北方未踏地域へ

第12話 防寒対策

「おっはようー!!」

 同室のノノアの毛布をはぎ取って、ノワールは信じられないくらい元気よく朝の挨拶をした。

「むにゃあ~? んー……あ、お姉ちゃん。おはよう!」

 ノノアはいつも、寝起きが良かったから、少しして気付くと元気に挨拶を返した。

「ノノ! お姉ちゃんね、しばらく旅に出て帰ってこないから」

 ノワールはカーテンを開け、朝の陽を部屋に取り入れつつ、唐突に宣言した。

「えぇっ、急だね⁉ それってノノアも行っちゃだめ?」

 彼女が、わざわざ起こして告げてから行こうとしたのは、ノノアにやっておいて欲しいことがあったからだった。

「ダメです! ノノにはこれから、この地獄の修行メニューをこなしてもらいます」

 1枚の紙を見せられながら、もうその言葉面だけで嫌になってしまったノノアは、顔で抗議した。

「……そんな嫌な顔しないでよ、ノノのためだよ?」

「ご、ごめん、何でもやるよ」

 ノワールが珍しく悲しそうな顔を見せたから、不意に言ってしまった。

「はい、これ、私が戻るまでに、出来るだけ強くなっておいてね、少しでも手を抜いたら許さないから」

 罠だった。

 紙を壁に貼り付けながら、表情の無い、まっ平な顔をして下目遣いで睨みつけてそう言うと、急いでどこへと駆けて行った。


 ノノアが紙に目をやると、訳の分からない分量の指示が書いてあった。


『1日3本─ミントグラスの森にて、自分と同じ太さ以上の丸太を手で削り出す。大きければ大きいほどよい。

 1日3回─ミントグラス北の渓谷に丸太を背負って運んで、戻る。早ければ早いほどよい。複数個運んでもよい。その場合、運んだ個数分回数を減らしてもよいし、減らさずともよい』


「北の渓谷……歩きで行って戻るだけで半日かかるんだけど? 丸太を……? 往復3周? え??」

 考えれば考えるほど、無理すぎて震えてしまうノノアだった。


 次にノワールが現れたのは、鍛冶場だった。

「レネー! おはよう‼ ここは相変わらず暑いね」

「おう、ノワールか、おはよう! お前も相変わらず元気だなー」

 その性格上、早起きなどは苦手そうに見えるレネィだが、実は朝が得意だった。職人の朝は早い、と定められているからだ。

「レネ、魔族どもを倒すのに一緒に来て欲しいんだけど、ダメ?」

 鍛冶場を見回すと、鉄くずとなった装具や折れた棒らしきものが所狭しと置かれている。ノワールが昨日折った剣の柄も奥の方へ置かれていた。

「いいなそれ、楽しそうだなー。一緒に行きたいのは山々。だが、ご覧の通りだぜ、しばらくは予定でいっぱいって奴だ」

「んー、仕方ないか……代わりの鍛冶屋でもいればいいんだけどね。腕っぷしが強くて、秘密が厳守できる信用のある……できれば可愛い女の子で、メイドに擬態できる人が……」

 ノワールの言った無茶が、レネィという鍛冶師の稀少さを物語った。

「……そんなの世界中探しても居ねぇ~だろうなー。あ、そうだ、代わりと言えば……」

 レネィが数枚の便箋を渡してきて、言った。

「そこに描いたような部品が手に入ったら、持ってきてくれよ。『代わり』が造れるかもしれねぇ」

 代わりを造る、というのにピンとこなかったノワールだったが、便箋を受け取ると了解した。

 

 1枚目は、機械の心臓と題された、細かい部品が沢山付いた複雑な置物の絵だった。

 2枚目は、未知の緑板と題された、板に虫のような黒いものが複数見られる、板切れの絵だった。

 3枚目は、雷の箱と題された、四角い箱の絵だ。雷のようなマークが描かれている。

 ちなみに全てレネィが描いたもので、精緻な、写し取ったかのようなデッサンだった。やはり職人というのは凝り性だなと、無駄さに少し笑ってしまった。


「じゃあ、これ見つけたら持ってくるね!」

「おう、期待しねーで待ってるわ」

 レネィはすぐに金打ち始め、後ろに位置するノワールに、手を振って別れの挨拶をした。

 残念ながら今すぐの勧誘は叶わなかったので、物品回収の依頼を受けて次に行くことにした。


「アンリ―! おはよ―‼」

 ノワールが、けたたましく入った部屋は、正義の柱の眠り姫ことアンリの部屋だ。

「……すぅ……すぅ」

 アンリは勿論、微かな寝息を立てて寝ていた。起きている方が珍しいのだから当然だった。

「次に起きたら、私……おっと、私じゃ分からないか……ノワールのところに来てください。っと」

 アンリが寝ている時、何をしても起きないことは嫌というほど試して分かっていたので、書置きを残すことにした。

 アンリは魔法使いだから、こう残しておけば、次に起きた時には『ゲート』の魔法を使って駆け付けてくれるはずだ。


「さて、あとはリサとミリカさんの指令を手伝うわけだけど……」

 ノワールは、無い知恵を絞るように表情を難しくすると、効率を重視して熟考した。

 しばしの長考があった後に、出した結論は単純だった。

「先にリサの手伝いに行こう。その間にミリカ姉の依頼は、一人で終わらせてるはず!」

 そうと決めると早速、必要な用意があるので、エスヴェルム王都に買い出しへ向かうことにした。


 現在、リザリィが指令で向かっている場所は、雪深い北方未踏地域のノースポールだ。

 以前、ノワールが雪の存在や寒さを甘く見て、普段着で特攻したところ、見事に凍死しかけたことがあった。

 そんな前回の反省を生かして、防寒対策用品を買いに街へと足を進めた。

「あの時は、このメイド服のまま、あの寒い場所に行ったんだっけ……思い出しただけでも心肺停止状態になりそう……」

 エスヴェルムの周辺は通年で温暖な気候だが、当時のことを思い出すと、ぶるっと身震いした。


 苦い経験を思い出しながら歩いていると、いつの間にか王都の門をくぐっていた。

 そんな王都に入ってすぐの住宅街で、何やら騒ぎが起こっているようで、ノワールの足は半ば強制的に停止させられた。

 建物の正面には見覚えのある2人組。騎士団員のタルトとナコが、何者かを説得しているように見えた。

「母親が泣いているっすよー‼」

 窓に見える人質を取った立てこもり犯に対し、ナコが懸命に叫んでいる。

(あの台詞ってよく聞くけど、私みたく母親が居ない場合、効果は無いんじゃないか)

「俺に母親なんて居ねぇ! とっくに死んじまってる!」

(ほら、効かない)

「……泣いてるっすよ‼」

(なるほど、天国でね)

 などと、騎士団と犯人の時間稼ぎにしか聞こえないやり取りを尻目に、心のなかで相槌を打ちつつ、人質を取り戻すよう自然に体が動いていた。


 ノワールは、まず遠回りして細い通路に入ると、身軽に跳躍して建物の2階部分、屋上部分へと昇った。

 そこからは屋根を走って跳んだり、狭い足場を伝ったりして、事件の民家へと辿り着いた。

 表に居る騎士や民衆に分からないよう、民家の裏手側にある窓から内部に滑り込んだ。


「う、うるせぇ‼ 捕まってたまるかよ! 早く金を持って来やがれ‼」

 表の騎士と野次馬の方向に叫び散らしている男……ボロの服を着て肌のうす汚れた、髪の薄い模範的失敗人間の如き仕方の無い男が、これまた模範的人質のような、いかにもか弱そうな黒髪の女を捕まえて首筋に短剣を当てていた。

「はぁ……ヒトって見た目で大体判別がついちゃうんだよね。多分処刑だわ……」

 ノワールが思わず声をあげると、男は気付いて声を荒げた。

「メイド⁉ メイドは呼んでねぇ! 金を持って来いって言ってんだぞ‼」

「あー、お金ね。持ってきたから、人質を離しなよ。卑怯者のすることだよ、それ」

 金を持ってきたというのは嘘だ。ノワールの眼光は狙いの1点を見つめて鋭いが、言う事は適当だった。

「嘘をつくんじゃねぇ‼ お前ら、俺を舐めていやがるな⁉ 殺す! こいつを殺してやる‼」

 こいつというのは当然、犯人に刃物を突き付けられている人質のことだ。一見か弱そうな、メイドの少女にすら人質が居ないと凄めない。哀れな奴だと思った。

「まぁまぁ、落ち着きなよ。何でこんなことしたの? まともに働けば良かったじゃない。働く元気も無いの? 怪我でもした?」

「うるせぇうるせぇ‼ 俺の能力に見合った仕事がねぇ‼ 元気もねぇし、人に頭下げるのも嫌だ! 朝起きるのもできねぇ!」

 ノワールは、この男の想像以上のダメさ加減に、問答が面倒くさくなってきていた。

「はぁ、そんなの誰でもそうでしょ、我慢してお金貰ってるんだよ。で、どうする? 今すぐ人質を解放して、改心するなら逃がしてあげるけど、まともに生きる気は……」

「ある訳ねぇだろ‼ 馬鹿かテメェは! 少し美人だからって調子に……」

 ノワールの最後通告に対して、かんばしくない返事が返ってきたので、処罰は決定した。

「テメェなんだそのたいどは‼ 人質を殺るのは本気だぞ‼ ……あで? おでの手?」

 ノワールがその辺に落ちていた木の棒を、1・2回振ってして構えたから、男は人質に短剣を滑らせようとして、困惑した。いつもあるはずの所に、右手が無かったからだ。

 人質を取られている時や、不意討ちに良く利用する、ノワール4の執行技の1つ『音速剣ソニックアクト』だ。

 音速を越える剣技で半月状の衝撃波を相手に飛ばす、短~中距離なら人体を損壊する程度はたやすい。

「じゃあね、断罪してあげるから、次はまともに生まれると良いね……正義、執行!」

 ノワールは左手で人質を取り返すと、そのまま止めを刺した。

「うぅ……他人に危害を加えてでも、楽に不労所得を得たい人生だった……」

 そう言い残すと、男は事切れた。

「最後までクズたっぷりだもん‼ こういうの最近多いんだよね~。あ、人質の人、大丈夫かな?」

「おかげで大丈夫です。命を救っていただいて、ありがとうございます。あの、あなた様は……?」

 そういえば偽名などを決めていたことは無かったから、不意に名前を聞かれて面食らってしまった。そういえば、こんなに堂々と姿を見られて良かったのか不安になって、余計に慌ててしまった。

「あば、私は、ノワ……いや、ヴォ……? ワール……あっ、こ、この服は、あの、趣味で……」

 しどろもどろに言っていると、階下から騎士達の声が聞こえてきた。


「まずいぞ、応答が無くなってしばらく経つ! 突入だ‼」

 先輩女騎士タルトが号令をかけると、大柄の女騎士ナコがドアを蹴り破って部屋へ入った。

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