第8話 はじめてのじんもん
石造の地下施設に入ると、薄暗く不気味な雰囲気がそうさせるのか、はたまた単純に外より気温が低いのか、肌寒さを感じた。
室内に入ると、対象の追跡は困難を極めた。
ノノアにノワールと同等の聴力があるとすれば、ノノアの足音や衣擦れが聞こえたら、自分も補足されていると思っていいだろう。そうなると、かなりの距離を開ける必要があったし、そんなに距離を開けると何かあった時、咄嗟に助けることはできない。
幸いにも暗い場所での観察は、瞳の構造上、ヒトが必要とする光量の7分の1で良い上、視力はヒト並みに良かったので問題は無かった。
(何かあってから、咄嗟に飛び出して1……いや2秒ってところか。やられるには十分すぎる時間だ。早めに、事前に察知して任務継続可能か判断する必要があるな……)
死んでしまっては元も子もないから、ノノアの初任務を中止させてでも助ける必要があった。しかし気持ちの上では、何としてでも成功させてあげたい親心があった。
ノワールが、しばらく配慮しながら遠目の物陰から見守っていると、ノノアは標的であろう人物が含まれた集団を発見したようだった。
全員同じような、全身が隠れるゆったりとした青色の法衣に、三角形に尖った目出しフードで、正体を隠している。
何故、標的が含まれると思ったかと言えば、取り巻きの中心に居る人物だけ白法衣に金の刺繍が施されていたからだ。
「分かり易すぎるけど……合ってるのかな? ま、暗殺の警戒なんてしてないか。常日頃から警戒してるなら、影武者でもおかしくないけど……」
ノワールは経験が豊富だったから、可能性に警戒することは当たり前だったが、ノノアは特に何も考えていなかった。
(お、おい、まさか、あいつ……‼)
ノノアは全身を地面に伏せて姿勢を低くし、相手に見つかり難いように構えると、様子を窺っているようだった。
(まだだ、まだ様子を窺ってから……チャンスを見て……あぁッ!まずい‼)
ノワールが心の中で助言をするも届くはずはなく、ノノアは伏せたままお尻をフリフリと揺らし始めた。
(これは『突撃の型』……ダメ! ノノ! ダメだよ! 今飛び出したら袋叩きに……)
強く念じるも、そんな想いと反比例するように、ノノアのお尻はどんどんと持ち上がっていった。
あるラインで、振りながら上がっていたお尻が、ピタッと止まった。
(ヤバいっ……行く、これ、行くッ‼ どうしよう、止めるしかないか⁉)
ノワールが任務中止か続行かで悩む、その刹那、ノノアの尻尾が右から左へ、円を描くように一振りされると──
こてん、と横に倒れて飛び出すのをやめたようだった。
「飛び出すチャンスが無いまま、標的が奥に行っちゃった……」
ノノアはノワールにギリギリ届くくらいの声量で独り言を言っていた。
ノワールは、ノノアのお尻ばかりに注視していて気付かなかったが、標的の一団は既に見当たらなくなっていた。
(はぁ……見守るのって、自分で動いているより疲れるわ……)
心配ばかりで、どっと疲れたノワールは思った。
「まぁいっか、どこかで孤立してる奴を締め上げて、情報を聞き出そうっと」
(よし、情報捜査は任務遂行の基本。教えた通り覚えてるし、実践できるみたいだ)
2人は、各々の任務のために、順に奥へと進んで行った。
途中で、ノワールはどれだけノノアに気付かれないか、試してみることにした。横にすぐ隠れる場所があるところで、出来るだけ近づいてみる。
すると、ノノアの集中力が未成熟なためか、元来の素質の差異かは分からないが、思ったより近づけることが判明した。
(距離的に、これなら予測しておけば大体のことは庇いきれるだろう。独り言も聞こえるし、状況が把握しやすくなったね)
「うえ、何だこれ……」
何らかの、内臓らしきものが捧げられた祭壇のある部屋を見てノノアが呟いた。
「生贄……ってやつなのかな、あっ! なんか居た!」
ノノアは左横の小部屋を見て言っていたため、少し遠くにいるノワールへ詳細は伝わってこなかったが、大体のことは察することができた。
「このやろー! 喰らえ‼
螺旋槍は、簡単に言うと捻じれを加えて貫通力を増した正拳突きだ。大きな黒い鳥のような、魔物の胴体に穴が開くと、黒い煤だけが残って消えた。
(技名を叫びたくなる気持ちは分かるけど、隠密行動には向いてないぞ~。しかしすごいな、低級な魔物くらいなら相手にならないんだ)
ノワールは少し見ない間に成長するノノアを見て、いつも感慨に耽ってしまう。姉としてだけでなく、母親としての役割を果たしていたから、心に感じ入る気持ちも倍だった。
そう思っている間にも、どんどん先に進んで行くノノアを追って、ノワールも先に進む。
(ん? ここ今、魔物が居たのかな? 魔物に生贄をやっていた感じ? ……とすると、この『内臓』は、モカちゃんの言ってた……)
遅れて小部屋を見たノワールが、何だか物凄い気分になって、顔をしかめて思った。
(……こんな奴ら、早くぶっ潰した方がいい)
ノノアが危なげなく魔物を退けつつ、しばらく進むと1人で歩いていた信者と鉢合わせた。
「……!」
信者が声を出す前に、顔面を殴りつけて気絶させることに成功した。
(あはは、すごいすごい! 反射神経は私より上かも)
ノノアは気絶した信者の両脇を抱えるようにして、近くにあった小部屋へと引き摺って行った。
中に備え付けられていた椅子に座らせると、壁にかかっていたロープを拝借し、手首を肘掛けに、背中と腰を背柱に、脚を椅子の前脚にきつく固定した。
(この小部屋、窓があって良かった、声はほとんど聞き取れないけど、危険は無さそうだし様子が見れればいいでしょう)
ノワールは部屋の外で、壁に背をつけて室内を見る。
しばらくして痺れを切らしたノノアが、信者の目出し頭巾に平手打ちを往復させながら言った。
「おじさん、起きて! 聞きたいことがあるんだ」
ばしばしと引っ叩いていると、男信者が目を覚まして、状況にうろたえた。ガタガタと身体を揺するが、巻きつけられたロープはびくともしなかった。
「な、何だ、この子供⁉」
ノノアは答えずに、後ろから男の腰に手を這わせて、優しく言った。
「おじさん、ねぇ、あの『教祖』について教えて? 喋ってくれるよね? 僕、痛いことしたくないよ……おじさんも、痛いのやだよね?」
後ろから指先で腰の辺りを
「ねぇ、おじさん。
男から腰に隠し持っていた鋭そうな短剣を奪い取って、ニヤーっと悪戯っぽく微笑むノノア。
「ひぃっ……誰か! 誰か居ないのか⁉」
大声を出し始めたので、ノノアは慌てて男の喉元に短剣の刃を付けて、耳元で囁いた。
「しー。大声出さないでね、あなたがダメでも、僕は
暗に従わなければ殺すと示すと、実際に男は静かになったから、ノノアの『はじめての尋問』は続いた。
「し、知らないっ……何も知らない……」
何か信者にそういうマニュアルでもあるのか、何も答える気はないらしかった。
「そっか、えっとじゃあまずはー、左の小指のー、爪とー、皮膚の間にー……」
持っていた短剣で、ズッ……と爪に挿し入れると、男の悲鳴が上がった。
「ぎぃやあぁ‼‼ や、やめてぇ……な、何でも教えますから‼」
メリッ……と多少の抵抗だけして、男の爪は赤い放物線の糸を残して飛んでいった。
「うるさいってば、少しくらい叫んでも良いけど、小さく叫んでよ。うるさくしたら次は薬指いくからね」
「な、何でも教えると言ったじゃないかぁ~‼‼」
大の男が声をあげて泣いていた。
「うるさいよ……はい、左薬指の爪もテイク・オフ」
泣いて大声を出す度、赤い放物線の跡が床に増えた。もう2本の跡が増えた頃には、男は乱暴された少女のように、静かに嗚咽するようになっていた。
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