第22話 ハニーホール
少し前のノワールなら魔族信仰施設の強襲などは、1人で行っていただろうが、今は違った。確実かつ、安全な執行。これを訓としている。
ノノアはまだ寝ていたから、そっと部屋を出て早速リザリィの元へ向かったノワールは、驚愕の光景に度肝を抜かれることになった。
「あ、のんたんだ‼ 見てください、これ!」
リザリィは興奮していた。ノワールに、無くなったはずの右手を、ぎこちなく振って見せた。
「……手ぇッ‼ どうしたの⁉ 自然に生えたの⁉」
「しばらく不眠不休で、再生のクオリアを培養しては抽出して付与していたのです! 以前、のんたんで実験したのが役に立ちました!」
リザリィはクオリスとしての能力を最大限に生かすべく、日々研究していた。その成果の結晶が、この右手というわけだ。ノワールは、そのひたむきな努力に対する感動と、リザリィの快復に対する喜びで涙が溢れてきた。
「良かった……本物だよね」
恐る恐る触れてみるが、少しむくんではいるものの本物で、リザリィの鼓動と体温が感じられる。
「ずっ、ずるっ、話は変わるけど、一緒に任務に就いてきてくれないかな」
涙と同時に溢れ出た鼻水をすすりながら、リザリィに同行を依頼し「もちろんいいですよ」と快諾を得ると、朝食を用意しに1階に降りていった。
「お姉ちゃん、ノノアも行きたい! もう丸太はうんざりだ!」
遅れて起きてきたノノアは、階段で合流すると、そう言って頬を膨らませていた。
「ま、たまには気分転換も良いでしょう。今日の分の丸太運びは、施設をぶっ潰してからでも遅くないしね」
ノノアは「何とち狂ったこと言ってんだこいつ」とも思ったが、久しぶりに姉と一緒にお出かけできるのが嬉しいから、そんな感想は捨て置くことにした。
「ノノ、ちょっとお姉ちゃんに本気で正拳突きしてみなさい」
突然そんなことを言うから、更にノノアは不思議がったが、きっと腕試しだろうと了承した。
構えると、少し息を吐いてから、全力でまっすぐに拳を放った。
ノワールが左手で拳を受けると、派手な打撃音の後、一瞬遅れて風が巻き起こって、2人の髪の毛とメイド服を激しくなびかせた。風というより衝撃波というべきか、とにかく以前の正拳突きに、ここまでの威力は無かったはずだ。
「……ほぅ。よしよし、ちゃんと指示通りやってたみたいね」
ノワールも少し驚いたが、一番驚いたのはノノア本人だった。直前の実戦は魔族信仰教団で、その時とは明らかに打撃の質が違う。
「あの短期間の丸太運びで、こんなに強くなれたの……⁉ 確かにきつかったけど……」
わなわなと手を震わせている。怒りではなく、歓喜の震えだ。
「確固たる理論に基づいて、体幹や筋力をバランスよく鍛えるメニューだからね。丸太運びは続けなさい」
「うん! 続けるよ! 丸太万歳‼」
ノノアは目をキラキラさせながら、元気よく返事をして、先に食卓へ向かった。
「本当は別の目的があって運ばせてるんだけど、何だあいつ怖……ま、結果良しとしましょう!」
「あはは、そんなことだろうと思いましたよ。相変わらず、のんたんは適当ですねぇ」
痺れが来た左手を揺らしながらノワールとリザリィも食卓へと向かった。リザリィの手が生えてきたことを知ったエリクは、ノワールとほとんど同じ反応を示した。
「
「知ってる! ハチ蜜って言うんだよ!」
「のあちゃん、良く知ってますねー! えらい!」
「その蜜穴を強襲するわけだけど、作戦としてはまず真正面からぶっこんで──」
「そういえばリサ姉は寝てないのに、眠くないの??」
「溜まったと感じたら、抜いてるんで平気なんですよ。眠気も疲れも抜いちゃえば平気ですからね!」
このメイド達は朝から何の話してるんだろうかと、朝食を摂りながら主人のエリクは不審そうだった。
3人は朝食を済ませると、用意して屋敷を出た。
そのままミントグラスを抜けて、アエスヴェルムとの境に位置する南の森に着いた。ノワールにとっては懐かしい思い出のある森だ。問題の施設は、森の南に隠れるように存在しているらしいので、3人はバラバラになって捜索しはじめた。
12年前に入ったきり近寄ることは無かったが、めっきり茂みが低くなったように感じた。「確かこの辺の茂みに、通れる道があって……あれ? 違うかな?」
何となく懐かしくなって腰を折って茂みを探してみたものの、以前通った思い出の村へと続く道は、ついに発見することが無かった。
「のんたーん! ってどこ探してるんですか、こっちの道みたいですよー!」
見当違いの低い茂みを探していたノワールを見て微笑みながら、リザリィが手招きした。
ノワールが探索を切り上げて2人の方へ向かうと、ノノアも走り寄ってきた。リザリィの指した方向には、樹木が繁茂して昼間でもなお薄暗い道が続いており、そのずっと先には何やら明かりがついているように見えた。
「この道もわざわざ枝葉で隠されているようだね、斬って進もう」
ノワールは周囲に人が居ないのを確認して抜刀すると、枝葉を排除しつつ進んだ。
目視できていたくらいだったから、程なくして明かりの灯った施設の前へ辿り着くと、その禍々しさに圧倒された。
「こんな秘匿された場所に……毒々しい色使いの看板、魔族を信仰してなきゃ嘘だよね」
紫色と桃色の塗料が薄く塗られた硝子の筒を、煌々と炎が照らして如何にも怪し気だ。
「でもさ、お姉ちゃん。大きく女の子の絵が描いてあって可愛いよ?」
様々な色合いの明かりに照らされた看板には、やや誇張された造形の、露出過多気味な『兎』ルナーの女性が描かれていた。
(土着尊・滅茶至高 蜜穴館……? なんだろう、どういう意味……)
看板に書かれた文字列を見て不審がるノワール。
「う~ん、あんな格好して、寒くないんですかねぇ」
リザリィは描かれた女の子を心配して言った。
外套を両手で抑えて身震いしたが、ミントグラス地方は、ほぼ1年中温暖な気候のため、実際にその心配は必要ない。
施設の正面に当たる玄関口には、正装をした短髪の、ノワールより頭2つ程大きい屈強な男が立ち塞がっていた。当初の予定通り『確認取れ次第正面からぶっ潰し作戦』で行くつもりのノワールは、男に話しかけた。
「お兄さん、ちょっとお話いいかな」
「あれ? 君達新入りさん? 全員可愛い娘だな~、勧誘した奴やるな~。こっちは客用の入り口だから、裏手に回ってね~」
良く分からないが、何か勘違いしているらしかった。潜入できるなら好都合と、3人は裏手に回った。
「君達可愛いねぇ、さ、中入って! 更衣室に制服と道具一式が置いてあるから、着替えて待っててねぇ」
先程正門に居た者と同じ格好をした男が言って、裏口の扉を開いた。
そうして易々と施設への潜入に成功し、すぐ右手にあった狭い更衣室に入ると、置いてある衣装と何らかの道具が入ったカゴから、サイズの合うものを探し出して着替え始めた。
衣装は丁度、表でノノアの目を引いた看板に描かれた女性のものにそっくりだった。目の粗めな薄地のタイツに、胸までの、光沢があるツルツルした黒色のビスチェを組み合わせて着る。腕と首にはメイド服と同じような装飾を付けるらしかったが、既に付けていたのでそのままだ。リザリィは頭に『兎』の耳を模したヘアバンドを付けた。ノワールとノノアは自前の耳があるので付けなかった。
仕上げに男物の少し大きくて白い長袖シャツを纏って着替えは終わりだ。
「この制服、動きやすくて良いね! でもこのシャツでかいよ、何の意味があるの⁉」
「魔族の信仰と関係が……?」
ノワールとノノアは制服について各々の疑問を呈していた。
「……これは?」
リザリィは衣装の入っていたカゴの中の道具とにらめっこしつつ、顎に手をやり首を傾げて、何やら難しい表情をしていた。
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