第13話 正義は平等に

 騎士2人が突入したそこには、先ほどまで対話していた犯人の死体と、無事に助かった人質のみが残されていた。

「クソったれが‼ またか! また犯人が殺害されているじゃないか、私刑もまた犯罪だというのに‼」

 騎士団は、犯罪者を法で裁く前に私刑を執行する謎の人物に手を焼いていた。タルトが憤っている間、ナコはくんくんと鼻を鳴らして現場の匂いを探っていた。

「元人質の方、犯人を殺害した者を見ていたかな? 誰が、どんな奴がやったのだ?」

「……先輩、この匂いは、確かちょっと前のメイド……」

 タルトが人質に聞き込みをしている間に、ナコは何かに気付いたようだった。

「ふむ、ノワ=イャ=ヴォ・ワールと名乗った? ……奇っ怪な。そいつ、どこ出身だろうか?」

「あの、ちょっとっす、先輩……」

 なかなか自分の意見を聞き入れてもらえないナコは、タルトの袖を引っ張って主張した。

「なんだナコ、貴様この、五月蠅いな! 聞き込みをしている途中だろうが‼ ぁっとれ‼」

「ヒェッ怖い無理絶対」

 ナコは一喝されて縮み上がって、それ以上喋ることはできなくなった。

「なるほど、趣味でフリルの服を着た……窓に残る太刀筋からして、大男かな? ……ッこれは! この落ちている白い髪の毛は正に……白髪‼ 年齢は4~50代以降、多分そうだな、きっとそうに違いない……」

「……っスねぇ~」

 突如として現れた名探偵の名推理に対して、ナコは適当な相槌しか打てなかった。


 ノワールは間一髪のところで、入ってきた窓から屋根に逃げると、姿勢を低くして走り出していた。

「危ない危ない、余計なことに首を突っ込んでしまったけど……やっぱり見過ごせないからね」

 そのままエスヴェルムの市場まで、民家の屋上を伝って近道をすると、人に見られないように飛び降りた。


「私、食材なら良く買いに来るけど、服を買うのって初めて!」

 ノワールは、慣れていた食材の市場とは別の区画の衣料品市場にやってきていた。ついたてと布を使って土地を分け合って、所狭しと商品が並んでいる。食材市場というのは、もっと老若男女貧富を問わず色々な人で溢れているが、こちらは富裕層が多いようだった。

 店を守っているのは大概、その店の雰囲気を纏った見本品のような出で立ちをしており、生きる飾り棚と言ったところだった。

 いくら戦闘ばかりの日常を送っているからと言っても、やっぱり年頃だから、この市場の、きらきらと輝くような衣装には少しばかりの興味と、それと同じくらいの抵抗があった。

 生まれてこの方、布きれかメイド服しか着たことが無かったから、遠い世界の話だなと、どこか遠ざけていた部分があったからだった。

「あっら~、どこのメイドさんかしら? 美人ねぇ~! うちのドレスを試着していって?」

「きゃー、可愛い! どこのメイドさん? うちの洋服を買って行って! 安くするわ!」

 目まぐるしく声をかけられ、可愛い・美人・安売りなどと甘言を弄してくるので油断ならない。ノワールは気をしっかり持って、それらを撥ね退けた。


「あれ、警戒が強すぎたかな、もう市場の端まで来てしまった」

 甘言などを遮断することに集中しすぎて、物品の選定に気が裂けなかった。折り返し来た道を戻ると同時に、ちゃんと見て歩くことにした。

「この襟巻スカーフ、可愛いですね」

 ある店先で、ノワールが目を付けたのは、空色の生地を主に、白の生地も使用した、縞模様の分厚い襟巻だった。

「あぁ、それね? 柄は可愛いし、質も良いんだけど、分厚すぎて着てると暑いのよ。だから、何のためにあるのか良く分からないの。どこで作られたかも分からないけど、1点物だから高いわよ」

 エスヴェルム然り、ブーケガルニ然り。温暖な地域に大都市が集中しているし、北方未踏地域のノースポールを目指すような人間は、見たことは無いので妥当に思えた。

「買います、下さいな」

 値段は6千チュールと表示されており、相場の5~10倍はした。店員は即決したメイドを不審がっていたが、12年の間、エリクから受け取る報酬を、貯めこむだけで一切使わないノワールの財産は大したものになって、まともな金銭感覚も無かったから無理もない。

「良かった、きっとお似合いですよ~」

(メイドってそんなに儲かる物なのかしら。それと根本的に似合ってないけど、別に私が着るもんじゃないし良いか)

 店員は、それとも余程気に入って、なけなしの全財産を注ぎ込んだのかな。とか考えながら、チュールの束を受け取ると、鼻歌交じりに箱詰めをして売買契約を円滑に履行した。


 その後もノワールが欲しかった防寒用の物品は、どこからか流れてきたらしい1点物ばかりで、相場より高いものが多かったが、持ち前の財力で解決していった。

「ミトンというらしい手袋に、体にぴったりくっつく暖かい生地の全身下着。それとこれ!」

 柔らかくて暖かい生地で織られた、猫耳型のキャスケット帽子だ。ノワールはこれが一番お気に入りだった。

「何がすごいって、耳が入るスペースがあるの!」

 誰に言うでも無しに、独り言をしながら帽子を着けて回転する。これならば耳が拘束されて痛くなることも無いだろうと、ご満悦だった。

「あー楽しかった、帰ろう!」

 そんな勝鬨をあげた、一瞬の油断が命取りだった。

 ノワールが気前良く買い物をする様子を見ていた泥棒が、油断の隙をついて、帽子といくつかの紙袋をひったくって逃げた。


(油断した。盗人か、盗人は悪だ。しかしどうやらあの盗人、子供だ……どうする、逃がすか。子供だから悪じゃない? そんな甘いこと……)

 頭の中でぐるぐると思考が回った。迷いがあった。

(とりあえず捕まえよう、悩むのはその後でもいい)

 そうしてほんの一瞬だけ鬼ごっこがあったのち、人気の無い路地裏にて、両手を後ろに回した状態で壁に押し付けて拘束した。

「は、早すぎる……⁉ ただのメイド、じゃない⁉」

 顔面を壁に擦りながら話すのは、やはり年の頃はノノアと同じくらいだろうか、ノワールより幾分か小さい少年だった。


「私が買ったばかりのものだから、返してくれるかな?」

 にこやかに、手の力は緩めずに聞いた。まじまじと見てみると、目は細く小さく吊り上がって、カサカサの唇から覗く歯は数本欠けている。肌の色はうす汚れて灰色く、やせ細った体に腹だけ突出して、少年だろうに髪の毛が少ない。

(あぁこれは……)

 ノワールが外見だけで判断することは決して無いが、判断の材料になることはあったし、間違えたことはほとんど無かった。そして今回も何となく判ってしまった。

「うるせーな! 関係ねぇんだよ、黙って盗まれてればいいんだよ!」

 少年は、ペッとノワールの顔に唾を吐いて言った。そんなことをされたくらいで、ノワールは微動だにしなかったが、顔を俯かせて、つい拘束している手に力が入りすぎていたようだった。

「いてて! テメーいい加減にしろよこのカス! 離しやがれクズ!」

 少年はそう言って両足の靴の踵を叩き合わせると、そこに仕込まれていた短剣を出して、ノワールの脚の数か所に突き刺した。別に腿を短剣で突かれるくらい、どうということは無かったが、少年を拘束する手を離して問うことにした。

「……君は、盗んで得た金で何をするの? 生活に困窮してるのかな? それとも、母親の病気を治すために、薬代が必要なのかな?」

 急に手を離されて腰を打った少年に、できるだけ優しく語りかける。

「金はすぐに賭博に使う、金があるとスリルがねぇから、全部スるまで使う。んで無くなったら殺してでも奪えばいい、その日が楽しけりゃ、自分だけ良けりゃいい」

 ノワールの心は決まった。


「姉ちゃん、さっきの壁に押し付ける奴、そのでけー乳が当たってて良かったぜ? げへへっへへ、抱いてやろうか? オレに命乞いして奉仕するなら、殺さないでやるよ」

 のんきに短剣をお手玉しながら少年が言っている。

 しかしノワールには、そんな下種話は届いていなかった。騎士団ならどうするだろう。きっと『少年だから』とか『更生のため』とか言って、労働刑を与える程度だろうか、とかそんなことを考えながら、その辺に転がっている長い木片を手に取った。

「私は違う、正義は平等であるべきだ」

 ノワールが木片を一閃させて、捨てると、盗まれそうになった物品を回収して、背を向けて去った。

「てめぇ!何を言っていやが──あれ? なんだ?」

 少年は動けなかった、頭から伝達されるはずの指令が、体に行き渡らなかったからだ。

 しばらくして、少年の首は地面に落ちて、喋ることも無くなった。

「育った環境が悪に導くの……? それとも、生まれた瞬間に悪だと定まっているの……? それで、今のはどっちだったんだろう」

 そうしてノワールは、きっと誰も悲しまないだろう死体を2つほど作って、屋敷へと戻ったのだった。

 自屋に入ると、隣のベッドでは既に、ノノアがいびきを立てて寝ていた。

 ノワールも何だか疲れていて、もう夜になっていたのもあったし、その日は次の日の準備をして寝た。

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