第9話 甲非の国1
熊と狼の根城を出て、暗闇の原っぱを歩き始めた。平地かと思っていたが、原っぱを抜けるとまた鬱蒼と繁る森に入る。
淡い月明かりも、深い木々の中ではほとんど効果がないようだ。俺の前を熊が歩き、俺の横をイヌコロがぴったりと寄り添って歩く。
時々獣の遠吠えを遠くに近くに聞きながら山を下った。たぶん、町中なんだろう。あっちの世界みてえに街路灯がある訳じゃねえから明るくはねえが。
ボロ屋ばかりだが、長屋みてえな小さな家のかたまりが、道の両側にあちこちに並んでる。
やっと町まで辿り着いたか。
月明かりに浮かぶ古き貧しき町並み。
まだこの世界に来てたいした時間も経っちゃあいねえが、この小さな町に人が暮らしているのかと思うと、なんとなく懐かしい、そんな気がする。
まだ朝にはずいぶんと時間があるようだ。この世界のやつらも、あったかい布団のなかで楽しい夢でも見ているんだろうか。
「熊よ、時々はここには来るのかい?」
「いや、ほとんどねえです。俺は山の中で暮らし、隣町に出るために山を越えるやつらを襲うだけでさあ。ただし月に1回くらいは、米や味噌、塩などを取りにくるんでさあ」
「取りにくるってえのは?どういう意味だい?」
「そりゃ親分、おらは山賊だから、まさか金を払って買う訳じゃねえ。ちょいと脅していただく、そういうことでさあ」
「そうかい、かっさらうのか。なんかおめえらしいな。イヌコロはどうすんだい?」
「当然いつも一緒ですだ。俺とイヌコロが押し入ると、町のやつらびびりやがって、何でも言うがままでさあ」
まったくとんでもねえ子分をもったもんだな。腕時計をのぞきこむ。あっちの世界から一緒に旅をして来た数少ない文明品だ。
迷彩のハーフパンツに真っ赤なTシャツ、ジッポライターにメンソールタバコ。
自分の部屋からこっちの世界に飛び込んだから、足は裸足のままだったが、今は革のショートブーツを履いている。
熊の手作りらしいぜ。鹿革をうまく裁断し、器用に縫い上げた高級品だよ。
200cmを超える大男のくぜに、足のサイズは28㎝の俺とほとんど変わらねえ、ぴったりのサイズだぜ。
おっと時間はと・・・・・
時計は4時44分を指している。こっちの世界に飛び込んでから、約2時間半位経ってるみてえだ。
時差はほとんどねえみてえだ。こっちの世界の時間がわからねえから確実なことはわからねえけどな。
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