チューハイとビール

根耒芽我

チューハイとビール

土曜日の午後。


彼から「呑む?」という、短いメッセージが届いた。

「どこで?」と返すと

「オレんち」ときたので


「じゃあ、いつもの感じで」とだけ返す。


それから、

近所のスーパーに行き、目に入ったつまみになりそうな食材をいろいろと買い込んだ。自分用のお酒も忘れずに。


彼はどうせ自分の飲みたいものを買っているはずだから、気にしない。


少々買いすぎたかな?という量の買い物袋を両手に、彼の家に行く。

アパートのチャイムを鳴らすと、がちゃん。という鍵の開く音と「入ってー」と言う籠った声だけが私を出迎えた。

どうせもう料理を始めているんだろうと、勝手にドアと開けると、バタバタとキッチンに戻る彼の背中が見えた。


縦長の部屋の奥がリビング兼キッチンで、料理好きな彼が「一人暮らし用だからってキッチンが狭いのは嫌なんだ」と言い続けて探し当てた賃貸らしい。

時折男友達も呼んで家飲みをしている話も聞く。


「おじゃましまーす」

声をかけると、油の鳴るコンロの前からこちらに笑顔を向けられる。

「だいぶ買い込んできたね」

「日持ちする食材ばっかりだから、今日使わなくてもいいかな?って思って」

勝手に冷蔵庫を開けて中に入れ…

「…何でおんなじもの買ってあんのよ」

「えぇ?なにぃ?」

「生ハム。安かったから私も買ってきちゃった」

「あー?前にもそんなことあったな。お前、生ハム好きだから、見たら買っちまったよ。安かったし」

「…同じスーパー行った?」

「家近いんだから、行くだろ。あそこだろ?大通り沿いの」

「うん。」

少々複雑な気分を抱きながら、何となく顔がほころんでいる自分もいて、そんなこともすべて冷蔵庫にしまい込んだ。


「何作ってんの?」

彼の傍らに行き、小気味よい音を立てながら細かい泡をふかしている油に視線をやる。ジャグジーのようなきめの細かい泡の中の正体は見えてこない。

「唐揚げ。むしょーに食いたくなって肉買いこんできた。」

「どのくらい?」

「レシピに700グラムって書いてあった」

「それ、ファミリー向けレシピ」

「でもさ、飲み物か?ってぐらい大量に作りたい欲もあってさ」

「飲み物…ウケる」

「まぁ、食べきれなかったら残りは明日食ってもいいし」

そんなことを話しているうちに、泡が大きくなってきた。

水分の抜けてきた頃合い。

「フライドポテトも作ろうかと思ってたのに、ジャガイモ買ってくるの忘れた」

「あるよ?新じゃが。茹でて塩辛と一緒に食べようかと思ってたんだけど、フライドポテトにしてもいいし」

「えぇ?塩辛と一緒に食いたい」

「じゃあ、半分茹でて、半分揚げよ?」

「いいねぇ」

隣の流しを使わせてもらって、さっそくじゃがいもを洗う。

「オレさぁ、野菜食べるの好きなんだけど、切るのめんどくせぇんだよね」

「わかるぅ。…野菜切るだけでちょっとした労力だよね」

「一人なのにさぁ、売ってる野菜消費するのもちょっと手間だしさ」

「そうそう。キャベツとかって、半玉だったとしても買う気失せるよね」

「結局カット済みの食材買うんだよな。割高だってわかってても」

彼の手は揚げ物を拾い上げてバットにうつしていく。

いい感じの濃いめのキツネ色に仕上がった唐揚げが並んでいく。

それの邪魔にならないように、洗いあがったじゃがいものうちの二つほどをスティック状に切っていく。

「皮つき?」

「いや?」

「ううん。好き」

「新じゃがだしね。皮薄いから、これはこれでいいと思うの」

切り終わったものから水にさらす。

「飲みながら作っていい?キッチンで飲むの好きなんだよ」

「どうぞ。私は後で飲むから」

冷蔵庫を閉める音が背中でしたと思ったら、シュパっ!と缶を開けぐびぐびと飲み始める彼が私の手元をのぞき込む。

「手際良いよな」

「包丁使うの、ホントは好きじゃない」

「えぇ?そう?」

「やらなくていいならやりたくないから、野菜買ってきたら先に全部切ってる」


切り終わったじゃがいもに続いて、まだ切っていないじゃがいもを手にする。皮の部分だけ、十字に包丁を走らせてから今度はキッチンペーパーで包む。その上から水をびちゃびちゃにかけて、ラップでやわらかくつつむ。それを二つ。

「それは?」

「レンジでチンするの。茹でじゃが。…コンロで茹でると2~30分かかっちゃうから、時短」

「包丁は?」

「切り込み入れとくと、皮むくときに楽なの」

「スゲ。主婦の知恵じゃん」

「…って、ネットに書いてあった」

ふと顔を上げると、揚げたての唐揚げを口に頬張っている。

まだ熱かったのだろう、少々渋い顔をしながら口をもごもごさせている。

「おいしいの?」

片手に缶ビールを持ちながら、反対の手で親指だけを立てて見せてきた。

「後でもらうわ」

茹でじゃがのほうは後ほどチンすることにして、水にさらした方のじゃがいもをひきあげて、キッチンペーパーでつつむ。こちらは、水分を吸い取るため。

「自分で揚げる?揚げ油、そのまま使えばいいよね。」

そう言うと、彼は無言のまま皿を用意し、揚げあがったばかりの唐揚げをそちらに移した。バットを空けてくれたわけだ。

「オレやるわ。…えーっと唐揚げ、フライドポテト、茹でじゃがに塩辛。…他になんか作る?」

「せっかく生ハムあるから、生ハムサラダかな。サニーレタス買ってきた」

「いいね。じゃあ、そっちはまかせた」

「ほい」


一人で自分だけのための料理を作るのは、正直あまり好きじゃない。

でもこうして誰かと一緒に食べるためのメニューを作るのは楽しい。

その作業が誰かと一緒ならば、なおさらに。


彼の一人暮らし用の小さなテーブルには置き切れないほどの料理を作ってしまったので、二人で笑いながら「後で食べたくなったら出すか」と、いくつかはとりあえず冷蔵庫にしまった。


外はそろそろ薄暗くなってきていた。

私が買ってきたチューハイもいい具合に冷えた頃だ。


彼は二本目の、私は最初の缶をあけ、二人で乾杯する。


「飲みながら作らないんだね」

一口飲んでから彼が言う。

「飲みながら作ると、作るのが嫌になりそうだから」

「できそうだけどねぇ?オレ、飲みながら作って、作りながら次のメニュー考えるの好き」

「それ、料理好きの発想だよね」

「そっか?飲んべえの発想じゃない?」

「飲んべえの料理好きじゃないと、そうはならないと思う」

生ハムサラダを自分のお皿に取り分けて、さっそく生ハムだけつまみ上げる。

大きめにちぎられたレタスは、後で巻いて食べよう。

「私、飲み始めたら何もしたくなくなっちゃうんだもん」

「洗い物とか?…そーいや、いつも俺がやってるもんな」

「えへへ。そうそう。だから、作るだけ作って、飲む前に片づけて、やることなくしてから飲みたいの…だから、ホントはお店で飲む方がいいんだと思うんだけどさ。」

「洗い物ぐらいならやるから、俺はいいけどね」

「だからさぁ。助かっちゃうんだよねぇ。」

片手で頬杖をついて彼を見ると、そっちも私を眺めながらビールを煽っている。

「オレ、調理器具洗うの苦手だから、食う前に片づけてもらえるの助かるわ」

「それさぁ。…お皿洗うのとフライパン洗うのと、なんか違い、ある?」

「あるよ。油汚れ具合が違うぢゃん。包丁、手を切らないように洗うの、めんどくせぇぢゃん。微妙に汚れてるまな板とか、狭いシンクで洗うと水飛び散るし」

「…あー。…まぁ、適当に洗っちゃうんだけどさぁ」

「あと、ふきんで拭くのも、めんどくせぇ」

「それはわかる。できたら自然乾燥で済ませたい。でも使ったものが多いと拭かないと次のモノが洗えなかったりして…」

「そうそう。なんだけど、調理器具って、細かいとこに水滴残ってたりしねぇ?」

「する」

「そのまましまっちまうのが嫌でさぁ」

「わかる」

「そーゆーの、どうしてる?」

…これ、主婦の会話じゃない?

なんて思ったらおかしくて。でも答えてみる。


「粗方拭いて、コンロの上にフライパン置いて、そこに仮置きしちゃうかな?…で、半日ぐらいたってほとぼり冷めたら、中にしまう」

「オレと一緒」

手を差し出されたので、握手を交わす。…なんだ?これ。

「居酒屋とか行ってさ、キッチンとか厨房とか見えるとこ、あんじゃん?オレ、キッチンの中見ちゃうんだよね。お玉とかフライ返しとか、どこにしまってる?みたいな」

「あー。だからカウンターによく座るの?」

「そう。見たいから」

テーブル席が空いているのに、わざわざカウンターに座ることがあったのはそのせいか。


「お店の人ってどうしてる?」

「出してるよね、だいたいのものを。使いやすい位置とかに。だからさ、オレもやりたいわけ、その、換気扇のレンジフードのとこにくっつけられる磁石のやつで、いろいろ吊り下げたりとか」

「あはは。あー。あるね。そういうの」

「今度買いに行くから付き合ってよ」

「自分で行っといでよ、気に入ったの買えるじゃん」

「なんだよ。ヤなのかよ」

「やじゃないけどさ。私、他人の買い物ついてくの苦手」

「なんで?」

「口出ししたくなっちゃうから。…ヤじゃない?自分が欲しいものがあるのに横からなんか言われるの」

かつて、…女友達から「アドバイスが欲しい」と言われて買い物に付き合ったものの、本当にいろいろ言ったら煙たがられて、結局疎遠になってしまったこともあり。

「ん~。…オレ、優柔不断だからなぁ。お前にだったら横から言われたい。」

「私ならいいの?」

「だって、結局キッチン用品だよ?好みとかってより、結局は機能性重視だったりするんだけど、…かと言って、部屋に合わなさすぎるアイテムを選んでしまってもなんというか…さぁ」

「あぁ、気に入ってるんだもんね。この部屋。…なるほど、部屋の雰囲気を壊さない程度におしゃれで機能的」

うーん。と考える。

「じゃあ、…一緒に行ってみる?お店」

「おぅ。頼むわ」


デートみたいだね。と言いかけて、

別にそういう間柄ではないか。とも思い返す。

まぁいい。だってしょせん飲み友達だ。


酔って眠ってしまっても、着ていた服に何の違和感もないほどに手を出されない程度には健全な友人だ。



それから、他愛のない話題を取り混ぜながら、作った料理を二人で頬張り、缶を空けたあとは二人で日本酒を飲んだりして、時が進んでいった。



「日本酒付き合ってくれるの、お前ぐらいなんだよな」

「男子の飲み仲間は?よく呑んでるじゃん」

「それがさ、日本酒は体に合わない。とか言うやつもいてさ。…なかなか日本酒飲もうぜ。って言えるのがいないんだよ」

「…ん~。まぁ、私も。女子でそもそもお酒好きって子があんまりいないからなぁ」

「特に日本酒はいないよな」

「いないねぇ。ワイン飲む子はいるんだけど…私、ワインはよくわからないんだわ」

「ワインか。たまに飲むけど、味はよくわかってねぇな」

「うん。すっごい飲みやすいのを『おいしいね』っていうぐらいで。…何ならぶどうジュースで十分、みたいな」

「ははっ。ひでぇ」

「うん。私もひどいって思うけど、だってそうなんだもん。多分ね、私、貧乏舌」

「あぁ?なんだ?それ」

「高いお酒じゃなくても満足できるもん。コレとかさ」

空いたチューハイの缶を手に取って見せる。

「実はコレで満足」

「家で飲むときはそれでいいよな?確かに。オレも発泡酒で満足できる時あるし」

「社会人になったばかりの頃にさ、父親に言われたんだよね。安い酒飲むな。って。安酒は悪酔いするから。って」

「へぇ。いい教育方針のお父さんじゃん」

「だからね。じゃあ、発泡酒とかは避けた方がいいのかなぁ?とか思ってたわけ。…あのさぁ、私、前に『水みたいなビールが飲みたい』って言ったの、覚えてる?」

「あぁ、言ってたね。なんか、『今日の気分は濃いビールじゃないんだ。軽いやつがいいんだよ』とか」

「そうそう。で。水みたいなビールってなんだよ?ってバカにされるかと思ってたのに、なんか意外とちゃんと考えてくれたじゃん?あれ、けっこううれしかったし、アドバイス役に立ったんだよねぇ…」

「オレが家で飲んでた発泡酒勧めたんだよな。確か。…水みたいっていう表現笑ったけど、言わんとしてることはわかったからさ」

「うん。…アレからね。いろいろ試すようになったのよ。私。安いのも含めて。」

「ふぅん」

「自分に合うお酒、みたいなのが何となくわかって、行き着いたのがコレ」

「そのチューハイ、最近よく飲んでるよな」

「えっとね。糖類無添加で、お酒がウォッカなんだよね。…これなら程よく飲めるんだけど、濁して『スピリッツ』って書いてあるチューハイ飲むと、なんか次の日に引きずる」

「合わない酒が入ってると、軽めに飲んでも次の日調子悪い時、あるわな」

「やっぱりそう?アルコールも相性あるよね?」

「あるある。オレ、泡盛がダメだわ」

「えー?そーなの?私、沖縄大好き!」

「沖縄料理もそんな好きじゃねぇし」

「そっかぁ。残念だねぇ。沖縄いいよぉ?海きれいだしさ」

「食べ物飲み物の合わない土地って、魅力半減しない?」

「…確かにねぇ。食の好み、大事だよねぇ」

そこでやっとおしゃべりを休憩して、お猪口に残っていた日本酒を飲む。

彼が見つけてきた日本酒は、淡麗辛口と呼ばれるすっきりとした味わいのお酒。

塩辛によく合うのだとか。


「でもさ。安い酒飲むな。っていう教育は悪くないと思うな」

そういいながら、空いたお猪口に彼がまたお酒を注いでくれた。

「なんで?」

「うまい酒を知ってるから、安酒飲んだ時に『こうじゃない』って思えるわけでさ。本物を知らないのに偽物探せって言われたってわからないわけじゃん?」

「…まぁ、そうだね。」

「お前、いい教育受けてきてるよ。正解正解」

「それさぁ。誉められてるんだろうけど、なんか、どうなのよ?」

「ん~?」 

「女子でお酒の飲み方でウンチク語ること自体さぁ、あんま褒められたことじゃなくない?合コンだったらドン引きされても仕方なくない?」

「合コンに行ったメンツによるだろ?」

「えぇ?」

「少なくともオレは気に入るけどね」

「あんただけじゃない。それ」

「おぅよ。ダメかよ」

「モテないじゃん。それじゃあ」

「なんだよ。モテたいのかよ。お前」

「そりゃーね?だってさぁ。人間誰しもモテたい願望あるでしょ?ない?」

「…ある」

「よねぇ?」

はぁ。…とため息をつく。


「私さぁ。…じつは焼酎も好きなんだよねぇ。これ言うとさらにドン引きされるけどさぁ」

「へぇ?芋?麦?」

「芋」

「すげぇ。女子で『芋』ってはっきり言うやつ、初めて見た」

「今度九州行きたい。焼酎蔵回って、温泉入る旅行したい」

「いいなぁ。オレもやりてぇ」

「でも女子と行く」

「あぁ?なんでぇ?」

「温泉は女同士でしょ」

「酒は?」

「…うーん。…お酒はじゃあ。一人で」

「つまんねぇこと言わねぇでオレを連れてけ」

「なに?その発言。お金はお前が払えよ?みたいな言い方じゃん」

「払ってくれるんなら、オレがレンタカー運転して酒蔵連れてってやるよ」

「マジで?試飲し放題してもいい?」

「いいよ」

「えぇ?マジで連れてっちゃおうかな」

少々回ってきたお酒に乗っかるように、また片手で頬杖をついて多少傾いた視線で彼を見る。瞼が少し下がり気味なのも自覚がある。


「ってかさ」


彼は酔ってなかったのだろうか?

至極真面目な顔と変わった口調に少々驚いた。


「いいかげんさぁ。…オレでいいだろうよ」

「何が?」

「彼氏」

「誰の?」

「お前の」



ん?



「…はぁ?」



「なんだよ。ヤなのかよっ!」

その顔は急に紅潮していた。


「ちょっと待ちなさいよ。それなんの上から目線よ」

「うっせぇな。けっこう緊張してんだよ。お前さ、オレが友達だからってホイホイどこの女でも家に連れてきて飲み会してるとでも思ってんのかよ?」

「…思ってる」

「思うなよ。お前だけだよ。ちょいちょい飲みにつれてく女なんて」

お前だけ。とか言うな。


「…だからさ、女として意識してないから連れてこれるんでしょ?」

「誰が意識してないなんて言ったんだよ」

「…手、出さないじゃん」

「出さねぇよ。どこの漫画だよ。普通の社会人は酔っぱらって寝てる女子に性欲湧かねぇだろ。普通にちゃんと息してるか心配すんだろ。介抱するだろ。」

「あぁ。確かに。ちゃんとした社会人なのね、あんた」

「当たり前だっ!…じゃねぇよ。だからだなぁ」

「…え?待って」

「…え?」

「いつから?」

「…え?」

「いつから意識してたのよ」

「…えっと。…けっこう最初のほう」

「最初…?…初めて家飲みしたとき…とか?」

「…は、もう。…はい」

「えぇ?もう四、五回はここで飲んでるよねぇ?ウチら」

「そーですよ?」

「最初からそーで、今まで何やってんのよ。あんた」

「なんだよ。そこでダメ出しかよ。うるせーよ。悪かったな、意気地なしで」

「そうは言ってないでしょぉ?」

「そーゆーお前は、じゃあ何のつもりでオレんち来てたんだよ!」


「・・・。」

何のつもり。…って。



「…か、…考え込まないでくれるか?そこで」

「いやいや。…そりゃあさ。…やっぱほら。最初こそあの。楽しいから来てたわけで」

「…あー。まぁ。うん。楽しんでるのはわかってた」

「…」


そりゃあ。…だってさぁ。


「な、…んだよ」

「沖縄、連れてくよ?それじゃあ」

「…オリオンビール飲ませろ」

「うん。いいよ。アオブダイ、おいしいし、伊勢海老のお造りも美味しいんだよ?」

「伊勢海老?やべぇ。日本酒で飲みてぇ」

「日本酒出してくれるお店もあるよ。沖縄。…あと、九州も」

「…あー。旅行代は出すから安心しろ」

「飲み放題は?」

「宿着くまではお前の好きにしてていいよ。宿着いたら浴びるほど飲んでやる」

「バカじゃない?」

「お前に言われたくねぇよ。…ってか、じゃあいいんだな?」


…いいんだな?…って、そーゆー聞き方されても。



「…あの、さぁ」

「なんだよ」

「その…」

とんがった唇を元に戻せないぐらい、すねた顔をしている。


「やっぱりその。…ちゃんと、…あの、気持ちが聞きたいわけで」

「…」

「えっと。あの。…わ、私はその。…好きですよ?やっぱり。あの。…誘われたからって、好意のかけらもない男性のお宅にノコノコ行ったりなんてのは、したことないし…。その前に、サシで飲みにもいかないし。」

「…」

「その。…酒飲みな私のこと、バカにしないし。…私の好きなモノ、ちゃんと覚えててくれるし。…で、なんか、ちゃんといろいろアドバイスもしてくれるし。…そう言うの全部うれしいし。…好きだからうれしいのか、うれしいことがいっぱいだから好きになったのかわかんないけど。…なんか、うん。好き。」


何も答えない彼のことを盗み見るように、おずおずと視線を上げる。


右手で口元を抑えたまま、考え込むように下を向く彼。

しばらくすると、私の視線に気づいたようで。

改めて正座に座りなおして私に向き合った。



「えっと。まぁ。あれだ。」

「…」

「オレは酒好きなお前が気に入ったし、料理得意じゃないとか言いながら、つまみのセンスはけっこうオレ好みだったりするし、話してても面白いし」

「うん」

「ヘラヘラ適当な男にくっついてっちゃう危なっかしい女でもないこともわかってるわけでだな」

「…うん」

「だからその。…うん。…好きだ」

「…うん」

「うん。」


・・・。



「…あのさ」

「なに?」

「い、…祝い酒、飲むか」

「婚礼か?」

「そのうちやんだろ。先に二人でやっててもいいだろ」

「早くない?もうそこ?」

「あぁ?嫌なのかよ」

「ヤじゃないけど。…いや。早すぎる。…もうちょっと待って」

「待つよ。じゃあ待つよ。待つからな?お前から言えよ?プロポーズ。わかったな?」

「はぁ?なにそれ」

「何それじゃねぇ。オレはお前と結婚して子供作って、子どもデカくなって成人になったら『安酒飲むんじゃねぇ』っていうとこまで想像してっからな?」

「早すぎ」

「だからさっさと追いつけよ。っつーか、その前に愛想つかされたら終わりだけどなぁ。愛想つかされないよーに大事にすっから。お前がオレと結婚したくなったらお前から言えよ?いいな?」


ほら、とっておき開けるぞ!



彼は一人でそう言いながら、キッチンの吊戸棚をあさっている。

その耳が真っ赤なのが見えた。


これから出てくるお酒は、きっといい酒のはずで。

きっと、父親に教えたら喜んで飲むような、とっておきの一級品のはずで。


私も顔が熱い。

一級品飲む前に酔った?あぁ。もったいない。


…でも、…まぁ。…いっか。




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チューハイとビール 根耒芽我 @megane-suki

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