第92話 瑕疵について
モカが読み取った、アルジェントのこころは、羨望愛憎の念が渦巻く深淵だった。
(あのピンクは
それ以外の思考に関しては、ホルスだの旧神だのと、何を思っているのか、さっぱり分からなかった。
「それで強かったら、怖いんだけどね。ハハッ! 雑魚じゃ意味ないよね! それはそれとして、勝手に頭を覗かれるのは不快だよ、死んでくれない?」
モカは自分が蚊帳の外だと思っていたのは大間違いで、アルジェントは彼女に向けて振りかぶり、不可視の速度で短剣の情報体を投げ付けた。
「なっ……早……しまった‼」
ノワールは、あまりに隙が無く、かつ早く投擲されたそれを止められなかった。
モカちゃんめ、さては実力を
「ノワール、その通りですよ。モカちゃんは争いが嫌いだから、弱い振りをしていたのです。……これって皆には内緒ですからね」
衝撃によって少しズレた、赤い眼鏡をくいっと直してモカが告白する。
アルジェントの投げ付けた短剣は、彼女の胸の前で縦に構えられたプリンセスツヴァイによって阻まれて、地面に落下して消えた。
ノワールは何も言わずに笑顔で頷いた。
「へぇ、僕にも悟らせずに隠していたのか、バンシーの時も、カデイシアのポータルの時も」
直後ノワールは、目を見開いて笑うアルジェントに対し、レネィの銃弾のように突撃し、回転しながら剣を振り上げた。
アルジェントは彼女の『
「やっぱりダメだな、なまくらじゃ。
「この炎の剣は、レネィの造った、鍛冶くんの造った武器だ!」
ややこしい。
ノワールは間髪入れず、左逆袈裟から一文字に切り付けて、刺突する。敵は高速の3連撃を、銀に輝く情報体の剣を出して受けきった。
モカはジッと剣を
「となると、やっぱりこっちに来ますよね」
実際モカは厄介だったから、アルジェントはノワールの前に、モカを始末しようとした。
「こっちは1人だっていうのに、
「別に仲間呼んでも良いんですよ。友達、居ないんですか?」
モカが思考から位置を予測して長大な剣を叩きつける。絶えず読み取っているのは、相手の戦法だけでなく心境も同じだ。わざわざ怒りを誘うために挑発した。
「知ってて言ってるんだろ、君。やっぱりムカつくなぁ」
アルジェントの銀髪が、斬撃を繰り出すたびに黒く染まっていく。それと比例して徐々に顔にも怒りが現れ、剣筋にも鋭さが増していった。
器用に間合いを管理し、大剣を駆使して、攻撃を凌いでいるモカが少し押され始めた。
「やっぱり、こんな奴らとは闘えませんね」
モカは表情を変えずに、しかし汗を一筋流して愚痴った。
精神走査による予測だけでは対応しきれなくなりつつある彼女と敵との間に、攻防の合間を縫いつつ、ノワールが跳んで割り込んだ。
「──ねぇ、ノワール。僕と一緒に子供を作ろうよ」
剣を重ねながら、妙なことを言い出した。ノワールは気にも留めず、無視して敵の首を狙った。
回避したアルジェントの隙をついて、すかさず後方からモカが追撃するが、当たったと思っても当たっていないことになっているような、何か不気味な手応えを感じた。
「君と僕は、同じじゃないか。同じ客観的事実情報体の、強力な
アルジェントの髪は、そろそろ真っ黒に染まりそうだ。
モカはというと、絶えず致命的な攻撃をやり取りしあう、瑕疵者同士の激しすぎる戦闘には着いていけず、ノワールに迷惑が掛からないように少し離れて警戒するくらいしかできなかった。
「勝負はここからだよね、覚えているかい、黒化の先へ進んだミレイがどうなったか」
「私達をお前と一緒にするな! モカちゃん、私は大丈夫だから、早く離れて逃げて!」
顔に黒い模様が浮かび始め、本気を出しそうなアルジェントを前に、ノワールはモカを撤退させることを選んだ。
黒化は格下相手に起こらない。
以前こいつと闘った際は、自分が先に黒髪化していたが、今は逆の立場だ。それはきっと有利に違いない。そう裏付けられた自信から、1対1での決闘を望んだのだった。
「ノワール、頼みますから、無事でいてくださいよ……」
モカも同じく、これ以上はノワールの負担にしかならないと判断し素直に撤退を決めた。何かの役に立つかもしれないと、プリンセスツヴァイを彼女の近くの地面に投げ刺して、階段を駆け上がって逃げた。
「……君は自分がどういう存在だか知らないだろうから、真の仲間である僕が教えてあげるよ」
ノワールにとってその提案は、お腹の奥がムズムズするような、漠然とした不安があった。
「待て、それは私が自分で探──」
「ノワール、君は魔族だ。君たちが『魔族』と呼んでいるものと同一だ」
「簡単に言うと魔素で構成された、
「ううわぁぁああーー‼‼」
あっけなく言い放ったアルジェントに、ノワールは少しの沈黙のあと、顔と目を真っ赤にして泣きながら斬りかかった。
「何となくは分かっていたんじゃないか? 僕らは12年前に、無から生まれたんだ、突如としてね。ははっ、魔族と同じだね」
その通り、ノワールが何となく理解していて、理解したくなかった事実を次々とリークしていく。彼女にとって公然で知られたくない秘密を言いふらされたような感覚だった。
これ以上言わせたくなくて、剣での連撃を試みるが、完全黒化したアルジェントには一步及ばず、全て受け流されてしまう。
「根拠が欲しいんだろ? もちろんあげるよ。君の生い立ちだ。魔物に滅ぼされた街で、たった1人で立っていたって? たった1人の生き残りだって。そんなのおかしいじゃないか。大人も、男も、騎士も全滅した街で、子供を抱えた少女って。そこら辺の小さな魔物にだって、食い殺されるんじゃないか?」
その通りだ。クラウスが偶然来なかったら、最初に見た小型の魔物に食い殺されていただろう。
「待てよ……? 私が魔族と同一ならば、魔族同士で共食いするのか? 魔物たちは何故私に襲いかかってきたんだ」
ノワールが魔族に襲われるということは、魔族でないことの証左なのではないのかという主張だ。
「だから、
問答の間も、アルジェントの言葉を断ち切るように剣を振るい続ける。だが言葉と同様に、奴の本体に剣が届くことはなかった。
「あの新人、ミレイちゃんはどうかな? あんな子供が、12年も前に滅んだ地で、どうして存在できたんだ? 親は誰だっていうんだ? どうして生き延びてきたんだ? 答えは『そこに突然、この世界の瑕疵として
剣が軋み、悲鳴をあげている。
ノワールの髪の毛が、みるみる黒みを帯びていく。
ミレイの存在は、確かに初めから不審そのものだった。正義の柱の全員が思っていたことだ。しかし存在が悪で無い以上、捨てておく道理もなかった。ノワールはアルジェントの説について、辻褄が合ってしまうのが嫌で、反証しようと頑張って理由を探した。
「そんな、私達がベルガモットに来るタイミングで、偶然現れたってことなのか⁉ 都合が良すぎるだろッ?」
「
気持ち悪い。ノワールは嫌悪をあらわにして全力で剣を叩きつけた。
「あるいは、生まれては魔物に食い殺されているのかもしれないね。君たちが
アルジェントの出していた銀色の剣型情報体は、彼女が振るった全力の一撃によって砕け散り、反動で
「それで誰が生んだんだと思う? 僕も気になったから調べたよ。そしたら『神様』が生んだっていうんだぜ! 笑っちゃうだろ。しかも出来損ないらしい、自分の意思がある奴は要するに
いつものように笑っては居るが、その笑顔は狂気で歪んでいる。
「やめろ! その戯言をやめろぉぉー‼ 神なんて居ないッ! 居てたまるかッ!」
ノワールは叫ぶと、後方宙返りして、モカの残していったプリンセスツヴァイを引き抜いた。
「それについては同意だね、こんなふざけた世界……」
言いかけたアルジェントは、黒化したノワールの放つ
「ははは、
彼は両断されたまま、息絶える様子もなく喋っている。
「違う! お前に同意など求めていないっ! 私は、断じて魔族と同一のものなんかじゃない! 正反対じゃないか、私は人々を守るために生まれたんだぞ!」
「だから、それが予期しない
ノワールが瞬きする間に、2つに別れていた上半身と下半身はいつの間にか合わさって、さっきのダメージなど無かったかのようになっていた。
「さぁ、ここで決めちゃおう。滅びるか、生き延びるか、人間たちの命運をさ」
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