レモンライムへ

第24話 求:リンゴ

「パパ! 私、ミリカ姉のとこ行く、場所どこだったっけ!」

 ある日の朝食後、ノワールはエリクに、ミリカの行先を訪ねた。モカの誤情報に振り回されたあと、数日経っても依然として帰って来ない彼女の安否に一抹の不安を覚えたからだ。

 ミリカはこの『正義の柱』の中でも特に優秀な人物であり、大体の任務は一番問題を起こさず、一番先に帰ってくる。

 放っておけばそろそろ帰ってくるだろうと、手伝いに行くことは考えていなかったのだが、これだけ時間が経っても帰ってくる様子もないところからすると、何か問題が起こっているのかもしれなかった。


「あぁ、確かにミリカにしては遅いな。様子を見に行ってあげなさい。場所はアエスヴェルムを東に向かって、商業都市ブーケガルニとの間にある、レモンライムの領主屋敷だ」

 朝食を摂り終わって、紅茶を飲んでいたエリクが答えた。

「ブーケガルニには5年前くらいにも行っただろう? その時に通り過ぎているはずだよ。ちなみに潜入が必要だと思うから、大所帯は避けた方がいい」

 奇しくも懐かしい、ノワールが5年前にミリカを勧誘しに奔走した道だった。

「行方不明者多発の領主屋敷を調査してるんだったね。ありがとう、行ってきます!」

 ノワールはエリクに別れを告げると、1人でレモンライムへ向かうことにした。


 ブーケガルニまでは、街道をノワールの足で走って2日かかる。レモンライムはブーケガルニ寄りにあるので、そこまでは1日半といった所だろうか。ただし現在はあまり早く走ると検挙されるので、それほど早くは辿り着けないだろう。

 ノワールは以前、速度超過を咎められたことがあったから、次は何かしらの罰則を受けるだろう。今回の旅は距離的にも、地理的にも、荷物が最小限で済むのでありがたかったが、未踏地域と違って騎士団に行動を制限されるのは納得いかなかった。

「この足は一早く正義を為すための足だ、何故止められる必要があるのだろうか……」

 ノワールはぶつぶつと呟きながら、小走りでミントグラスの街道を行く。


 アエスヴェルムの東門を目指して街中を歩いていると、珍しいものが目に入った。最近建設された馬車乗り場というものだった。

 何やら研究者の中では、12年前から突然現れた魔物の類でも、飼いならせる部類のものは分けて考えるのが主流になってきているそうで、それらを総称して『動物』と呼ぶことに決まったようだ。

 この馬車乗り場というのは、馬という動物を用いた乗り物である『馬車』の乗り場で、各都市へ定期的に運行しているということだった。

 いつもは大きな乗合馬車や、豪華で高価そうな馬車、ボロボロの馬車などが、それぞれひしめいているらしいと話には聞いていたが、現在乗場に繋留されているのは、1対の馬が引く、乗合馬車のみだった。

 乗合馬車は、数人を乗せて走る馬車が運賃450チュールと安くは無いが、安全な移動手段の無い庶民にとって背に腹は代えられないものだ。

「そうだ、馬車! これに乗って行けば、合法的に急いでレモンライムに行けるはず!」

 というのは、実は単純に乗ってみたかっただけで、単なる動機付けの言い訳に過ぎない。

 しかし、どういうわけか、馬車乗り場には人だかりができていて、簡単には運行を開始しそうになかった。

「なんだなんだ? どうしたの? おじさん、私、馬車でレモンライムに行きたいんだけど……」

 人込みをかき分けて管理人らしい老人に尋ねると、何度も尋ねられた質問なのか、煩わし気に答えた。

「馬同士で喧嘩しちまってよ、機嫌悪くなっちまって動かねんだわ」

 管理人は困っているが焦ってはいない、なるようにしかならんといった顔をしている。動かなければ動かないで、商売をする必要はないから、解決する気持ちが薄かった。

「ねえねえ、おじさん! 私、馬に触ってみていい? 動物の気持ちがわかる気がする!」

 全くもって何の根拠も無いが、同じ動物である『猫』の耳尻尾がある自分ならば他の人より何とかできそうな気がして、ご機嫌取りに立候補した。

「ああ、いいよ。機嫌がわりぃから、もし怪我しても自己責任でよろしくな」

 管理人も馬が動かない限りこの場に足止めで、お手上げの状態だったから、ものは試しと見知らぬメイドの少女に任せてみることにした。


「いい子だねえ、よしよし……どしたのかな〜? 何か嫌なことあったのかな~?」

 これ以上無いくらいの優しい表情で、馬の背中を撫でながら語りかけた。

「ん? なに? どうしごふぇッ……っ‼」

 馬はゆっくりと背中をノワールへ向け、腹を後ろ足で猛烈に蹴り上げて、ひとついなないた。歴戦のノワールでも、馬の攻撃方法が特殊だったから、対処ができなかった。

 蹴られた衝撃で宙に持ち上げられて、そのまま少し離れた煉瓦の壁に激突した。成り行きを見ていた乗客からは、歓声があがった。

「ぐぶッ‼ ッこの子……機嫌、悪い……ゴホッ、みたいね……」

「だから最初からそう言ってるべや」

 そう最初から分かっていたことを再発見して、状況は振り出しに戻った。

(いててて……どうしよう、馬の気持ちは分からなかったし……機嫌が直るのを、ただ待ってるっていうのもなぁ)

「おじさん、この子の好物って何? 私、取ってくるから!」

 いつになるか分からないことを待つのは性に合わなかったので、出来ることは無いか動いてみることにした。



「禁断のリンゴという金色のリンゴが好物らしい……」

 ノワールは西側の食材市場に来て、馬の好物だと教えられたリンゴを探していた。

「禁断のリンゴ? 残念だけど、聞いたことないねぇ」

 ある青果店のおばちゃんはそう言った。

「金色のリンゴ? そういや最近見てねぇな~」

 またある青果店のおじちゃんはそう言った。

「お、グラスさんのとこのノワールちゃんじゃねぇか、今日は何を探してるんだ?」

 いつも市場で買い物をする時に使っている、精肉店の親父が話しかけてきた。

 ノワール、というか買い出しをしているメイドは、市場の店主にとって大切な顧客だ。何しろほとんど大口で注文が入るから、お得意を数人抱えておけば食うに困らない。

 ノワールは誰からも好かれる部類の性格をしており、金払いも異常に良かったから、特に食材市場では、零れるか零れないかの所まで水を張った盃を動かすが如く丁重に、優しく扱われた。

「あぁ、禁断のリンゴな。あれは伝説のリンゴとも呼ばれてる、珍しいリンゴだからな……」

「そっかー、やっぱり一筋縄では行かないかな。おじちゃん、どこに生えてるか知ってる?」

 肩を落として、あまり期待せずに尋ねてみた。

「そりゃもちろん! 食材に関して俺に分からないことはねぇよ。でも採りには行けねぇんだ、場所が悪い。カデイシア大森林の中央に群生しているが、あそこの魔物は危険すぎて近寄れねぇ」

「そっかー! それだけなら良かった!」

 今度は解決の糸口が見つかって、飛び跳ねて喜び、その場を後にした。

「? 場所を聞きたかっただけか? またうちで買ってくれよなー! 待ってるぜー!」

 精肉店の主はそう声をかけたが、ノワールは既に視界から消えて、群衆に紛れ込んでしまっていた。


 カデイシア大森林は、内陸の大部分をすっぽりと包む超巨大な森林で、東西はあの『ゴッタラート大陸縦断遺構』の倍程度に伸びているらしい。とモカが言っていた。

 大体、近隣のどこからでも森に入ることはできるが、一番近いアエスヴェルム街道の入り口から入っていくことにした。


「そういえば、あまり立ち入ったことが無かったな。ちょっと楽しみ!」

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