第15話 隠者種の集落跡

「おはよう‼ あっ」

 いつものように起きて挨拶をすると、1人だったことを思い出して一抹の寂しさを感じる。

 起きたのは丁度夜が明けて空が白みだす時間で、木より高く平坦な遺構に寝ていたノワールは、その地平線まで緑の海に覆われた景色が、朝の陽の光に溶け込んでいくかのような様子に圧倒された。

 持ってきた金属製のカップに、近くにある木から葉っぱを取って入れる。それに水筒から水を入れ、焚火にくべてお湯を沸かした。即席のモーニング・ティーだ。

 カップは火傷を負うほど熱くなっていたので、フーフーと吹いて冷ましながら、恐る恐る口にした。

「はぁ……♡ まずいっ」

 それは落ち着くようで不味い、微妙な味だった。


 渋いお湯を飲み干して温まったノワールは、手際よく寝床を畳み、纏めて荷物を作る。焚火の跡に砂をかけて、残っていたリンゴを齧ると、すぐに出発した。


 この日のノルマは重要だった、必ず遺構北部直前まで進まなければならない。それ以上でもそれ以下でもダメだった。先に進み過ぎると寒くて夜に凍死するし、手前すぎても翌日、ノースポールまで着く前に夜が来て凍死するだろう。かと言って、もう1日分の時間調整を行うのは、早くリザリィと合流したいし、負けた気がするから選択肢にあがらない。

 よって決められたポイントに、早く辿り着いて待つ。それがベストだった。

 もっとも、以前に来た時よりも足が強くなったのか、体感では余裕がありそうな気がしていた。そのため途中で崩れ落ちた部分だったり、階段が造られている場所があったら、その都度下に降りて水源を探したり、果実や木の実を食べながら進んだ。


 数回目に遺構の下に降りた時だった。ふと周りを見渡したノワールは、一瞬、目を疑った。

「え⁉ モカちゃん⁉ 何でこんなところで……?」

 昼でも薄暗い森の中に、チラっと見えたのは、幻覚でない限り、モカだった。緑や茶色の自然色が占める視界に、あの目立つピンクの髪色が見えたのだ、見まごう筈が無い。

 しかし声をかける前に、木々が織り成す迷宮に視界を遮られて、見えなくなってしまった。

「何か魔族の精神攻撃を受けているのか……?」

 興味をそそられた……というよりも、自分が何らかの精神攻撃を受けている疑念すら沸き始めて、探さざるを得ない状況だ。

「モカちゃーん! 待ってよー!」

 ノワールは大声で名前を呼びながら、入り組んだ森を探り出した。


 予定の道順を外れて、西へしばらく行くと開けた廃墟の村に辿り着いた。

「モカちゃーん! 居るんでしょー!」

 虫や鳥の鳴き声しか聞こえず、静かで人気が無い廃村をノワールの呼び声が響いていった。

「はい? 客ですか、誰です?」

「ノワール?」

 白い石造りの、廃村の一角から、案外普通に返事が来た。

 声が返ってきた一軒の家を見ると、中には3人のモカが居た。

 それぞれ磨かれた石の椅子に姿勢よく腰かけていて、目の前の綺麗な机に置かれた果実や木の実を齧ったりして寛いでいた。

「えぇ⁉ モカちゃん、って増えるタイプだっけ?」

 驚きの連続だった、意味が分からなくて、支離滅裂な会話になってしまった。

「増えませんよ、全く、失礼しちゃいますね」

「誰です、モカちゃんって」

「知ったこっちゃないですね」

 3人のモカは、ノワールの知っているモカと全く同じ声、同じ喋り方、同じ表情でバラバラに喋った。

「だってモカちゃんじゃん! 実際に増えてるじゃない!」

 何故こんな所に居るのか、3人も居るのか、発狂して叫びだしそうだった。


「あ~、私達はそのモカちゃんじゃないですよ。『何故こんな所に』って、我々はずっと、ここに住んでるからですよ。3人居るのは家族だから」

(モカちゃんがモカちゃんじゃなくて、3人は家族で、あれ、なんかおかしいぞ)

「そのモカちゃんっていうのは、12年前、ここが滅ぼされた時に焼け出された同類でしょうね。我々も一旦は非難しましたが、時期を見て戻って来たのです、やっぱり住み慣れた我が家が一番良いですね」

 家具も何もない、屋根も壁も無い、この廃墟が安心するのだという。

「モカちゃんの、一族ってことかな。ホントにそっくり」

 よくよく見比べてみると、3人とも微妙に違うのが分かった。モカとも微妙に違う。1人は目尻が特徴的で、ほんの少しだけ下がっている。1人は他より耳が長い。1人はわずかに背が高い。と言った具合だ。

(髪型とか服とかアクセサリーが違ったりすると見分けがつきやすいのになぁ)

 服は3人とも同じ、いかにも村人らしい、地味な色のなワンピースだった。

「私たちは見分け付くから別に良いんですよ、ね、ママ」

「いや、私は妹じゃないですか」

「ママは私なんだよな……」

 3人は顔を見合わせて、お互いに無言で指差してキョトンとしていた。良く知っているモカと同じく、『ママ』とされる垂れ目も、全くと言っていいほど年齢が分からない。背高の姉も、耳長の妹も、年齢の区別は一切つかない。

『寿命からして違いすぎますからね』

 3人まとめて喋った。

「ねぇ、もしかしてあなたたちってさ、私が思ったこと……わかるの?」

 ノワールが先程から感じていた違和感を問うと、垂れ目が少しだけ悲しげな顔をして答えた。

「だとしたら、どうします? 他の人間みたく、奇異の目で見ますか? 異物だとしいたげますか?」

 無表情の瞳が6個、ノワールの精神の内側を見定めるように、じっと見つめている。

(虐げる? 何で??)(そんなに見ないでよ)(思考が読めるとしたら……強そう‼)

『あはは、強そう。って』

 3人は、精神感応能力者テレパスだと疑われてから、感想が「強そう」だった人間は初めて出会ったので、思わず笑ってしまった。

(やっぱりこいつら、心が読めるんだ! すごい!)

「やっぱりこいつら、心が読めるんだ! すごい!」

『あっははは! 馬鹿らしくて笑っちまいますよね。喋ってるまんまの性格なんですね』

 滅多に居ない……というか今まで見たことの無い類の精神構造をしていたから、3人ともノワールのことを痛く気に入った。

「ってことは、うちのモカちゃんも心が読めるの?」

 ノワールとずっと一緒に居て、そんなそぶりを一切見せていないモカも、同じ能力があるのか気になった。

「うーん、私達とそっくりなんだったらきっと、ここ出身の隠者種へミテウスだろうから、あるんじゃないんですかね」

「あ、ヘミテウスっていうのは簡単に言うと……簡単に言えないな。このように耳が尖ってるのがそれですけど」

 自分の耳を撫でながら、が説明した。

 隠者種ヘミテウス。聞いたことはなかったが、尖耳はモカの他にはレネィが該当する外的特徴だ。

「きっとその、モカちゃんも、お前のこと気に入ってると思いますよ。一緒に居て心地いい、珍しい奴です。無理だと思うけど、この能力を知ったことは黙っていてあげてくださいよ」

 精神感応能力者テレパスが、その力を隠して人間の傍に居るなんて、そうある事ではない。それは祖先の祖先、ずっと前からこの僻地に隠れて、静かに暮らしていた自分たちの文化が物語っていた。


「あっ、もう日が真上にある。じゃあ、突然現れたモカちゃんの謎も解けたし、行くね!」

 少しだけ会話を楽しんで、ノワールは予定より時間が押していることに気付いて、出発することにした。

「もっと居ればいいのに、あなたのこと、好きだから」

「急いでるんだって、残念……」

「また来るって思ってるから、次来る時は、きちんとおもてなししよう」

 この種族は、嘘を言っても仕方が無いから、本音と建前を分けて考える癖がなかった。言うなれば素直だった。

 モカも漏れなくこの性格に当てはまっていて、体裁を取り繕わない性格だと思っていたのは、種族の差だった。

 ノワールも、この3人の事が大好きになった。モカのことも理解できて、もっと好きになった。


「まずい、まずすぎるよ、すごい時間かかっちゃった!」

 3人と別れ、もと来た道を戻って遺構の上に戻ると、ノワールはいよいよ疾風となって走り続けた。

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