第19話 右腕
バツンッ‼
何とも例えようの無い音だった。
ノワールは、何回か聞いたことのある音な気がしたが、それが何かは思い出せなかった。
「えっ!?」
リザリィはノワールの危機的状況から一転して、なんとも異様な状況になり、困惑して声をあげた。
ノワールがアンテセッサと直接触れていた部分からはもうもうと煙があがり、上を向いて開けた大きな口からもまた、煙を吐いて固まっている。
「あぇ……? 私、何故……いゃあああ!!」
アンテセッサは、だらしなく舌を出して何が起こったか分からない様子だったが、気付くと叫んで飛び退いて入口から何処かへ駆けていった。
「のんたん、今のって……?」
「ふぅー、何だか分からないけど、助かったみたい……?」
ノワールは取り敢えず去った脅威に安堵した。息を吐いて少しだけ大の字になると、爪で裂かれ、貫かれた左手をだらんと下げたまま立ち上がった。
「だ、大丈夫ですかっ。色々と……」
リザリィはすぐ傍によって痛みのクオリアを患部から取り除くと、これまた汚れのクオリアを抜いて清潔に、真っ白にしてある綿紗を当てて、帯状の布で固く縛った。
「大丈夫、大丈夫。ありがとう、リサ!」
ノワールは何度か手を握ったり開いたりして、問題の無いこと確認して言った。
「アンテセッサが、これ以上の被害を広げる前に、何とかしましょう!」
リザリィが仕上げに生命のクオリアを付与してから言うと、2人は見合って頷き、氷柱と階段によって美しく装飾された神殿を後にする。
リザリィの造形物は、ノワールが改めて見ても美しいし、まるでそこに有るべくして存在しているようだった。
「リサ、こんなの良く思いついたね。すごい機転だよ」
「ん? えっと、それなんですが……」
リザリィは困り眉を作って笑いながら言った。
「あんなに得意満面に言って恥ずかしいんですが……クオリスの先祖達が造った施設なので、きっと元々ああして使うんだと思います。あれなら外部の侵入者は入りづらいですしね! 奥には何があったんでしょうか……」
そのように謙遜しているが、本当に頼れる親友だと尊敬するノワールだった。
「アンテセッサのクオリアは、ラインホルツ山道の方角に感じます」
ワッカの神坐から外に出た2人は、吹雪きつつある山を行くことになった。
吹雪の道すがら、ノワールは考えていた。今まで何度か経験している、あの感覚。アンテセッサに触れた時の、破裂音に似た音の正体についてだ。
(うーん……思い出せない、あの感じで、煙出してる人を見たことがある気がするけど……)
「のんたん、分かってるとは思いますが、あいつは強敵です……覚悟は良いですか?」
ラインホルツは広大だったが、リザリィは相手の足取りをクオリアから感じ取れるので、追跡はノワールが思考しているうちに終わった。気配を辿って着いたのは、以前のアンテセッサを退治した時と同じ辺り、山の中腹にあたる部分だった。
「リサ、この前みたく私にクオリアを付与しまくって、超人化すれば確実なんじゃないの?」
「あれは……のんたんの負担が大きすぎます。戦いながら、必要に応じて付与した方が良いと思います」
ノワールはリザリィの言うことを信頼していたから、頷いて先行した。
「はぁっ……はぁっ」
息を荒げていたのは、アンテセッサだ。
「うぅ、うっ……貴女達、追いかけてきやがるなんて……余程、早死にしてぇのか、らしいですね……」
苦しそうに、絞り出すように、アンテセッサは言った。
「アンテセッサ、処刑する前に聞きたいことがある。あんたの目的は何なの?」
ノワールは、剣を突き出しつつ警戒を緩めずに聞いた。あまり魔族から聞き取りを行うことは無かったが、今回は別だった。こういった知能の高い、脅威的な者は珍しいから聞いておこうと思った。
「……目的? 目的、想定外の邪魔な存在、クオリスの殺戮。旧神の張った魔素阻害領域の攻略。少数部族……もともと数も少ないし、やりがいはありませんけどねぇ」
どこかアンテセッサの様子と言動がおかしい、情緒がめちゃくちゃになっている印象を受ける。
「殺戮……? やりがい……? いい加減にしなさい! 我らノースポールの一族を嘲笑ったこと、後悔させてあげます!」
怒り心頭のリザリィが叫んだ。怒りのクオリアを抜くこともできたが、敢えて抜かない。決意の表れだ。
「怒りたいのはこちらですよ。苦心して用意したガンドを玩具の様に弄ばれただけでなく、兄弟まで……聖獣ですよ? こうも乱暴に扱われては、頭に来る‼」
気を取り直したのか、2人に正面きって吠えた。その咆哮と鋭い目線が「絶対に食い殺してやる」という意思を伝えてくる。
「我々は三位一体の聖獣、アンテセッサ‼ 貴様らに殺された兄弟の記憶は共有している! 前回と同じなどと侮らないことだ!」
時間と共に、とうとう本調子を取り戻したアンテセッサは、2人に向かって飛びかかった。
右手を伸ばして構えていたノワールは、リザリィの前に立ってアンテセッサの爪をいなすと、構えなおした。
(そうだ、爪は鋭いし硬くて刃が立たない、力も強くて押し負ける。幸いレネに貰ったこの剣が折れたりする気配はないから、両手を使うしかないな)
そう考えて両手を使って刃先を下に構えた。世にも珍しい細剣の両手持ちだ。
続けて振り下ろされる爪の連撃も両手で力を込めて払えば問題ない。アンテセッサの爪はこの鍛え抜かれた鋼鉄と同等の硬さなのだろうか、吹雪の山に火花を散らして、重い金属音が連続して鳴り響く。
通常の細剣であれば両手で雑に扱えば簡単に折れ飛んだだろうが、そこはレネィの鍛冶力だ、『ミナクチミルフィーユ』は細剣であり、剛剣でもあった。
しかしアンテセッサの攻撃は防げても、反撃の糸口が見つけられないでいた。
リザリィはノワール達の攻防を黙って見ている訳では無かった。両手を広げて周辺から氷のクオリアを集めている。集中している時間からして大量に集めているようだった。
「ふふふ、
準備が終わったリザリィが、氷のクオリアを周りにバラ撒くと、短い氷の剣が無数に生成された。
攻防しているノワールが、射線に入らないように横へ走って合図をすると、順番に回転して標的目掛けて飛んでいった。
「馬鹿にしないで頂きたい、こんな児戯に……いや、あいつの行動は警戒する必要がある」
アンテセッサは氷の剣を叩き落として見せようかと考えていたが、今までのリザリィの行動を
「あ、やっぱりバレちゃいましたか」
何が楽しいのか、にこにこしながらもう一度、氷のクオリアを集め始めていた。
「なーんちゃって、私の行動を警戒して、そこに逃げるのはお見通しですよ‼ 喰らえッ‼ フロストスパイクです‼」
リザリィが宣言して右手を大きく上げると、アンテセッサの足元から、勢いよく巨大で鋭利な氷筍が屹立した。
「くッ、本当に生意気な奴……」
氷筍は回避しようとしたアンテセッサの右前脚をかすめて落とすにとどまった。
「こいつら……嬲り殺しにしたかった所ですが、もう我慢なりませんね」
そう言ったアンテセッサは、地面を蹴ると光の矢の様になってリザリィを強襲した。
「リサっ──」
リザリィとアンテセッサの間に障害物は無かった。ノワールは反射的に飛び出したが間に合わなかった。
「──っ」
アンテセッサは一筋の光になって通り過ぎた。リザリィと魔獣の間に、何かが落ちて雪を赤く染めた。
落ちたのは、リザリィの右腕だった。
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