第9話 緊急!手足の爪全部剥がす

(素晴らしい……教えた通りの調教だ、我々が如何に『冷静に狂ってるか』を見せつけてやれ‼)

 ノノアはノワール達が教えている通りに学習して、実践していた。むしろ無邪気そうなぶん、不気味さが増して恐ろしいほどだった。


「言います……言いますっ。この時間、教祖様は、地下2階の大聖堂に向かうんだ……『新しい神』の間だ……いつも一人でそこに入られる……」

 男は痛みから息切れを起こし、涙で目出し三角帽子がビチョビチョになっていた。

「ありがとー、素直なおじさん、大好きだよ♡ ……あ、そういえばあと1つ、気になったんだけど、ここでは何を行っているの? 気を楽にして、正直に答えてね」

 くるくると短剣を放り投げながら最後の質問をした。

「あ、新しい『神』を『信仰』しているんだ。教祖様の神託によると、もうすぐこの世界は魔族に滅ぼされる……しかし、信仰さえあれば、我々だけは救ってくださるんだ‼」

 ノノアは「へー」という顔をして不気味に微笑むと、再び男の背後から腰を折って顔を覗き込んだ。


「世界の……破滅……?」

 ぶち。

「新しい……神……?」

 めり!

「救って……下さる⁉」

 べりっ!

「ぎぃやぁぁぁぁ‼‼」

 短剣を首尾よく爪に差し入れると、次々、3枚の爪が剥がれて飛んだ。2枚目まで下唇を噛んで静かに耐えていた男も、最後は叫んでしまった。

「おじさんはそれを信じてたから、今、この瞬間、救われてる?」

 ぐり、ぐりと、ゆっくり爪にナイフを入れたと思いきや急に捻って剥がし飛ばす。

「自分らだけ助かろうって、こと? 他のヒトを犠牲にして、まで? に、して、まで⁉」

 文節ごとに、爪を剥がしていったが、言い終わる前に、ストックが無くなってしまったようだった。

「……はぁーあ、全部剥がれちゃった。つまんないの。バイバイ、おじさん」

 退屈そうにノノアが言っても、男はもはや泣いたり叫んだりする気力も無かったし、恐怖と痛みで頭がおかしくなってしまって、薄ら笑いを浮かべているだけだった。

「地下聖堂へ向かおう……こんな悪い『邪教』は、ノノアが叩き潰してやる!」


「……」

 成長したノノアの勇姿を、ニコニコ顔で見ていたノワールだったが、途中から真顔になっていた。

(いや、やりすぎだろあいつ……爪、全部いっちゃったよ)

 ノノアが前に歩き出し、少し離れたところで、物陰に隠れていたノワールが小部屋を覗いた。

「こ、この苦痛も、ルーデンス様への供物として捧げる……ヒィっ⁉ 君はさっきの⁉ は、早く地下に行ってみるといい、君もきっと、分かるはずさ! ヘヒッ……ヘヒィ……」

「ルー……? 教祖のこと? 何言ってんだ、こいつ」

 汗や涙等の液体でグチャグチャな、訳の分からない状態になった信者を置いて、先を急いだ。


 階段を降りると、広い空間の少し先の方で、既にノノアが交戦していた。相手にしていたのは下級の魔物と、先ほどの信者達とは、衣装や雰囲気の違う信者だ。

 体格は先ほどの信者の2倍はあろうかという巨漢で色は赤、目出し三角頭巾の目の部分が吊り上がっていて、いかにも攻撃的であるように見える。鎖をXの字に体へ巻き付け、棍棒を振り回していた。

「おぉー、あれは、分かり易い『武闘派』って感じだね。あの鎖になんの意味が……」

 ノワールが何故か感心するように言った。

 武闘派は、素早いノノアを捉えきれずに、闇雲に攻撃を繰り返しているように見える。

「うおお! 螺旋槍‼」

 対するノノアは回避しながら打撃を加えているが、対格差のせいか有効打を加えられないでいた。

(ノノアよ、外がなら、すれば良いんじゃよ)

 遠くから腕を組んで見ていたノワールが、助言を伝えようとしたが、そんな能力は無いので伝わらなかった。

「外がダメなら……内部破壊だ‼ 蓮華掌れんげしょう‼」

「えっ、思ってることが伝わった⁉ いや偶然か!」

 ノノアが良いタイミングで自ら気付いたので、ノワールは一瞬、自分にそういう能力テレパスのたぐいが目覚めたのかと思った。

 ノノアの小さな掌は武闘派に命中すると、激しい破裂音を立てて、その肉をたわませた。音だけで痛くもなく、それだけかと思った武闘派は、当たっても何も意に介していない様子だったが、しばらくして膝を着くことになった。

 蓮華掌は、対象の内部で衝撃波を木霊のように反響・増幅させ、ゆっくりと確実にダメージを蓄積させる技だ。武闘派は、最終的に吐血して戦闘不能になった。

 羽の生えた下級の魔物は、もはやノノアの敵では無かったから、ただの動く的として処理された。

「ふぅっ……」

 少し弾んだ呼吸を整えると、ノノアは額に汗をにじませていた。遠くから、騒ぎを聞きつけた他の信者や魔物が駆けつけているのが見える。

(この階は、よりイカレて、より血の気の多い奴が沸いてるな……敵の数を減らさないと、ノノア1人じゃ流石に厳しそうだね)

 このままだと、異変を察知して寄ってくる、階の敵全てを相手にしなければならないだろう。

 ノノアがそれらを完全に鎮圧するのは、体力的に厳しいと判断したノワールは、先回りして不自然では無い程度に掃除を行っておくことにした。


 ノノアが戦闘を行っていた、広い空間から左右と中央に3本の通路が伸びている。ノノアはあのまま、中央の突破を目指して行くだろうことが予想できたから、左右の遊撃へと向かった。

 ノワールは旋風のように、右の通路を駆け抜けて、加勢に向かおうとしている魔物を切り伏せながら進んだ。

「あんなに邪悪な魔物と人間が、一緒に仲良く襲ってくるなんて……こないだのバンシーも偶然そうなったけど、こっちのは何ていうか……、みたいな」

 通路には5つ程の部屋が並んでおり、見ると漏れなく魔物が餌にありついていた。部屋のこいつらも全部掃除すると、ノノアの為にならないから、これらは捨て置いた。

 右の通路は部屋を除いて全て片付き、角を曲がると、予想通り中央と左の通路に繋がっていた。中央の通路では、ノノアが交戦しているはずなので、見つからないよう注意しながら、そのまま左の通路へと駆け抜けた。


 予想はしていたが、左側は『武闘派』の縄張りとなっていた。

 ノワールが最初に見た、赤黒くて陰鬱な部屋の中では、2人の武闘派が何やら無言で作業をしていた。太ったナタ持ちは何の肉か分からない肉を解体して、細身のサーベル持ちが容器に詰めて何処かへ運ぼうとしていた。

(あの肉を右側に運んで、魔物に餌付けしているの……? 会話は……できなそうだけど、一応話しかけてみるか)

「ねぇ、君たち、それ何の肉? どうするの?」

 廊下に出ようとする細身の前に急に現れて、道を阻みつつ質問を投げかけた。

「⁉ ヴゥ……ウゥ──」

 一瞬感情らしきものが見えたが、単なる反射のようなそれで、やはり会話にはならないようだった。敵対的にサーベルを構えた姿勢でも、平和的解決が困難なことは良く分かった。奥で作業していたナタ男も、騒ぎを聞きつけてやって来た。

「弁明もできない奴らを斬るのは可哀そうだけど……なんかの罪に当たるだろう、処刑してやる、かかってこい!」


 人間は、斬れば終わりだから楽だった。岩の魔物のように、ダメージを与えられずに剣が折れたりすることもないし、斬り落とした部位から2つに分裂することもまず無いから、楽だった。

 何でこんな脆弱な人間達で、栄華を誇ることができたのだろうと、考えることがたまにあった。


 ノワールが、そんなような思考を走らせている間に、いつの間にか2人分の死骸ができていた。

「ん、終わってたか。さて、急いで残りの奴らを掃除しなきゃ!」

 ここの列に居る奴らは、自分の方で一掃しようと決めて、ノワールは走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る