉Input・/😉──」

 デマイズは、列列椿の第1波を全身で受けながら、同じ言葉を規則的に繰り返した。

 そしてミリカがスカートを優雅に揺らして折り返し、第2波目の攻撃をしようとした時だった。

「En🅾ugh/😘」

「なっ……⁉ そんな、馬鹿なっ! つ、……‼」

 ミリカが2度目にすれ違うことはできなかった。

 これまでに避けられたことも、ましてや掴んで咎められたことはない、無双の技だったから彼女は狼狽した。

(しかも……さっきより力が強くなっていますわ……!)

 デマイズの、近くで見ると吸い込まれそうな冷たい美しさに息を飲むほどだったが、今はそれどころではなかった。不気味で虚ろな目と視線が合う。咄嗟に掴まれている小夜啼鳥を全力で引き離して、大げさに距離を取った。

「どういうことですの……⁉ ──時間経過でどんどん強くなる、とでもいうのかしら?」

 結論を出すには情報が足りなかったし、奴がダメージを負った後の言葉も気にかかる。ミリカは他の可能性も調査する必要があるとみて、手近にあった壁を叩いて、手頃な石の塊を数個調達した。

「まずは第1投……」

 そこいらに散らばった、石の欠片を1つ拾い、振りかぶって全力投球する。

 投擲された石は、ゆっくり近付いてきているデマイズの頭を4分の1くらい爆散させて貫通し、後方の窓ガラスに突き刺さった。以前のフローレスとは異なり、頭は再生せず、黒いような深淵の断面が覗いていた。

「Input😉」

 やはりまた何か呟いた。

 続いて、似たような大きさの石片を再度投擲する。2投目はさっきより強く、早く投げた。もはや目に留まらないスピードだ。

「Al・re🅰?dy/😘」

「……! 止めましたわ! 見えない速度の投擲を!」

 デマイズの左手には、しっかりと石片が握られていた。

 だんだんと敵の能力の正体が分かってきたが、最後にもう1つ確かめたいことがあった。

 床に転がる50センチ四方ほどの石塊に、手刀を突き刺して持ち上げると、軽く助走をつけて投擲した。

 石片とあまり変わらないような速度で投擲された石の塊はデマイズに命中して、破砕音を轟かせた。

「さておかしいですわ、最初の小さな石は、奴の頭を吹き飛ばしましたわ。だのに何故、それより大きな塊に当たって、微動だにしないんですの? 傷ひとつ無いんですの?」


 そんな疑問点に対して、ミリカの出した結論は、簡単だった。学習しているのだ、体と頭で。

 1度当たった攻撃を覚えて、それに類する力を無効化しているに違いない。そしてその情報が蓄積すればするほど、強化されるということか。仕組みは依然不明だが、それならば納得がいく。さしづめ攻撃が当たった後に喋っている、知らない言葉は──

♡ ってところかしら……?」

 直後、デマイズは地面を蹴って再度ミリカに肉薄した。血の大鎌を振り上げて、またも小夜啼鳥との迫り合いになった。

「……早い! このっ、わたくしが、押されて……」

 下から受けるミリカのハイヒールが、何製か分からないが丈夫で硬い床にめり込んでいる。

 下手に手を出すと、状況が悪化することは目に見えていた。かといって防戦一方でも状況が悪くなることに変わりはないだろう。

「つっ……」

 押し合っていた鎌の刃が、とうとう力負けし始めたミリカの左肩口に吸い込まれて、噴き出した鮮血がデマイズの顔を紅く染めた。

 力比べを切り上げて、まずは全力で大鎌をいなしてから、敵の腹を蹴って飛び退いた。もはや離れるだけで苦労してしまう。

「Input😉」

「それはもう、分かりましたわよ!」

 今ならまだ勝つ方法は、ある。だが、これ以上強化されるのは遠慮願いたい。

 デマイズは目で追えないような速度で、後退したミリカを追って傍らに現れ、鎌を振り上げた。

「きゃっ……!」

 躊躇なく振り下ろされる鎌を、無理な体勢で回避したので、バランスを崩して尻もちをついた。デマイズが、その隙を見逃す理由はないから、当然の権利のように襲いかかった。

 次々と、五月雨式に降ってくる敵の攻撃をすんでの所で転がって回避する。

 地べたを這い擦って、肩口から溢れる血と埃まみれになったミリカは、悔しくて情けなくて泣き出したかったが、それらの感情と地面に衝いた杖をバネにして起き上がった。

「あ」

 態勢を立て直した先で顔を上げると、半分崩壊したデマイズの顔が目前まで迫っていた。美しく冷たい、デマイズの目と焦点があって、とうとうミリカは覚悟を決めて目を瞑った。


「Input😉」

 意外にもギュッと目を閉じたミリカに聞こえてきたのは、空を切る音と打撃音。それと、もはや聞き慣れてきたデマイズの台詞だった。

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