第4話 殺人鬼
3つの犯行現場を回っているうちに陽は落ちつつあり、ノワール達の居る広場は、多少の赤みを帯び始めていた。
1件目の事件、9日前、場所は路地裏の平屋。被害者は23歳、娼婦、死因は上半身が滅多刺し。仕事の評判は良かったという。近隣に娼婦を恨む人物あり。
2件目の事件、6日前、場所は酒場。被害者は21歳、酒場の給仕。死因は絞殺で、その後に滅多刺し。彼女に異常な執着を持つ客がいたとの情報。
3件目の事件、3日前、場所は住宅街。被害者は19歳、住民の男性、ただし見た目は女性に見える。死因は首の深い刺し傷。床に邪教徒が残したらしき、神へのメッセージ。
「私が今回の捜査から浮かべた犯人像は──」
(これって犯人は単独じゃ無くない? 連続殺人じゃなく、偶然なんじゃ……? ──あぁもう! 動機も死因も容疑者も、めちゃくちゃだから全く分からないよぉ!!!!)
ノワールは心の中で、そう嘆いていた。顔も泣きそうだったが。
「そ、そうだ、地図! この地図の犯行現場を線で繋ぐと……?」
一か八かで、ガサガサと急いで地面に地図を広げると、順番に目印をつけ始めた。
「……¬?」
全く意味のない記号を描いて、全く意味のない検証をした。こうなったらノワールは、さらに頭を抱えてしまった。
「あれれー? これって、一見では関連性が無くてめちゃくちゃに見えますけど、犯行は3日毎に行われて、被害者の年齢が2歳づつ下がってるのは偶然ですかね」
この膠着状態を打開したのはモカだ。ノワールの心を読んだのかと思うくらい適切な助け船だった。いや、もしかすると、ノワールが困るのを見て楽しんでいたのかもしれなかった。
「……その通り、私もそれらの数字パターンが引っかかってたんだよね、偶然のワケが無いもの。複数の犯人による凶行とは思い難いんだよ。待てよ? 一見すると違う犯人に見えるよう『見せかけているだけ』だとしたら……? 殺して自身の欲求を満たしているだけの『単独の』殺人鬼が、目撃もされず狡猾に偽装工作を行っていたとしたら……? その中でこんなに分かり易いパターンを残したことは、我々に対する挑戦とも取れる意味合いが含まれるのでは…… ん? まさかそんな……この『パターン』が示唆する次の犯行は……奇しくも本日! 17歳の、おそらく女性‼」
ノワールの口から、堰を切ったように言葉が流れ出た。どういう感情なのだろうか、すごい早口だった。
「ま、大体そんなとこじゃないですかね。上出来です。きっと今日、また事件が起こりますよね」
「そうか! モカちゃん、ちょっと人気の無い場所で囮になってよ! モカちゃんなら可愛いから殺人鬼も食いつくはず!」
モカが知った風な口を利くと、ノワールは恐ろしい提案をしてきた。
「えー嫌ですよ、連続殺人鬼の囮なんて危ないし、モカちゃん28ですよ? まーそりゃ可愛いですけどさ……」
モカは身長のせいか、立ち振る舞いのせいか、下手をすると17、8歳のノワールより若く、幼く見えた。
「28……え、28歳なの⁉ いや、でも……も、もちろん私も囮やるからさ! ほら、標的が来たらこの笛を吹いて合図して! この区画ならどこに居てもすぐに駆け付けるから、全然危なくないって!」
合図用の笛をモカに押し付けて、ノワールは人気の無い場所へと走って行った。
「はぁー、しぶしぶ……」
モカは言葉に出してしぶしぶと、囮になるべく、暗がりの街区へと向かった。
お互い囮になるため、一旦モカと別れたノワールは、最初に訪れた事件現場である、路地裏の程近くへと来ていた。
「もう暗くなってきたな……モカちゃんの笛の音が聞こえたら、内臓引き摺り出される前に駆け付けなきゃ!」
ノワールは周りを少し警戒しながらも、気取られないよう自然に、時折笛の音が聞こえないか、耳をピクつかせながらゆっくり歩いた。
「お嬢さん、何かお探しかね?」
突然、後ろから話しかけられた。
ちらっと見ると、髭の立派な中年の紳士だった。ピンとした白のシャツをカフスで留め、青のコートの上に茶のオーバーコートを纏い、帽子を被った、いかにも紳士といった出で立ちだ。
「そーですかねー、お構いなく」
ノワールは警戒を続けていたから、話しかけて欲しくなくて、顔も見ずに取りつく島もない応対をした。というか警戒しながらそこまで器用に対応できなかった。
「奇遇だね、私も探していたんだよ。こんなに
紳士は尚もニコニコ、いや、最早ニヤニヤと笑みながら話しかける。
「そうなんですかー。お構いなく」
またもノワールに無下にされ、紳士はニヤニヤしながらも苛ついたのか、少し声を荒げて続けた。
「この辺は危ないから気をつけなさい、殺人鬼が出るからね。──
紳士はいつの間にか、両手に禍々しい形の短剣を用意し、不気味な笑い声をあげて可憐なメイド少女を手にかけようとしていた。
「もう、おじさんしつっこいな! モカちゃんの合図が聞こえなくなるでしょうが!」
ノワールは、ようやく紳士の方を振り向いて、目前に迫った短剣を見て言った。
「ってなんだこいつ、あまりにも殺人鬼じゃないか!」
殺人鬼の短剣は、容赦なくノワールの頭を目掛けて振り下ろされた。
凶刃を受け、頭が真っ二つ。哀れノワールの物語はここで終わってしまった。
かの様に思われたが、派手な金属音を散らして、鍛冶屋レネィ特製のアイアン・メイド・カチューシャが身代わりになった。
同時に、ノワールは持っていた『荷物』の布を取り払うと、露出した長剣で、殺人鬼の短剣を払い落として後方へ跳んだ。
「⁉ 可愛いだけじゃ、無いんキル⁉」
殺人鬼は面食らったが、気にせずにコートの前を開けると、懐に隠した十数本の異様な形状の短剣を露にした。
「お前が連続殺人事件の犯人で間違いないか!」
「? キルル……一体何の確認だ? そうだ、と言ったらどうするんだ?」
ノワールは最終確認が取れたから、目の前の殺人鬼に宣告した。
「正義の柱、この私……ノワール・アールグレイが、法に代わって貴様に正義を執行する!」
「正義だ……? キルル……素人が! しゃらくせぇ‼ 滅多刺しにして『作品』にしてやるぇぁー‼‼」
叫んで無数の短剣を投げてきた殺人鬼に対して、どっちが素人だ、とノワールは思った。この12年間、悪人や魔族を星の数ほど断罪してきた彼女には、連続殺人鬼など所詮、しゃらくさくて仕方が無かった。
素人にしては、まずまず鋭い軌道で投げてきた短剣達を、はやぶさのような剣技で叩き落す。殺人鬼はそれを見て、慌てて数本の短剣を投げつけるが、結果は同じだった。
「キルッ⁉ なんだこいつ‼ 強……え、美し……」
殺人鬼が気付くと、少女は既に至近距離まで肉薄していた。
「貴様に情状の余地は無い。が、もし次があるなら、まともに生きられると良いね」
意味の無い、別れの言葉を告げてから続けて言った。
「──正義、執行!」
ノワールの鋭い剣が一瞬だけ夕焼けを反射すると、殺人鬼の首と胴体は離れ離れになった。
「可愛いモカちゃんの方に来るはずでは?」
一息つく間もなく、やや遠くの後方から話しかけられた。騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にか駆け付けたモカだった。殺人鬼に選ばれなかったのが不満なのか、口をつきだし、頬っぺたをぷくっと膨らませて、むくれていた。
「それは、その、なんかごめん……ともあれ犯人断罪ということで、この事件は解決だね!」
「納得いきませんが、めでたし、めでたしですね」
「キャエアエエエェェェェ!!」
ようやく一件落着と、胸をなでおろしたところに、そこまで遠くない場所から甲高い悲鳴が届いた。
2人とも目を見合わせて、聞き間違いではなかったことを暗黙のうちに確認し、急ぎ悲鳴の方へと向かった。
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