少女達の仕事

第1話 正義の柱

 ある晴れた、いつもの朝。

 ある屋敷の一室に、6名の可憐なメイド達が長机を囲んでいた。

 彼女らは対面に着座して、正面に立つ主の演説を、それぞれの姿勢で聞いていた。


「諸君らの知る通り12年前に、このアールディア全土で多くの国が滅び、多くの人命が奪われた」


 お誕生日席に立って御高説を垂れている領主は、初老をとうに過ぎ、精悍だった顔にも味が出てきた頃合いで、黒に近かった髪も完全に白くなって久しい老紳士だ。


「──後に『大厄災』と呼ばれることになる、魔物達の大発生と侵攻。それに呼応するかのように起こった天変地異」


 紳士は演技めいた素振りで、大袈裟に語る。

 そんな演説を一番手前で姿勢よく座って聞いていたのは、ボリュームのある赤い巻髪と、縦にまっすぐ伸びた耳・柔らかく大きな尻尾を持つ獣人族ルナー

 長身と抜群のスタイルを誇り、大きく開いた肩口と胸元が目を惹く、ニコニコ顔の見るからに温和そうなメイドだ。


「当時の人々は、魔族に対抗する術を持たなかった。一部の例外を除いてな……その例外──『各地の勇者たち』が一旦は魔族を退けたが、やがてじわじわと再侵攻が始まったのだ」


 最年少であろう銀の髪を後ろで1つにまとめた子供のメイドは、三角の獣耳を生やし、スラっと伸びた尻尾をぶらぶらと揺らしていた。主人の話は半分しか聞いておらず、座っている椅子を前後に揺らして、どこまで倒れずに傾斜をつけられるか試している。


 その横に座っているのはこの子の姉だろうか、そっくりな銀髪と耳尻尾を持つメイドが、俯いて落ち着きなく両手の指を合わせて、震えていた。


「魔族という社会不安が現れ、大衆の中には混乱や自棄からか、悪の道へ堕ちる者も少なくは無かった」


 厚い外套がいとうを羽織った、薄茶色の髪のメイドは幸せそうな顔をして船を漕いでいるし、黒紫の長髪を床に垂らして、完全に机に突っ伏しているメイドも居る。


「忌まわしい魔族どもへの武力対抗と、混乱する人の世を安定させるために作られた秘密組織──……」


 頭の後ろで手を組んだ、尖り耳の金髪褐色肌メイドは、行儀悪く机の上に載せた長い脚を、煩わし気に揺らしている。


「それが諸君ら‼ グラス特務執行機関、通称『正義の柱』‼ である‼」


 決まった。

 演説していた領主、エリク・グラスはそう思った。


「話なげぇーーーーよ。んなこた知ってっし」

 そんな演説に速攻で悪態をついたのは、机に脚を載せていた金髪褐色メイドのレネィだ。

 鍛冶と荒くれ共の街カストラーダの出身で、その美貌と、態度の悪さには定評がある。だらしなく着崩したメイド服は、小麦色に焼けた豊かな胸の半分を露出させている。

「とぇ、とにかく……諸君らは、その中でも少数精鋭の部隊で……まぁ、もういいか」

 エリクはもうちょっと語りたかったけど中止して続けた。

「では今回の指令を通達する。レネィ! 破壊された装備の修理と整備、及び新装備の開発‼」

「へいへい、結局そうなんのね。……そろそろ退屈になってきたが、鍛冶できるのがオレしか居ないんじゃ、しょうがねぇな」

 レネィは元鍛冶屋という肩書を持ち、組織内での鍛冶作業全てを一任されているから、外で任務に就くことは稀だった。

 しぶしぶと席を立ったレネィに、いつの間にか目を覚ましていた外套の居眠りメイド、リザリィが囃し立てた。

「鍛冶はできても、は散々ですけどねっ。ぶふふぁっ‼」

「はは、そいつぁケッサク、はははぁーあ」

 レネィは頭の後ろで手を組み、愛想笑いをしながら、だらだらと退出していった。


「おっと、そういうリザリィはだな」

 エリクの言った、この『お届け物』というのは、組織内の隠語であり、主に悪人や魔族の暗殺に用いられる言葉だ。

になっちゃうかも……ふふふぇっ⁉ へぇっ……”お届け物コロシ”⁉ 何で私が荒事に……⁉ 向き不向きってものがあるでしょう⁉」

 レネィをいじって笑っていたら、不意にあまりやりたくない仕事が舞い込んできて動揺した。

 リザリィは大体、屋敷内待機で皆の治療とか、戦闘があるにしても同伴かつ支援が主で、直接の荒事は苦手としていた。

「向き不向きで言うと、この仕事はきっとリザリィにしかできないはずだよ。大丈夫、きちんと采配しているさ。詳細は外に待機しているエージェント・マキナに聞いてくれ」

 先程のレネィはリザリィと対象に好戦的だったが、標的を施設ごと爆破したり、街なかで喧嘩を始めたりして目立つので、隠密行動には全く向いていなかった。

 その点でエリクは、物静かで争いを好まず、を持ったリザリィを選んだのだろう。

「むぅー、しょうがないですね……行ってきまーす」

 彼女は主人の言ったことで、間違っていたことはあまり無かったので、従ってトボトボと退出した。


「はい、はいはい! ノノアは⁉ ノノアは何すればいいの?」

 元気に手を挙げてアピールしたのは、12歳、最年少のメイドである、ノノアだ。

 ぷるぷるっと頭の上に震える三角形の獣耳は、感情によって表情を変える。今は耳を前に向けた、好奇心と期待の表情だった。

「ノノアは今日も何も無いから、元気に遊んでおいで。もうリモラ丘陵の方に行ってもいいよ」

 まだ一人前として任務に与えられたことは無く、修行中の身だったが、任務が来る日を心待ちにして指令を待っている。

「やったー! 行ってきまーす!」

 期待が外れても、嫌な顔1つ見せずに椅子から立った。指令でなくとも、危ないからと禁止されていた、丘の方に行っても良いのが嬉しかった。

 エリクは、元気よく飛び出して行ってノノアを見送って「素直でいいなぁ……」と、しみじみ思った。


「はい! わたくしは? わたくしはノワールちゃんと一緒の任務が良いですわ!」

 いきなり願望を叩きつけたのは、手前に姿勢良く座っていた、ふわふわ赤毛のニコニコ獣耳、ミリカだ。商業都市ブーケガルニでも屈指の令嬢だが、訳あってこの”正義の柱”に属している。

「ミリカは、レモングラスの街道に再度発生している野盗の『掃除』を──」

「ノワールちゃんと⁉ ですわね⁉」

 エリクの指令を待たずに口を挟んだ。

「1人でね……」

「はぁーー⁉ 何でですの⁉ わたくし、いっつも一人で任務ですわよ⁉」

 ミリカは先程までの態度とは打って変わって、青筋を立てて抗議した。先日たまたまノワールと同じ任務に関わったことがあり、それが楽しくて癖になってしまったのだろう。

「いや皆だいたい単独任務だよ……そもそもミリカは何でもできすぎるから、1人で十二分なんだよ……野盗掃除なんて両足と片手と呼吸を封印しててもできるくらいでしょ……」

 このメイドたちが指令を出す度に突っかかってくるから、エリクの髪の毛は真っ白になってしまったのかもしれない。

「人員をもっともっと拡充して、福利厚生……この場合わたくしとノワールちゃんとのデート♡ やだもう、ですわ♡ ……に力を入れるべきですわ」

 ミリカは指令を嫌々飲み込むと、ぶつぶつと今後の改善策について講じながら席を立って、瞬間移動のような速度で走って消えた。


「アンリさんは……寝てるね、良し。いや、良くないけど」

 アンリと呼ばれた黒紫こくしのメイドは、先程まで机に突っ伏していたはずだが、人が減ってきたからか、いつの間にか机の上で横になっていた。あまり起きて動いているのを見かけることがない、むしろこの場にいることが珍しい存在だった。


「パパ、それより私の指令、早く。正義を執行したくて手がウズウズしてきたよ……」

 震える右手を残りの手で抑えつつ、物騒なことを言っているのは、組織最古参、詳細不明の記憶喪失少女、凄腕の剣士であるノワールだ。

 先程出ていったノノアの姉にあたり、ここに集まっていた第一連隊こと通称『ノワール隊』のリーダーだ。

「中毒なの? 離脱症状なの? こいつ危ないなぁ……まぁとにかく、ノワールは街で発生している──」

「了解‼」

 言い終わるのを待たずして、爆速で走って出ていった。

 が、精神感応者テレパスでも無いから、すぐに戻ってきて尋ねた。

「場所どこ⁉ 何すればいいのかな⁉」

「……エスヴェルム旧王都、A街区路地裏に居るエージェント・モカフィに話を聞いてくれ、事件の調査と──」

 軽くかぶりを振りながら、指令を続けるが、『モカ』の辺りで、すでにノワールの姿は無かった。

「ふぅ……」

 全員に指令を通し、屋敷の一室には静寂が訪れた。唯一残ったアンリの、静かな、細い寝息だけが聞こえてくる。

「さて、と……」

 一仕事を終えたエリクは窓辺に移動し、遠くの空を見た。

「大丈夫かな、この組織……」

 組織ができて以来、散々独り言ちったことを、涙目で、何日ぶりかにまた言った。

 彼の心配とは無縁と言わんばかりに、今日の空はどこまでも青い、快晴だ。

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