はじめてのお届け物

第6話 はじめてのおとどけもの

 前回の殺人事件解決から、しばらく経ったある日の朝。

 主であるエリクから指令があると連絡を受けたノワールは、身支度を整えると階下の指令室へ向かった。

「あ、のんたん。喉と耳の調子はどうですか?」

 向かう途中で出会ったのは外套のメイド、リザリィだ。

「うん、リサのおかげでもう元通りみたい。ありがとう!」

 すっかり喉の調子も、鼓膜も元に戻ったノワールが答えた。

「治ってますね! 良かった良かった! ……てことは、あの植物は使えますね~、増やしときましょう」

 リザリィの特殊能力は、彼女の一族のみが扱うことのできる、万物の『感じクオリア』を使役する能力だ。

 今回は特定の植物から採れる『再生のクオリア』を用いた治癒の実験だったが、上手くいったようで安心した。耳から芽が生えてきたらどうしようと、少し危惧していたのだ。

「耳からが生えたら、だって……あははは!」

「?」

 ノワールが、急に笑い出したリザリィを不思議そうな顔で見ているうちに、いつの間にか指令室に近づいていた。


「ふぁーあ……おはよ、ノワール。ほら、頼まれてた鋼鉄製のカチューシャだぜ」

 廊下で鉢合ったレネィが、あくびや挨拶と共に、重量感のあるそれをノワールに投げて渡した。

 先日、殺人鬼によって破壊されたカチューシャの修理を頼んでいたのだ。

「ありがとう、レネ! この間は、これが無かったら即死だったよ!」

「良かったな、だから装備は大事なんだぜ。それも着けてないと意味ないからな、早く着けろ」

 ありがたい助言に従って、すぐに着けていた布のカチューシャと差し替えた。

 そんなやり取りを交わすうちに、皆がそれぞれ集まってきていて、朝の挨拶をしながら部屋に入っていった。


 全員集まった所で、主人であるエリクはゴホンと1つ咳払いをすると、いつも通りの演説が始まった。

「第一連隊の皆、前回出した指令は全て片付いた。あらゆる場所での迅速な活躍、大変な尽力、まことに痛み入る! 早速だが、次の指令を言い渡しまぁす!」

 ところが今日は、主人の朝礼が短かった。レネィはここでヤジを飛ばすのが生き甲斐になりつつあったから、準備をしていたのに拍子抜けだった。

「レネ! いつもの頼む!」

「行きつけの酒場かよ。まぁ、今日は冒頭の挨拶が短かったからな、素直に従ってやるぜ」

 レネィは良く分からない理屈で、素直に言うことを聞くと、ダラダラと退出していった。


「レネが居なければ備品不足で数日間は指令が滞るだろうからな、本当に助かるよ。続いてリザリィ……そう言えば、前回の『お届け物』はどうだった?」

「もー大変でしたよ! でも、毒を多用する奴には私が適任でしたね。そんなものを使っても、私の前では丸腰と同じですからね!」

 リザリィは始末してきたらしい敵を回顧し、大変だったと言いながらも、ふふん、と胸を張って得意気だった。

「そうか、見立てが間違ってなくて良かったよ。……で、次の司令なんだが、『ノースポール』の調査だ」

 ノースポールは北限の集落で、リザリィの故郷だ。

 懐かしい故郷の名前が不意に出て、彼女の目の色が変わった。

「ん……何かあったんですか?」

 今まで音沙汰が無かった故郷に、何かあったのかと不安になった。

「あぁ、アンリさんが何か、新たな魔素? を検出したらしい。もしかすると……いや、アンテセッサは消滅したと聞いたが」

 数年前ノワールと共に退治した、忌まわしい魔獣の名前を聞いて、更にリザリィの不安は増した。

「もし何か、一人で手に負えないことがあったら、必ず知らせてくれ」

「……はは、大丈夫ですよ! アンテセッサでは無いです。あの時、完全にクオリアの消滅を確認してますし! むしろ地元だから里帰りできて良いかも♪ 里帰り、さっと帰り♪」

 リザリィは言っている途中で自分の頭の中に発生した『不安のクオリア』を拭い去って捨てると、晴れやかな気持ちで、準備をしに自室へ向かった。


「続いてミリカ。この間は街道の『掃除』見事だった。次はレモンライムの領主屋敷で起こっている、若いメイドばかり狙った失踪事件の調査だ。尚、今回の任務は『派遣』で行うこととする」

 派遣とは、組織の隠語で潜入捜査のことだ。時にはメイドだけでなく、様々な人物に変装して潜入する。何でも1人でこなせるミリカの得意分野だった。

「若いメイドばかりが失踪、ですの……? けしからない事態ですわね。お安い御用ですわ。でも、そろそろノワールちゃんと一緒に……」

 ミリカは、ノワールに対して並々ならぬ好意を抱いていたから、指令の時は大体近くに座っていた。この日も例外なく隣に座っていたノワールに、後ろから抱き着いて、言おうとした。

「ダメッ、ミリカは1人で何でもできるのが悪い! 強いし、解決も早いし、仕事も完璧! 2人で行く必要は無し!」

 エリクは彼女の要望を聞く前に、勢い良く否定した。褒めながら否定するのが、老獪ろうかいさを感じさせる。

「それはそうですけどぉ……あぁ、もうちょっとか弱く生まれたかったですわぁ……そうしたら、ノワールお姉様と一緒に……うふうふふ♡」

 くねくねとしなって、尻尾を左右に振りながら妄想して退出するミリカを見ていたノワールは、今度指令が終わったら、たまには一緒に出掛けようと思った。


 そんな皆の様子を、椅子に緩くあぐらをかいて、尻尾を左右にゆっくり振りながら、ノノアが見ていた。

(ノノアは、またお留守番かなぁ?)

 以前から聞き分けの無いことや、自信過剰から来る失敗を繰り返してきたノノアは、自分に指令が無くても黙って待っていた。いつかエリクや皆に認められた時、活躍すればいい。2度ほど勝手に出ていって死にかけて迷惑をかけたことがあり、反省して今は大人しくしていた。


「ノノア! 旧王都郊外の廃墟に、魔族崇拝の一団が集まっている。そこに『お届け物』に行ってくれるかな?」

 エリクに初めての指令を出され、ノノアは一瞬、耳をピクリとさせ、何が起こったか分からずに、驚いた顔で姉のノワールを見た。姉は何も言わずにニッコリと微笑んで、ウィンクを返すと、エリクの方を控えめに指さした。それで我に返って、改めて指令と向き合った。

「ノノアが、お届け物⁉ やったぁ! ……でも、ちょっと……」

 いざ指令がくると、前にあった失敗体験が、ほんの少し重りとなってし掛かってくる。自信はあったが、自信があればあるほど失敗するのではないかという不安に襲われた。

「危ない『お届け物』だけど、1人じゃ不安かな?」

「……ううん、大丈夫! 1人で頑張る!」

 不安は消えなかったが、ノノアは強く育っていた。今度こそ皆の役に立ちたい、じぃじの期待に応えたいという想いの方が断然強かった。

「……よし、任せたぞ! 詳しいことは旧王都の入り口辺りにモカちゃんをっているから、聞いていきなさい」

 ノノアは元気よく手を挙げて「はい!」と返事をして、駆けだして行った。


「それで、アンリさんはいつも通り居ない……と。」

 指令を受けて全員が退出し、いつもの部屋はノワールとエリクだけが残っていた。

「……ノワール」

 エリクがノワールを呼ぶ声は、いつもの指令を出すトーンでは無く、家族として彼女を呼ぶときのそれだった。

「分かってるよ、本当に不安なのはジジィ……ノノを溺愛してる、あんたの方なんでしょ」

「ジジィはやめて、あんたもやめて」

 エリクは泣きそうになった。勿論『ジジィ』とか『あんた』とか呼ばれたからではなく、年齢が嵩むにつれて涙腺が緩んできていたからだ。ノノアの成長に対する、嬉し涙だ。

「私はノノを影で支えて、危なくなったらバレないように助ければいいんだよね?」

「うん、うん……あの赤ちゃんノノアが独り立ちだってぇ。『1人で頑張る!』って……良かったねぇ、良かった良かった」

 涙を堪えていた甲斐なく、すぐに溢れて決壊した。

「いや、溺愛具合が常軌を逸してるよ……でもまぁ、心配なのは私もジジィと同じだからね! 行ってきます!」

 ノワールは、図らずもノノアと同じポーズで、元気にそう言って走り去っていった。


「ぐすっ……ぐす……ジジィはやめてってば」

 さっきまで賑やかだった部屋には、そんなジジィの啜り泣きが残るばかりだった。

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