第7話 ※スタッフが安全に配慮しております。

「ちょっと君、待ちなさい!」

 ノワールが呼び止められたのは、エスヴェルム王都に向かう途中の街道沿い、ミントグラスの村の途中だった。

 声の主は、見覚えのある2人組だ。前に殺人現場を封鎖していた騎士団の連中で、最近の流行らしい『馬』に乗っている。

 『馬』というのは『猫』と同じく、害のない魔物であり、人間より速く長時間走り続けられる乗り物だったから、現在では移動に重宝されている。

 そもそも本来、騎士というのは『馬』に乗っている者のことを指すのだとかいう、誰が言い始めたかも分からない出所不明の噂もあるが、騎士の方が先に居たのだから、その言説は間違っているのではないかと言うのが騎士たちの中では大勢を占めている。


 ノワールはノノアを見守るために、急がねばならなかったから内心舌打ちしたが、止まらざるを得なかった。

「早く走りすぎだぞ! 人や馬とぶつかったら大事故だ、もちろん君も怪我も負うだろう! ゆっくり走りなさい!」

「ごめんなさい」

 早く切り上げるために、言い訳などせずに大人しく頭を下げて謝った。

「タルト先輩、こいつ……速度超過で逮捕しましょうか」

 前述の『馬』が台頭してきて以来、街道を高速で走らせて事故を起こす輩が続出し、問題になった。そのため、速度を規制する法律ができ、騎士団が取り締まることになっている。

(馬か、こいつのせいで走るのを制限されるとは、忌々しいな……逮捕までされるとは、どう切り抜けるか……)

 ノワールの思惑とは裏腹に、大柄な女騎士が逮捕をちらつかせた次の瞬間、タルトと呼ばれた美しい黒髪の女騎士が吠えた。

「バカ者! ナコ! 貴様この! 一般の方を簡単に逮捕するとか言うんじゃないッ! 恐怖を与えるのが貴様の仕事か‼」

「ヒェェエエすいませんす!」

 一般人が恐怖を覚えるような形相になったタルトが叱りつけると、ナコと呼ばれた大柄は震えて縮み上がった。

「お嬢さん、ここ最近はこの辺りも治安が悪化しているからな、因縁でも付けられたら大変だ、ゆっくり歩く方がいい。先日も旧王都郊外で3人、いや4人の人間が惨殺されていた……我々も犯人を追っているが、お嬢さんも努々ゆめゆめお気をつけなさい」

「はぁ? じゃなくて、え? 惨殺……えっ⁉ ば、バンシーにやられたのかな?」

(しまった、バンシーの話なんて出ていないのについ言っちゃった……)

 ノワールは善行を行ったはずの者じぶんが犯人扱いされているのが衝撃的すぎて、余計な言葉が口を衝いた。

「はは、良く知っているね。バンシーも居たようだが、その連続殺人鬼とは関係ないさ。それではお嬢さん、何かあったら我々を、我々の捜査能力を頼ると良い」

「は、はい……」

 これだけボロを出した自分を咎められない捜査能力など、頼れるものか。失態を棚に上げてノワールは思った。

 そうして何事も無く、騎士2人は彼女の前から去って行った。


「タルト先輩、やっぱりあのメイド……やっぱり匂うっすね」

 ノワールが見えなくなったところでナコが言い出した。

「また、お前の『匂い』の話か」

「あれは……あの匂いは、日向ぼっこ系の……何とも言えない、いい匂いっすね」

 ナコは匂いに敏感で、うるさかった。

「そう……」

 タルトは人の匂いの話なんてどうでも良かったから、どうでもいいような返事をした。


(騎士団か、敵に回したら……厄介かなぁ~)

 2人が見えなくなってから、全速力で走りながら、巨大な組織を敵に回すとどうなるか想像していた。

(騎士団は正義の組織。私達も勿論そうだ。互いにぶつかりあったなら……『法律に従っている正義の方が、より強い正義』? つまり『法律を作れる権力が正義』? それとも『勝った方が正義』? では『負けた方は悪』なのか?)

「とにかく、敵に回さない方が『無難』だね~」

 そんなことを考えながらも、面倒になってきたから答えは出ないままに、目的地へと辿り着いた。


 旧市街地に着いたノワールは、廃墟になった柱の物陰から、遠くの方でノノアとモカが何やら会話しているのを見守っていた。

 少なくとも自分と同等の聴力と警戒範囲ナワバリがあるだろうから、これ以上近づくことはできなかった。

(楽しそうに笑って話して……手を振って、あ、出発した)

 動き出したのを確認すると、ノノアと同じ速さで歩を進め、距離を保ちながら移動した。

「やぁ! モカちゃん、元気? ノノアの『お届け物』を見守りに来たんだけど、標的ターゲットはどこのどいつかな?」

 モカと会うのは前の殺人鬼大量発生事件以来だった。駆け寄って手を取ると『モカちゃん♪モッカちゃん♪』と上下に振りまわした。ノワールなりの親愛の動作だ。

 

「やぁ、ノワール。この間ぶり。元気ですよ、モカちゃん。ノノアの『お届け物』は、旧王都南の廃地下施設、邪教団の教祖宛てです」

 モカはノワールに手を掴まれて、されるがままだったが、表情は変えずに質問に応えた。

 邪教団──神とか偶像だとかいう謎の概念を、どこからか仕入れてきて、崇めたりするのを流行らせようという不思議な連中だ。

「魔族の類を崇拝する、悪趣味な野郎どもです。規模がだんだんでかくなって過激化してきたのか、人をさらって、生贄にしているという証拠を得たので、めでたく殲滅対象となりました」

 貧民から金を巻き上げるためだけのモノだったり、真剣に救世を目標としていたり、世の中に害しか無かったりと様々ながあったが、今回の教団は、殲滅に値するということだ。

「あ~! あのいかにも怪しい地下のとこね!」

 ノワールは昔、この近辺を色々冒険して見て回った時に入ったことがあった。記憶にある、地下に広い空間を持つ廃墟のことだ。元がどのような施設だったかは不明だが、こんな事なら入り口を崩して塞いでおけば良かったと思った。

「……あそこって、構造上ノノア1人じゃ、確実に荷が重いよね」

 今までモカの手を握っていた、ノワールの手が離れた。

「えぇ、モカちゃんの計算によると、ノノアがこの局面を生き残れる確率は3%程度でしょうね」

 モカがメガネをクイッとやって不吉なことを言う。

「ん? 1、2……ほぼ死ぬじゃん。こうしちゃいられない、しっかり守護まもってやらないと! モカちゃん、色々教えてくれてありがとね!」

 ノワールは指折り計算して、そう言うと、会話を切り上げて風のように走り去っていった。


「……ほう、あれが噂に名高い『疾風迅雷のワールウィンド・ノワール』か……何ッ⁉10% 40% 90%……ッ‼ ノノアの生存確率、90%以上……⁉ 計算外! こんなの想定外だッ!」

 こうしてモカは、死ぬ前に一度でいいから言ってみたかったセリフを言えて、満足気にいつものピースポーズを取った。ちなみに生存確認云々は適当に言っただけだった。


 廃地下施設までの道のりは、短くて長かった。

(また蝶々を追いかけてるし……)

(何あいつ、今度は何⁉ また虫?……好奇心の塊か?)

(律儀に通りがかる人全員に挨拶して……あ、お菓子もらってる)

 まるで少し前の、幼い頃の自分を見ているようで、こそばゆかった。まぁ自分が大人になるにつれて、このような無駄行動は無くなったから心配することはないだろう、と納得した。


 そんな、ふらふらと危うげなノノアを物陰から見守りつつ、旧王都をしばらく行くと、目的地の廃地下施設に到着した。

 少し警戒をしているらしいノノアが施設内に入っていくのを確認し、ノワールも入口まで近付いた。

「……見た目は極普通の廃墟といった感じ。いや、邪教の癖に『〇〇教本拠地』とか何とか看板があって、派手な装飾があったりしても嫌だけどさ」


 ノワールは、イカサマ宗教が開き直って、大手を振って町中に施設を設置し始めたら厄介だな、と思いつつ地下への階段を下って行った。

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