第2話 猫と猫耳メイド

「あ、出たな、魔物だ!」

 目的地エスヴェルムに向かう途中。

 ミントグラスの村を通る街道で、茂みから飛び出してきた小さな生物を発見して、思わず声が出た。

とかいうやつだ!」

 猫とは、ここ最近になって荒野や山の方から現れてきた魔物だ。目立った害も少なくて、むしろ可愛いということで人々が駆除せずにいる種だ。

(私のような獣人族ルナーは、猫に似た耳と尻尾を持つことから、なんて呼ばれてるらしいが……勝手に似たのはこいつらだろう⁉)

 12年前に突如として現れた魔物達の中には、大きな害のない種や、更には人々の生活に役立つ種も発見されつつあり、何やら愛好家も存在するのだという。

「まぁ、見た目が可愛くて、ふわふわで撫でたくなるのは認めるけどね……」

 ノワールはこの類の、大人しい魔物を見ると複雑な気分になる。

 自分の耳尻尾に似て親近感を覚えるのもそうだったが『魔物は悪である。悪は憎み、打ち滅ぼさなければならない』という、己の信念を揺るがされるからだ。


「にゃーん?」

 は、ノワールの葛藤を不思議がるように、目の前でおなかを丸出しにして倒れて伸びた。その仕草に悪意や敵対心は全く感じられない。

(魔物の中にも、悪でない者は存在するのか……? もしも目の前の愛らしいこいつが、悪だというのならば、私は切り捨てることができるだろうか。いや、できるだろう。だが、その時私は人々の目に、どのように映るのだろうか)

 恐る恐る顔に触れても何も悪さをしてこないので、ノワールは胸を撫でおろすと、その場を走り去った。


 エスヴェルム旧王都、または旧市街地──

 大厄災のその日に、魔族によって滅ぼされた区画で、ノワールの生まれ故郷でもあった。

 正確には、記憶喪失に陥った自分が救助された土地というだけなので、本人にとって大きな郷愁の念も無い。

「こっちって滅多に来ないけど、少し前と比べても、だいぶ復興してきたなぁ」

 それでも人間が行う、復興の速さには感心しきりだった。

 エスヴェルム現王都の西に隣接して、この旧市街が半円状に広がっている。大厄災以後は住処を持たない者や、後ろ暗い過去を持つ者、貧民層などの受け皿として独自の社会を形成していた。

 しかし近年はようやく、それも急速に復興の手が回ってきていた。建てられたばかりの住宅が多く立ち並び、一部区画を除いて、その特色も薄れつつあった。


 そんな過去の特色が未だに残る『』A街区と呼ばれる区画の路地裏に、荷物を抱えた白銀猫耳のメイドがやって来た。

 荷物というのはもちろん、得物である剣のことだが、ノワール達は得物を丸出しにして持ち運んだりはしなかった。

 必ず布を巻いたりして、いざとなった時にしか使わない。折角メイドとして隠れ蓑を纏っているのだから、隠せるだけ隠して『お届け物』でも持っているかのように装っていた。


 一画の路地を曲がると、縄で封鎖された1件の家の前に、可憐な少女が微動だにせず立っていた。

 オーソドックスでクラシックなメイド服、身長はノワールより1回り小さいが、それに対して胸は大きく、対比が際立っている。ピンク色の癖毛を肩口まで伸ばして、尖り耳に無表情で整った幼い顔面、赤いメガネが特徴的なエージェント・モカフィだ。

「いたいた、モカちゃーん! 久しぶり! 元気ー?」

 ノワールが右手を頭上で大きく振って近づくと、彼女は無表情のまま、目元に両手でピースサインを作った可愛いポージングで返事をした。

「元気ですよ、どーも。あれ? 髪切った?」

 モカは、挨拶のシメに社交辞令的な雑談を入れることを信条としていたが、返事はどうでもよかったから続けた。

「挨拶もそこそこですけど、仕事の話です。早く帰りたいので」

 定時退社に定評があるモカは口を早めた。

「あ、そういや全く指令聞いてなかったけど、何の仕事?」

「バカかよ。殺人事件の調査と断罪ですよ、しかも連続して起こった殺人。6日という短期間で3件も。いずれも声明や予告無し、目撃者も無しです。犯人を捜索して、罰を与えてください」

 抜けているノワールに苛ついたのか、更に早口で捲し立てるが、その無表情は崩れなかったので本当の感情は誰にも分からない。

「なるほどなるほどですね~、ここが第一の犯行現場ってワケだね」

「その通り、場所は順番に路地裏・酒場・住宅街の3か所です。ノワールおまえだけじゃ解決するまでに犠牲者が増えるかもなので、モカちゃんも着いて行きます」

 ノワールは頭を使うのが苦手なのと、モカの話は面白いし、単純に可愛くて好きだったので、この申し出は大歓迎だった。


 目の前にある事件現場は路地裏の平屋で、ドアが縄で封鎖してあったが、くぐれば易々と入れる状態だった。

「……いかにも殺人鬼が出そうな雰囲気だね」

 昼なのに薄暗い。片付けができないのか、犯人に荒らされたのか、とにかく散らかった家だ。

「よっ名探偵、その通り、出たんですよ。モカちゃんが聞き取った事前の調査によると、第一の被害者の名前はエカテリーナ。この路地裏で客を取って商売していたそうです」

「ふむ『客を取る商売』ね……妙だな。ねぇモカちゃん、どういう意味?」

 ノワールは、言っている意味がイマイチ分かりかねたので、鋭い目でモカに尋ねた。

「いや何も妙じゃねーんですよねぇ。キリが無いんで細かい説明は省きますけど、発見時は着衣に乱れがあり、物色の痕跡は無し。評判は上々な娼婦で、客の感想としては『天国へ行ける』んだそうです。自分が先に行くことになるとは皮肉なもんですね」

「娼婦って何……? え、着衣が乱れ……天国……?」

 ノワールには、もはや全て良く分からなかったが、モカは宣言通りに細かい説明を無視して続けた。

「被害者は9日前の深夜に殺されました。死因は上半身にあった多数の刺し傷による失血。これ、アンリが起きてる時に頼んだ肖像です。どうやって描いてるのかは分かりませんが、その人で合ってるそうですよ」

 渡された紙切れにあったのは、アンリのによって描き出された、限りなく写実的な生前の被害者の肖像だ。

「20~25歳くらいかな、金髪で、中肉中背、すごい健康的な……均整の取れた身体をしている。素敵な笑顔で、恨まれるようには見えないけど、何か恨みを買うようなことは?」

「たまーにまともなこと言いますね。その通りですよ、感謝されこそすれ、恨まれてなど一切無かった。ちなみに被害者は23歳です」

 モカは感情を表すのが下手だからか、表情や感情で人となりを読み取ることは苦手だった。

「では誰が……?」

 ノワールは腕を組んで、右手であごを触った。

「まぁ、それを探してんですよね」

 この現場にいても、これ以上の手がかりは得られ無さそうなので、2人は次の現場に向かうことにした。


「あんたら、立入禁止の場所で何してんだ?」

 第1の現場、エカテリーナの家から出たところ、隣の家から出てきた年寄に声をかけられた。

「あぁ、おばあちゃん。エカテリーナさんを殺した犯人探してるんだけど、怪しい奴知らない?」

 素直な笑顔で答えるノワール。

「いや調査してることを隠さないのかよ、正直者すぎるだろ」

 モカはつい口に出してしまったが、それとはお構いなしに、老婆は答えた。

「この間、2人組の騎士にも聞かれたけど、見当も無いねぇ……分かったら知らせてあげるよ」

「そっか、おばあちゃん、ありがとう」

 ノワールは笑顔でお礼を言って、次へ向かおうとしたが、老婆が話しだした。

「あんた気立ての良い美人さんだねぇ、うちの孫にピッタリだよ。孫もいい年して独り者でねぇ、結婚してやってくれないかい?」

 勝手なことを言ったかと思ったら、自分の家に向かって孫を呼び始めた。

「ジャック~! わしの孫の『めったやたらに娼婦に憎悪を抱きしジャック』〜! 嫁さん候補が来てるよ、出といで~!」

「う、うわぁ、勝手すぎるって! 結婚なんて、しないよぉ‼ モカちゃん、逃げよう!」

 モカは訝し気な目つきで老婆の動向を見ていたが、物凄い力でノワールに引っ張られて、そのままの格好で連れ去られた。

「えちょ、あいつの孫が犯人じゃね? いま答え言ってましたよね?」

 珍しく少しだけ動揺の色を見せて、モカが問うた。

「え? そう? いや、そうとは限らないでしょ。次行こう、次」

 ノワールの頭脳が残念なのは今に始まったことではなかったから、モカは大人しく連れて行かれることにした。


 そうして2人は次の犯行現場である、酒場へと足を運ぶのだった。

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