第33話 寝返り1
寛介の股間に放った右足の神速の蹴りを、左手刀で簡単に打ち返された郷右衛門は、数mも飛ばされ受身も取れず地面に倒れた。
さらにその寛介は、数mの距離を瞬時に移動、倒れた郷右衛門の横に既に立っている。
捷い、捷過ぎる。強い、強過ぎる・・・・・
「どうした頭?これでもう終いかい?」
笑いながらかけられた声に、郷右衛門は石のように固まったまま、全身に流れ出る冷や汗に包まれていた。
技合わせを始める前に、命までは奪わないと言った言葉など信じてはいない。ましてや忍びの戦い、常に騙し合い、裏切り合い、最後は殺すか殺されるかしかないのだ。
魔人と恐れられる猛陀4兄弟の末弟の寛介、これほどの強さだとは思わなかった。決して油断したわけではない。今まで鍛え身につけた技を繰り出して全力でかかったが、全く歯が立たなかった。
生まれて初めての完敗であった。これほどの男になら殺されても悔いはない。いやむしろ今は、生涯でこれほどの男と戦えたことに感激していた。
「参りました。完敗でござる」
「そうかい、じゃあ終わりにするか」
死を覚悟した顔の前に右手を差し出された。驚いて見上げる郷右衛門に、寛介が笑いながら声をかけた。
「勝負がついたら皆仲間だ。悪かったな。痛い思いをさせて」
「ありがとう御座いました」
素早く起き上がって地面に胡座をかき、両手の拳をつけて額を伏せた。ひと粒の涙が落ちた。
『もしお許しくださるならば、郷右衛門のこの命、寛介さまに捧げ申す・・・・・』
又兵衛と戦った者、寛介に倒された者、全ての三ツ者が頭にならい、地面に胡座、両手の拳をつけて額を伏せた。
この技合わせを身を乗り出して見つめていた板垣信方も、思わず腰を浮かせて声を上げる。
「おーっ見事だ、寛介殿」
鍛錬場の中央からゆっくりと戻る寛介。自信に満ちたその姿はまさに『猛陀の魔人』、しばらく前に風介が出会った頼りなげな青年ではなかった。
「どうだい伸方さん、猛陀の強さは。ご覧の通りだ。それに猛陀4兄弟の次兄と三兄も俺と同様に強いぜ。長兄の総大将信幻さまは、まるで魔神さまだ。この寛介が100人、いや1000人かかっても相手にならぬ強さだ」
「いや寛介殿も、猛陀の忍びの衆も、驚くべき、いや恐るべきその強さ。板垣伸方、官服いたした」
「こんなオレ達と戦えば当然相手は皆殺しだ。しかしうちの総大将は無駄な戦いはしたくないという考えなんだ。どうだい伸方さん、あんたうちにつかないか?」
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