第10話 vs.教祖
「はぁあ。返り血って、何とかならないかなぁ。汚くって気が滅入ってくるよ」
ノワールが『武闘派信者の巣窟』を一掃して、地下2階の入口へ戻ってきた時には、エプロンを始めとして、全身がまばらに赤く染まってしまっていた。屋敷ではいつもメイドの
「ま、それはしょうがないとして、ノノアは……居た居た」
ひと回りして入口に戻って、中央の通路を進むノノアを追う形で進んでいたノワールが、対象を目視できる範囲に追い付いた。
「肩で息をして……ありゃ疲れてるな~」
ノノアは、はぁはぁと荒い呼吸で、尚も前へ前へと進んでいた。
追いかける途中には、血を吐いて戦闘不能になった信者や、灰塵となった魔物の痕跡が多数残されていたため、無理もないなと思った。
そのまま中央と左右の通路が交わる広場……少し前にノワールが通過した場所へ辿り着く。
「はぁ、はぁ……ここが、きっと『新しい神の間』だね! そんな奴、倒して、踏んづけてやる!」
ノノアは大きく深呼吸をして呼吸をある程度整えると、大仰で豪華な扉に手をかけて開いた。
扉の中は、ノワールやノノアの眼をもってしても殆ど真っ暗で、少し先に立てられているろうそくのみが、辺りを照らす光となっていた。
少し目が慣れると、拷問した信者の言う通り、白色の目立つ服を着た教祖であろう男が1人で石の机に祈りを捧げていることが分かる。
「悪い奴め、追い詰めたぞ! 周りには誰も居ないぞ! 僕がやっつけたからな!」
(あはは、1人で全部やった気になってる……可愛い)
ノノアが言葉で挑戦状を叩きつけると、教祖が返事をした。
「……何ですか、君は。子供を通すなんて、全く警備の奴らは何をしているんです……ここは見ての通り、神聖な祭壇ですよ?」
ノノアは近づいて理解した、目の前の石の机は、血で汚れた祭壇だった。
「……くそっ、こんな……ひどすぎる」
祭壇の上には、自分と同じ年くらいの子供が、横たえられていた。心臓の辺りに儀式用の短剣が刺さり、流れ出て伝った血液が祭壇下の小さなプールに溜まっている。
「さては追加の生贄の方ですか? 気が利くじゃないですか、こんなに生きの良い生贄とは、新しい神もおよろこびになるでしょう……」
祭壇に置かれていた、巨大すぎて飾りにしか見えない斧の柄に手を置いて言った。
「でもその前に……美味そうな好みのガキだぜ、少しくらい味わっても畏れ多くねぇよなぁ‼」
教祖は舌なめずりすると、見る見るうちに巨大化し、1対の巨大な角を生やした筋骨隆々な獣鬼へと変容した。それまで来ていた教祖服は破れ、代わりと言っては難だが、赤色の体毛が全身をびっしりと覆っている。
「そうやすやすと、やられるもんかっ! お前は絶対にやっつけてやる! えーと、何だっけ……人さらい? なんとか、崇拝? ……とにかく法に代わって、僕が正義を執行するっ‼」
ノノアはそう宣言すると、果敢にも体高が自身の2倍以上はあろうかという相手に立ち向かっていった。
(やっぱり正体は魔族だったか、人間にしては、やる事が無意味で邪悪すぎる。しかし喋っているということは、多少なりとも強い魔族のはずだ。これは……いや、ノノアならやれると信じよう)
「あとちょっと、がんばれノノア! やっつけちゃえ! お姉ちゃん、見守ってるからね!」
ノワールは部屋の入口からノノアを見守りつつ、任務成功を応援していた。
「オイオマエ‼ ナニシテル‼ ジャマダゾ‼ ソコトオリタイ‼」
そんな姉の後ろから、石像の魔物2体がやってきて迫った。
「うわぁ、びっくりした! お前らこそなんだ、名を名乗れ!」
たどたどしく、片言で喋っていることに、更に驚いた。経験上、喋る魔物が群れでいることは珍しい。
「……ナマエ? ボスノヨコニ、イルヤツダ!」
「なるほどね、ボスの横に居る奴ってワケだ。それなら通すわけにはいかないよ。貴様らは魔物罪によって、この場で極刑に処す‼」
魔物の言ったセリフをオウム返しすると、絶対にノノアの元へ行かせるわけにはいかないので、ここで討ち滅ぼすことにした。
「相手がノノアと逆だったら良かったのになぁ……」
2体の攻撃をひょいひょいと躱しながら、あるいは剣で矛先を逸らしながら愚痴った。
(しかしこいつら、石の割には、素早いな)
相手はなかなか統制の取れた連携で、手に持った三叉槍での波状攻撃をしてくる。
ノワールが相手にしなければならない石像の魔物は、彼女がここしばらく使っていた得物である、ロングソードと相性が悪かった。
石の魔物は、打撃に限る。剣では、欠けるか折れるかしそうで手をこまねいていた。
「ぅおらぁッ‼」
スカートの裾を何箇所か破かれながらも、相手の波状攻撃に何とか隙を見つけ、渾身の力を込めて剣を叩きつけると、石像の1体を粉砕することに成功した。その代わりに、使っていた剣は真ん中から折れて飛んだ。
「あぁーあ、やっぱり折れちゃった。どうしてくれるのよ、この!」
勝手に斬りかかって、勝手に怒り出したノワールは、残った柄の部分で、もう1体に回転して裏拳を入れた。
柄が顔面に命中すると、当たった部分が砕け散り、石像の魔物は灰色の砂となって崩れ落ちた。
「もう! 最初から柄で殴打すればよかったんじゃないの‼」
このようにして2体の魔物は、ノワールの理不尽な怒りの前に屈することとなった。
「さて、ちよっと時間を稼がれちゃったけど、ノノアは大丈夫かな……」
心配だったノノアを思い出し、頭に上った血が下りて冷静になると、彼女の闘いを見届けるべく視線を室内へと戻すのだった。
それは死闘の跡だった。
ノワールがそう感じるほどに、両者とも疲弊しきっていた。ノノアは瞼を切ったのか、血の流れる左目を瞑っている。転げまわったのだろうか、制服はボロボロに破れて、全身は煤が付いたように汚れ、出血も至る所で認められる。左の腕をだらしなく垂らして、呼吸も荒く、息も絶え絶えといった様子だった。
「来なよ……ウスノロ、野郎……」
しかしノノアの闘志は潰えることなく、瞳に灯った炎は、未だ燃え続けていた。動く方の右手を構え、相手を挑発した。
対して教祖だった魔物は、片膝を地について、苦痛に顔を歪めている。呼吸の度に血をゴボゴボと吐き出していた。胴体には血液で濡れて、体毛が固まっている部分も目立つ。
(魔物表面の出血は、ノノアの螺旋槍による直接の創傷。あの吐血は蓮華掌をしこたまに叩き込まれたのだろう)
蓮華掌を受けて吐血をするということは、内臓があらかたダメになっているということだから、つまりはもう、決着は時間の問題だった。
「ぜぇ……来ないなら、ぜぇ……こっちから行くぞ……!」
ノノアは痺れを切らすと、全速力の10分の1程度になった速度で間合いを詰めて、拳を繰り出した。
魔物の巨体が崩れかかって、頭が下がっていた所へ螺旋槍が突き刺さり、赤黒い粒子となって霧散して消えた。
「はぁ……はぁ……や、
思わずノノアの口をついたのは、どうにも
(ふぅ、手だししないでも大丈夫だった……よし、そろそろ出ていこう。自然に、自然にね)
「ふぃっふぃ、ふいふぃ〜♪」
決着を見届けたノワールは、偶然を装ってごく自然に口笛を吹きながら登場した。
「おっ、散歩してたら偶然! ノノアじゃ~ん、何してんのー? こんなところで会うなんて、奇遇だね~」
雰囲気が暗かったので、点いていないロウソクへ火を灯した。
「はぁ、はぁ……あ、お姉ちゃん? キグーだねぇ~! ねぇ見て! ノノア一人で、魔物をやっつけたよ!」
ノノアは、もはや疲労で倒れそうだったが、いい所に現れた姉の存在が嬉しくて、さっきまで魔物が居たところを指さして言った。
「あら~、ほんとだ! すっごいねぇ! 完ッ……全に消滅してる‼」
ノワールは、これ以上ないという笑顔で、ノノアを褒めそやした。
「あれ? そうだ、完全に消滅してるのに何で褒……」
「ヤバ、どうだった? 怖かったかな⁉ 疲れたでしょ⁉」
また余計なことを言って、後をつけていたのがバレそうになったから、間髪を入れずに質問した。
「怖くなんかなかったよ! でも、疲れたぁ~!」
ノノアはボロボロだったが、何か脳内物質が出ているのか、調子がおかしかった。
「あれ? お姉ちゃん、そのおびただしい返り血──」
「そっかそっか! 今日は1人で任務達成できて偉かったね、これでノノアも一人前だ! よーしよし!」
またもや湧いた疑問に対し、間髪入れず姉に頭を撫でられながら、ノノアは「えへへぇ」と喜んでいた。
──次の瞬間だった。
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