孤独だった私の最愛の人

今川みらい

第1話 目覚め

「ううっ──」


私はまさにその時、首を絞められて死にかけていた。

目の前にいるのは、私の最愛の人。


夫であるその人が涙を流しながら、手で私の首を強く絞めつけている。


苦しい──人生だった。


私は気が遠くなる中で、過去の出来事が走馬灯のようによみがえってきた。




幼少期は親の育児放棄によって死にかけて、その後は児童養護施設に預けられた。

施設でも、学校でも居場所がなくて、いじめられた私は逃げるように施設を出て、知らない街をフラフラと彷徨った。


そんな時出会ったのが、いま私の首を絞めている夫だった。


私より年上で、社会人だった彼はとても大人びていて、優しそうだった。

現に彼は優しかったと思う。

優しかった彼を変えてしまったのは、私なのかも知れない。


一人暮らしだった彼の家に転がり込んで2年が経った頃、私達は結婚した。


優しい夫と幸せな家庭を築く──


そう思っていた矢先、優しかった夫が段々と豹変していった。


前々から束縛が強い人だったけど、結婚したらそれがさらに悪化し、私に仕事を辞めさせて、家から出るのを嫌がるようになった。

その事に嫌気がさし、反発した私に彼は暴力を振るうようになった。


暴力を振るわれても、私は彼を嫌いに慣れなかった。

孤独だった私を救ってくれた、最愛の人。

嫌いになんて、なれる訳がない。


私がダメだから、暴力を振るうんだ。

私が我慢すれば良い──


そう思っていた。


でも、束縛や暴力は酷くなる一方で、私はついに最愛の人に殺される──


今日は彼……夫の誕生日だった。


夫が好きな洋菓子店のケーキを用意しようと、彼が会社に行っている間に、外出したのがいけなかった。


『だって、あのお店は人気だから、早く行かないと売り切れちゃうし……』


逆上した彼に、いくらそう言っても無駄だった。


私は突き飛ばされて、そして首を絞められた。

その時、彼は泣いていた。


最後まで分からない人だった。

私と同じように孤独を抱えている人だったけど、詳しい事は最後まで教えてくれなかった。


すぐそばのリビングのテーブルの上には、洋菓子店のケーキが入った箱が、食べることなく残されたままになっている。


──私が死んでも、ケーキはちゃんと食べてよね。

命がけで用意したんだから。


そして──


もしも生まれ変わる事が出来たら


今度こそ、私は──



***



「──っう」


一瞬意識を失ったものの、私はまた目を覚ました。


でも状況は変わっておらず、私は首を絞められたままだった。


──く、苦しい


ぼんやりした視界の中で、助けを求め、私は夫に手を伸ばそうとした──


「ぐわっ」


その時、私の首を絞めていた手が突然ゆるみ、解放されて地面に投げ出された。


「ゲホッ…ゲホッ」


一気に空気が入り、私は激しく咳き込んだ。


──に、逃げないと!


私は前を向いた。

とにかくこの家から出て、近所の人に助けを──


「えっ?」


目の前に、知らない子供がいた。


ボサボサな髪を伸ばし、顔のほとんどが隠れている。


──いつの間に、子供が入って来たの?


私が呆気に取られていると、その子は私の手を強く引いた。


「逃げるぞ!」


私は子供に手を引かれるまま懸命に逃げた。


気がつけばそこは、私の家のリビングではなく知らない街だった。

首を絞めていた人も夫ではなく、知らない男になっていた。


そして、ここは日本ではなかった──


──思い出した。


私、この世界に転生したんだわ。


生まれ変わった世界でも首を絞められて、私は自分が転生者であることを思い出したのだった。


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