第3話 モカの性癖
「モカちゃん、ここ、裏も表もドアが開かないけど、鍵とか持ってる?」
目的地である酒場の前に着き、目立たない裏口を選んで侵入を試みたが、鍵がかかっているようだった。
「え? なんだ、開くじゃないですか」
モカはドアの取っ手を掴んで、思い切りよく引っ張ると、派手な音と共に鍵や
「……そりゃあ、そうすりゃ開くけどさ。モカちゃん、破壊は良くないな破壊は!」
「おまえに言われたくは無いですよ。(すいません、次からはなるべく気を付けますんで許して下さい……)」
ドアをその辺に放り捨てて、つい本音がでて口答えする形になったが、ノワールは己の行動を振り返ると『確かにその通りだ』と妙に納得して事件現場に入った。
「うわ……こりゃ酷い」
犯行現場を見るなり、第一声が口を衝いて出た。床一面が血塗れになって汚れた、惨い有様だった。
「本当。ひどいもんです」
モカは溜め息をひとつだけつくと、詳細を語り始めた。
「被害者は、キャサリン、21歳。この酒場の給仕をしていた女性で、黒茶色のロングヘアー、華奢で線の細い体形をしていたようです。はい、これが実像です」
アンリの作成した紙片を数枚、ノワールに渡して見せる。
「殺されたのは6日前。酒場の営業が終わって、一人で片付けをしていた所、ロープで首を絞められ殺害された様です」
モカの説明に、聞いていたノワールの尻尾が揺れた。
「ロープ? じゃあこの床に広がった血の海は何?」
床の血が、星か何かの模様を描いているように見えて、空中でなぞりながら聞いた。
「全身に刃物による多数の刺し傷があったようですね、猟奇的ですよね。余程、恨みがあるとか……どうも、例えば酔っ払いによる突発的な犯行には思えませんね」
アンリの紙片を見ながら、不審がるノワール。
「この人も、人に恨まれるようには見えないけどなぁ」
「おっしゃる通りですね。雇い主に聞きましたが、誰からも愛される、素直な娘だったという話です」
唸っているノワールに、モカが説明を続ける。
「被害者キャサリンは、死亡する数日前から言っていたそうですよ『最近変な客に付きまとわれている、店の外でも、行く先々でじっと見ているだけで、気持ちが悪い』と」
「ははは! そいつ怪しい! まるで犯人みたいなやつじゃん!」
ノワールは爆笑しながら言った。
「はは、ほんと笑っちまいますよね、もうそいつをしょっ引いちゃいましょうか」
全く笑わずに、捕まえるジェスチャーをしながらモカが言う。
「まさかそんな犯人みたいなやつが犯人なわけないし! こういうのは大体怪しくない奴が……」
「そうそう、大体の殺人事件っていうのは主人公の助手が真犯人なので」
後は、特にめぼしい手がかりは得られそうになかったので、この場から離れることになった。
2人は、最後の犯行現場である住宅街にやって来たが、1番新しい現場だからか、騎士団によって規制線が貼られていた。
「騎士の皆様、正義のための勤務、お疲れ様です、なにかあったのかな?」
ノワールは騎士団の活動に少し興味があったから、いつも通り愛想良く、正面を見張っていた2人組に話しかけた。
「殺人っすよ! 3日前にここで未成年の男の娘が殺られたっす。名前はラウラン君。鋭意、捜査中でありまっす!」
張り切って答えたのは、見たことの無い形の弓を構えて立つ、若い方の女騎士だった。クリーム色でふわふわのショートヘアー、ノワールより頭1個大きな体に、折れた耳と従順そうな垂れ目が特徴的な
(素晴らしい。この人はミリカ姉並の背で、恵まれた体躯だな。力で競ったら勝てるかな?)
ノワールはがっしりとして背の高い騎士を心の中で称賛した。力比べを考えてしまうのは、彼女の癖だった。
「バカ野郎か貴様! 一般の方々に捜査内容を漏らしてどうする! 無駄に怖がらせるだけだろうが!」
こちらが上司なのだろうか、背はノワールと変わらず高くはない、華奢な線をした猫のルナーで、滑らかな黒髪のロングストレートヘアーが美しい女騎士だ。
長大なランスと大盾を持ち、槍の柄を地面に衝いて叱責した。部下の方は「ヒェッ……」と委縮して口をつぐんでしまった。
「麗しいメイドのお嬢さん、驚かせてすまなかったね。この件は、きっと騎士団が解決するから安心して下さい」
上司の騎士が凛々しい笑顔を作って、ノワールの手を掴んで言った。
「はぁぁぁぁ⁉ なんだこの女騎士、言動込み込みでイケメンすぎんだろ! 麗しいのはオメーだろが‼」
ジーっと見ていただけのモカが、何故か急に物凄い剣幕で喚き始めた。
「えぇっ⁉ すいません、この子……ちょっとあの、アレでして……」
ノワールは急に発狂し始めたモカに慌てて、すぐに引っ張って現場から離れた。
「はは、変わったメイド達だな、どこの屋敷のメイドだろう?」
上司の騎士は優しそうに笑うと、警備を再開した。
モカを引っ張ったまま、少し離れた広場まで逃げてきた。
崩壊する前は、噴水広場だったという跡地だ。2人は未だにゴロゴロと転がる瓦礫に腰かけて話した。
「モカちゃんとしたことが、申し訳ありません。あの人……ツボに入ってつい。メシが何杯でもいけますよね」
ノワールにはモカの行動は理解し難かったが、そういう性癖なんだなと納得することにした。
「さて、騎士団が見張ってて入れないけど、どうしようか」
2人は、ようやく本題に戻り、作戦を練り始めた。
「それなんですが、今までの現場って、2人でわざわざ見に行く必要ありました?」
モカの本末転倒な疑義に対してノワールは腕を組み、顎に手を当てて少し考えたが、すぐに答えた。
「ない!」
「ですよね、そう思って用意してもらいました、はい」
モカが出してきたのは、大量の『アンリの紙片』だった。
「被害者と部屋を写し取ったやつね、用意いいな~! すごい量だけど、アンリは平気だったの⁉」
「はい。アンリはこの仕事の後、倒れて昏睡状態に陥りましたね……これをこうして並べて、部屋を再現しましょう」
アンリが倒れて昏睡状態に陥るのはいつものことだったから、2人は気にせず捜査を続けた。
「デカい方の騎士が少し言ってましたが、被害者は19歳の男」
「さっきまで女の人だけだったのに」
猛烈な違和感を感じて話の腰を折った。
「えぇ、男だったのはこの現場だけですね。ただし中性的で、一見すると華奢な女性にしか見えなかったそうですよ。あ、その紙の人です」
モカは空中で指を回転させながら探し、被害者が写し出された紙を指した。
「んー、確かに男の人には見えないね、女性より女性らしいというか……複雑な気分だけど、可愛いし……美しい!」
ノワールが複雑だったのは、愁いを帯びたような表情のその男が、自分より女らしく感じられたからだ。
まとまって置かれていた被害者像の紙片をペラペラとめくって、これは女性と見間違えても全く違和感がないな、と納得した。
「これ、また床が血塗れ……ん? 何か文字が書いてある?」
「そうなんですよ、死因は首にある深い傷なんですが、遺体は逆さにして吊るしてあったそうです。文字の内容は『神の御使いに対する供物として、美しい処女の血を捧げる』だそうです」
モカは自分で言っていて、本当に処女なのか? 処女じゃなかったら神はどう思うのだろうかとか、どうでもいい疑問が沸いた。
「……でた! また『神』だ! いつも思うけど、神が求める物も、神を信じる者も、ろくなもんじゃないじゃん。大体、神って何なの!」
ノワールの経験上、狂ってしまった人間ほど『かみかみかみかみ』とうるさいので、そろそろうんざりして文句が出た。
「いやまぁ……やっぱり脆弱な人間共には、いざという時に
モカはそう推察すると、地面に並べられた写真を片付けながら、雑談の流れを切ってノワールに判断を仰いだ。
「さて、3つの現場を調べましたが、犯人の目星はつきました?」
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