第14話 大陸縦断遺構

「ノノ、おはよー‼ あれれ⁉」

 次の日に起きて、すっかり元気になったノワールは、いつもそこに居るはずのノノアが居ないことに気付く。

「まさかあいつ、修行のメニューがきつすぎて逃げたのか。意気地なしめ」

 用意しておいた、ノースポール行きの荷物の最終確認をしながら悪態をついた。

「天幕……ていうか寝床類、寝袋、防寒用品、ランタン、木の実、杖、よし」

 前回の教訓があるため、準備は念入りに行った。一通り確認を終えると、大荷物を持って朝食を取りに1階へと降りた。


 階下の広間では、エリク、レネィ、エルとシノの4名が、朝食のトーストとサラダを食べているところだった。

「んあ、フォワール。ふぉれ餞別ふぁぜ、持ってふぇ」

 トーストにサラダを載せて、卵焼きをその上に載せて、更にトーストで挟んだものを目いっぱい頬張りながら、レネィが剣を投げてよこした。

「行儀悪いなぁ、レネ。飲み込んでからにしなよ……でも待ってた! ありがとう! これは──素晴らしい業物と言わざるを得ないね」

 受け取った剣を鞘から抜いて刃を見ると、その見事な刃文、鍛冶の技に思わず息を飲んでしまった。剣の分類としては細剣の類のように見えたが、ずっしりと重く、その剛健さが窺い知れた。

「んぐっく、そうだろ、見事な折返鍛造だろう、名付けてミナクチミルフィーユだ。特徴としては、何といっても細剣としての靭性の中に、多重の層を為して閉じ込めたるその剛性……」

「ノワールお姉ちゃん! ノノがどこ行ったか知ってる?」

 レネィの蘊蓄を遮って話しかけてきたのは双子の男の子、エルだった。

 先日首を落とした少年と同じ年くらいだが、やはり外見の印象がまるで違う。

「知らないよー? けど大方、逃げ出したんでしょ、どこに行ったの?」

 すっかり逃げ出したと判断していたノワールが答えた。

「それが、朝早くからミントグラスの森に行って、素手で大木を倒してるんですよ! その後は北の渓谷に持っていくんだって言ってました。それを3周するって、意気込んでいて……頭がおかしくなっちゃったのか、心配です」

 更に答えたのは双子の女の子、シノだった。

「に、逃げてなかったんだ! や、やっぱり信じてた通り、言いつけを守っていたんだ!」

 やはりずっと信じていた通り、ノノアはしっかり修行に励んでいるようで安心した。


「それじゃあな、ノワール、今回は凍死しないように気をつけろよ~。ほら、これ持っていきなさい」

 朝食を取り終わって出発する際に、エリクが見送りに来てくれた。渡されたのは、アンリとレネィが共同で造ったとかいう、保存容器だ。外気から完全に、次元ごと遮断しており、保温性能が高いと言われている。

「あ、これは……エリクシルだね! ありがとう!」

 エリクの調理した汁物の総称だ。体の温まる滋養強壮に良い素材ばかりを使っていて、それでいて美味い。食すと直ちに体力と精神力が完全に回復するような感覚に陥る、不思議な汁物だ。

「寒い所にピッタリだね! じゃあ、行ってきます!」

 ノワールは容器を受け取って、いつものように走り出した。エリクはそれをしばらく見守って、姿が見えなくなったところで、屋敷に戻っていった。


 屋敷からミントグラスへ出て、北東へ進むとリモラ丘陵に入る。そこにはいつも、通りがかると寄る場所があった。

「お兄ちゃん、見てるかな。この帽子どうかな、可愛い?」

 リモラ丘陵の『クラウスの丘』と呼ばれている場所で、美しく、見通しの良い丘だった。

 ミントグラスの村を一望する、名が彫られていない墓標の前に、なまくらの剣が突き刺してあった。12年前、ノワール達を守って死んだ騎士の墓だ。

 墓の前でお気に入りの帽子を被ると、くるん、と回って、ふわっ、と乙女らしいポーズを取った。

「あっ、こ、今度はまた、北の方に行ってくるからね、見守っててね!」

 どうもクラウスの前では女の子らしくなってしまう自分に赤面して、軽く墓標の手入れをすると、すぐに出発した。


 急峻なレモラ丘陵を半日ほど走り続けると、見えてくるのが『ゴッタラート大陸縦断遺構』だ。

 その名の通り、大陸を縦断するように南北へ伸びる長大な遺跡で、ミントグラス北から、ノースポールの南まで続いている。また、南からは西に、北からは東に遺構が続いており、そちらは『ゴッタラート大陸横断遺構』と呼ばれる。

 縦断遺構を踏破するには、常人の脚で20日以上かかるうえ、遺構北部はノースポールに近付くにつれ雪深く、実際は踏破すら不可能なため『未踏地域』とされている。

 もっとも、この時代に生きる人間というのは、それほど未踏地域に対する冒険心も無いのか、近づいたり思いを馳せたりするということすら無かった。

 遺構は石で作られた巨大な橋のような形をしており、これが昔どのように作られ、どのように使われていたかは今を以て不明だ。橋のような構造なので遺構の下部も通ることができるが、木々が複雑に絡み合って、そこを住処とする魔物も多く、そちらを進むのは現実的ではない。

 そのため上部の石道を進むことになるが、こちらも容易ではない。所々崩落して穴が開いていたり、逆に隆起していたり、はたまた寸断されていたりするために、平坦な道では無いからだ。


 ノワールの旅程では、縦断遺構北部までたったの2日で到達するつもりだった。底なしと言える彼女の体力でも、重い荷物を背負って半日ほど走り続けると疲労で動けない状態になる。

 少し前に先行しているリザリィは、一般人くらいには虚弱だが、疲労や眠気を自身の能力で取り除きながら走り続けるので、素早くて体力もあるノワールより早く着いていることが予想された。


 ノワールが走り始めてからしばらく経ち、早くも日が落ちて、辺りが鮮紅色に染まって来た頃に、奇妙な人工物を発見した。

 前回通った時には気にならなかったが、人工物は、曲げた鉄で出来たような骨組だ。最初は植物が巻き付いた自然の小屋のように見えたが、良く見れば明らかに鉄の骨だった。遺跡と同時期の遺物だろうから、中には何もないかな、と探してみると意外にも色々な物が遺されている。

「ガラクタばっかりだけど、持っていったらレネが喜ぶかな? あっ、そうだ……」

 レネィと言えば、このガラクタの中に指定されたものが無いか、前に渡された便箋を取り出して確認した。

「あ、あった! これだ、3枚目の『雷の箱』だ‼」

 パン焼き用の型を大きくしたようなそれを持ってみると、重厚そうな見た目に反して意外と軽かったので、荷物に括りつけて持って帰ることにした。


 そうこうしている内に、辺りは暗くなってきていたから、早めに野営の準備に取り掛かった。

 平らな所に荷物を降ろし、背負っていた大カバンから鉄製の杭を4本、自分の身長より少し長い間隔を開けて打ち込んだ。本来はハンマーなどの鈍器が必要だが、ノワールの膂力によれば、素手でも造作無い。

 杭は天幕を支える支柱として、三角形に打ち込んであり、それらを繋ぐように編み縄が縛り付けられた。

 地面には長く接することになるので、柔らかい布を敷き、天幕には防水加工がされた布を架けて固定した。これで寝床の確保は完了だ。

 次に夕飯の準備に取り掛かる。

 ノワールは生き物の肉を食べることもできたが、多少の抵抗があったので、基本的には草食だった。一日中、全速力で走り続ける問題点は、筋肉疲労だったり心肺機能だったり、人によってさまざまだろうが、そのように草食なノワールの場合はだった。

 辺りに生えている果実を片っ端から収穫して、持ってきた大量の木の実を取り出すと、豪華な食卓が出来上がった。山のような果実、まるで王族のテーブルのようだ。

 近くの枝を集め、燐寸を使って火を起こし、明かりを確保すれば準備完了だ。

「ふぅ、疲れた。いただきます!」


 こうしてノワールは、風のように素早く用意して、素早く全てを平らげて満足すると、素早く寝て翌日の旅に備えたのだった。

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