第23話 ヒトの快楽
「あわわー! まさかここって……そういう⁉ あの、そういうところ⁉」
皆がしばらく考え込んでいると、リザリィが叫んだ。
『どういう⁉』
残りの2人は突然叫んだリザリィにびっくりして少し体を浮かせ、目を丸くすると同時に尋ねた。
「ここって、魔族信仰の施設なんかじゃありません!」
「じゃ……じゃあ何の施設だって言うの⁉」
あんなに紫の明かりで照らし出されているんだ、悪のすくつじゃあ無いなんてことはあり得ない! とでも言いたそうな顔でノワールが答えを求めた。
「それは、その。え、えちっ……」
リザリィが顔を赤らめて答えあぐねていると通路の奥から誰かを呼ぶ声がした。
「栗毛ちゃーん! 指名されたわよー‼」
甲高くて気味の悪い男の声だった。
栗毛とはまさかと思ったが、リザリィは2人を見回して「白、白、茶」と、一番栗毛に近い髪色が自分だということを悟って、絶望した。
「リサ姉、呼ばれてるから行ってみればぁ??」
他人事のようにノノアは言うが、リザリィは好んで行きたいとは思わなかった。見たくないものが目に入るかもしれないし、場合によっては無駄な殺生をしなければならないかもしれない。
「と、とにかく皆、逃げましょう‼ このままだと……色々まずいんです!」
リザリィは、レーティングの危険を察知して2人に撤退を促した。
「しっ……静かに。何か苦悶の声が聞こえる……男性の……やはり生贄が⁉」
ノワールは猫耳をピンと音の方へ向けて、聞き耳を立てている。
「リサ姉が行かないなら、ノノアが行ってくるよ!」
2人とも言う事を聞かないので、珍しくリザリィが怒った。
「ワーワーワー! のんたん聴いちゃダメです‼ のあちゃんメっ‼ 帰りましょう! ここには何も無かった、いいですね⁉」
今にも客の居るらしき方向へ飛び出しそうなノノアを引っ張って止める。同時にノワールが音の方向へ傾けている耳を塞ぐ。どっちの作業も中途半端になった。
「えー? 本当に魔族信仰と関係ないの? 大丈夫? 他の部屋も見なくて良いの?」
ノワールはこんな時に限って慎重だった。
「ちょっとちょっと! 騒がれると困るのよねぇ」
また変なのが出てきた。リザリィから溜息が出た。
お、いよいよ魔物の登場かな? ノノアはそう思った。
ノワールと同じくらいの身長の、きんきらきんの煌びやかな恰好をして化粧の濃い、まるまると太った角刈りの男だった。
「それに帰るって? ダメだね。既に全員……ッ指名が入ったからねェ~~~‼」
その言葉を合図にしたのか知らないが、外に居た正装の男……に似た警備員数名がノワール達を取り囲んだ。よく見ると全員角刈りだった、服務規程なのだろうか。
「のんたん、押し通りますが、魔族信仰は関係ないので手加減してください!」
リザリィがそう言うと、戦いの火蓋は切って落とされた。
「リサがそこまで言うなら信じるよ。ここはノノアに任せよう」
ノワールは、対象を殺さずに無力化させるのが苦手だったから、早速ノノアに全権を任せると、退路に立つ2体の角刈りを頭を剣の
剣はもちろん両刃だったから頭のてっぺんから派手に流血していたが、想定通り無事に戦意を喪失したようだ。安全を確保したノワールは、リザリィを匿いながら後ろに下がった。
「やだ、ねぇこの子もしかして……極めて違法なんじゃない?」
前方ではノノアに対峙している派手角刈りが、今更心配していた。
ノノアは軽い足取りで瞬く間に、黒服の角刈り全員の腹を殴りつけていた。
自分の鳩尾くらいの身長の、細腕であるノノアの拳なんて、当たってもどうということは無いとタカを括っていた角刈り達は後悔した。
細い見た目以上に筋肉が詰まっていたし、衝撃で体が浮くほどの威力だった。ノノアの腕は、丸太を運びすぎて丸太と同格になってしまったのかもしれない。とにかく角刈り共は悶絶に次ぐ悶絶で、現場は一時騒然となった。
「なによもうッ! やんなっちゃう‼ 誰か、騎士団呼んで騎士団‼」
残された豪華角刈りが、かぶりを振って叫ぶと、これが一番ノワール達の忌避材料となった。
「騎士団は不味い! 皆、逃げろぉ‼」
隊長の号令で、着の身着のまま脱兎の如く逃げ出した。
一行は来た道をだいぶ引き返して、ミントグラスの郊外、隠された道の交差点まで戻ってきていた。
「はっ……はっ……服を、全部っ、置いてきちゃいました‼ 我々の正体がバレなければいいのですが……」
「あの服そのものからは、私達を追跡できるってことは無いでしょう。駆け付けた騎士の中に、人間の1万倍以上もの鋭い嗅覚があるような奴が居ない限りはね!」
息を切らしながら、残してきた服から追跡される心配をしたリザリィだったが、ノワールは服の匂いから追跡されることは、常識的に考えてあり得ないと言いきった。
一方、蜜穴館の内部では、駆け付けた騎士団員が調査を開始していた。
「へびッしおん‼」
人間の1万倍以上もの鋭い嗅覚を持つと言われる『犬』のルナーである騎士団員のナコは、ノワールの残したメイド服の匂いを嗅ぎながらくしゃみをしていた。
「ふむふむ、この屈強な警備員達を、拳で……ところでここは、ちゃんと許可を得て営業しているのかね? ──なら結構。こういった施設に理解が無いわけでは無いが……全く、悪魔的だな」
ナコの直属上司であるタルトは、角刈りゴールドからの聞き取りを行っていた。
「やはり……っス」
ナコはメイド服に顔面をうずめて、匂いの成分を鼻腔にめいっぱい吸い込んで確信した。
「コラッ‼ 貴様! ナコ野郎‼ こんな時に……調査に来ているんだぞ田吾作がぁ‼」
タルトは不真面目な部下を叱りつけた。騎士団たるもの、仕事は実直・誠実でなければならない。
「先輩! 聞いてくださいっス! 自分、匂いで──」
「匂いで興奮しているんだろうがッ‼ たわけ! うつけ‼ 現場はお前の性癖を披露する場ではないと弁えろ‼」
「ひえぇ……」
タルトは熱心だし、真の意味で優しかった。ナコが自分の部下でなくなっても、あとで困らないように、一切の甘やかしをしなかった。
(いや、この匂いは確実に……前に何回か会っている、あの銀髪のメイドに相違ない‼ いくら先輩が怖くても、伝えなければ! それが自分の役目っす‼)
ナコは心の中で決意した。勇気をもってして昨日までの自分に別れを告げなければならない。いつまでもヒヨッコで居ていいわけがないのだ。
「──先輩、あの」
「だあああああぁぁぁ! どぅるせぇぇぇえええ‼ いい加減にしろ殺すぞボケナス、カス、コノ‼ 人の‼ 話を‼ 聞いてんのかこの……ダボハゼ野郎あぁぁ‼」
タルトはナコの胸倉を掴んで、激しく前後させながら唾を飛ばして叫んだ。
「ふえぇぇぇ~ん! 無理無理無理りりぃ‼ だってこの人怖すぎるもん‼ もう言いません、すいやせんしたから! 元の先輩に戻ってくださいっすぅぅ‼」
タルトは覇気だけでナコを殺せるくらいのつもりでいるから、敵うはずがなかった。ナコは怖すぎて泣いちゃった。お母さんに叱られた2歳児の如く、泣いちゃったのだ。
ナコの鳴き声が鳴り響いたその頃、グラス屋敷ではエリクとモカが話していた。
「……マキナから伝令が入ったけど、モカちゃんの勘違いだったってさ」
エリクは呆れながら、目の前で無表情に頬を膨らませているモカに聞いた。
「そんな、だってだって、あんなの悪魔的施設じゃないですか」
「うーん、まぁ……そうだけどさ」
「だって! 個室の中では悪魔的な儀式も行われてましたよ⁉」
「うーーん、まぁ……そうだろうけどさ……」
その日、裸のような恰好を、男物のシャツ1枚で隠しながら帰ってきたノワール達を見て、エリクは卒倒しかかった。
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