第29話 夜討ち1

 甲非の国武田家の重臣である板垣伸方の屋敷を囲う塀の上に黒装束の5つの影が浮かんだ。


 猛陀軍が潜む山奥から、まるで疾風のように駆け抜けて来た5つの影は、2mはある塀の上にひらりと飛び乗り、そして屋敷内の影の中に溶け込んでいった。


 5つの影は、主殿造りの屋敷の北側、板垣伸方の寝室に音もなく忍び込む。暗い板の間間、小皿に植物性油を注ぎ灯芯を浸して火を灯した小さな灯りの中で、男がひとり寝具を敷き深い眠りに就いている。


 「伸方に相違ないか?」


 闇に溶け込むような囁きは、寛介の声のようだ。

 

 「相違ございません」


 影のうちの一人が押し殺した声で応えた。


 4人が刀を抜き寝ている男に突きつけると、一人が枕を蹴った。


 「騒ぐな、声を出せば切る・・・・・」


 就寝中に枕を蹴られ、目を覚ますと薄暗い寝室の中に5つの影。更には胸元に突きつけられた4本の白刃が小さな灯りに浮かんでいる。


 「何者だ?」


 「大きな声を上げれたり、つまらぬ動きをすれば容赦なく切る」


 「分かった、動かず騒がないと約束しよう。貴様らは何者だ?何の用があって当屋敷に忍び込んだ?」


 「余計な詮索をするな。こちらの質問に素直に答えれば、命は取らずにおこう。お主は板垣伸方に相違ないか?」


 「相違ない」


 「お主と主君の武田伸虎との仲、上手くはいっていないと聞くが真か?」


 「・・・・・」


 「答えねば切る。正直に答えろ。伸虎とは不仲と聞くが真か?」


 「どこの誰とも分からぬ者に、儂と殿との関係など話せるものか。たとえ命を落としたとしても・・・・・」


 「ふっふっふさすがは武田の板垣。四天王の筆頭と言われるだけのことはあるな。我らの身分を名乗り、訳を話せば答えてくれるか?」


 部下の4人は立ったまま、取り囲むように伸方の胸元に白刃を当てたままであるが、寛介は伸方の枕元にどっかと腰を下ろした。


 「俺達は聞き及んで入ると思うが、今、噂の風林火山の猛陀の手の者だ」


 「何、風林火山の猛陀と言ったか?」


 「そうだ、猛陀の手の者だ」


 「あの風の魔人軍と呼ばれている猛陀の手の者か?嘘ではないだろうな?」


 「嘘などついて何になる。確かに我らは猛陀の者だ。初めてお目にかかる。俺は猛陀寛介という」


 「何、猛陀寛介。猛陀4兄弟の末弟、あの魔人の寛介か?いや寛介殿か?」


 「ほう、俺の名前を知ってるのか?それは光栄だな。武田の強者、板垣伸方殿に知られていたとは」


 「数ある戦国大名の中でも、今、最強と噂の高い風林火山の猛陀軍、その末弟、魔人の寛介殿がわざわざ儂に何の用があって訪ねて来られた?」

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