私は自由で無謀な冒険者である




「──慎重に運べよ!


 凍息竜はこの辺りじゃ貴重なんだ!」



 響き渡る怒号、何やら辺りは騒がしく、まるで街中に居るかのような賑やかさ。



 私は──



 どうやらここは大きなテントの中、私の視界が少し高い所を見るに、簡易ベッドのようなものに寝かされているらしい。



 何はともあれと、腹部の傷に触れようとしたが、そこに傷跡はなく、痛みも引いている。



 というか、着ていたインナーも新しいものに代えられていた。



 治療されてる?



 頭も良く働かず、身体も重いが、上体を起こして辺りを見回していると、正面の入口から白い法衣を着た小柄な女性がテントの中へ入って来た。



「あぁ、目が覚めたのですね


 意識が戻ったようで良かったです」



「──どうやら、私は命拾いしたようですね」



「ふふ、コレも神々からのお導きでしょう」



 金髪碧眼、丸い神官帽を被った少女を良く観察すると、歪んだ五芒星の中心に燃える炎のエムブレムが刺繍された法衣の下にチラりと鎖帷子が見える。



 冒険者の神官か?



「貴女のお仲間にもお知らせしませんと


 あぁそう、外傷との方は治療出来ましたが、内臓……


 特に肺への負担が酷いようでしたのでしばらくは安静にしておいた方が良いと思います


 治療は出来ていますが、内臓は正確な治療が出来ている保証がありませんので」



「……大丈夫です、特に問題はなさそうですから」



「そうですか、では、貴女のお仲間をお呼びしてきますね」



 微笑んだ彼女がテントを出て行った所で私は再びベッドで横になった。



 大きく溜め息を吐いてぼんやり天井を眺める。



 どれだけ時間が経ったかは分からないが、先程まで見ていた光景は地獄そのものだ。



 かつての教育係が私を自分のモノにする為に城を落とした?



 城が落ちた時に死んでいたと思っていた初恋の人が生きていて、自分を殺そうとしていた、なんて、そう起きることでもない。



 もう一度寝れば夢だったのだと、安堵することは出来るのだろうか。



 どうにも私は、自分が思っている以上に憔悴しているらしい。



 右腕で両目を塞いで、私はもう一度溜め息を吐いた。



 ……少し苦しい。



 今更になって呼吸が苦しくなってきた。



 猛者相手の緊急事態とはいえ、少しばかり力を使い過ぎたらしい。



『自身に触れる波を操る力』、それが私に与えられた超常の異能ギフト



 自覚的に使えるようになったのはこの数年だが、ルガーラック卿の言葉通り、この力との付き合いは幼い頃からだ。



 物心ついた時からこの力はとして理解し、何不自由なく使っていたが──



 ここまで意識的に、かつ長時間全力で行使し続けたのは初めてのことだった。



 その結果、身体の方が無茶な動きに耐えられなくなったようだ。



 この力、どうやら副次的な効果としてらしい。



 あのナイトホークと対面していた時の記憶は曖昧でも、最初にルガーラック卿の喉を裂いた辺りで、なんだかいつもより良く動けると感じていたのは確かだ。



 冷静になってみると、私が相手から見えなくなる状態に合わせて身体機能が異様に上がったように感じる。



 多少は自戒する必要があるかもしれない。



「──ティレンさん!」



 大きく声を張り上げてテントへ入って来たのはメルミーちゃんだ。



 肌の色が赤褐色なせいで分かりづらいが、目の周りを赤く腫らしていて、瞳は潤んでいた。



 今にも泣き出しそうな顔でやってきた彼女は寝ている私に抱き着いて、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら涙を堪えている。



「よォ、夢見心地はどうだったかね?」



 呆れた様子でテントを開けて入って来たのはヴェリア。



 既に泣きじゃくってしまったメルミーちゃんの頭を撫でながら、ヴェリアへ視線を移した。



「酷い悪夢を見て来たわ」



「そうかい


 目を覚ましてくれただけで僥倖さ


 



 どうにも聞き間違いでなく発せられたヴェリアの言葉に、私の左手が首筋に触れる。



 ──マフラーがない。



「ビンゴかよ


 せめてただのファッションであって欲しかったぜ」



「──私をわざわざ姫と呼ぶのは、何か面白い冗談を披露してくださるのかしら?」



「アンタとアタシの仲がどういう状態か、なんてのは今更確認する必要のねェことだ


 構えるなよ相棒、アタシは命の恩人に銃を向ける主義じゃねぇしな」



「そうですか……


 有難い限りではありますね」



 肩を竦めた彼女の態度に溜め息で応えた私は、私に抱き着いているメルミーちゃんを抱き起こす。



 涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を拭いた彼女は唸りながら私の表情を伺っていた。



「ティレン、お前の素性──


 特にその首にあるの刺青を見てるのはアタシら姉妹2人と、お前の治療をしたシスターだけだ


 一応、そのシスターの口の硬さは保証する」



 にへらと笑ったヴェリアはメルミーちゃんの頭を少し撫で、テントの外へ目をやった。



 そうしてテントへ入ってきた神官の少女は改めて私に一礼する。



「──状況が状況でしたので名乗るのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした


 私はここより北の山向こうにあるリバークラッドより、アグニシアへ礼拝するべく参りました


 シスター・ルカ・ユダと申します


 以後、お見知り置きを」



「シスター……ルカ・ユダ……?


 え、本物?」



「お前が言うかよ


 コイツは鋼鉄の聖女その人に違いねぇ」



 鋼鉄の聖女ルカ・ユダ。



 冒険者を生業にしていてこの名をこの1年で聞かなかったものは居ないだろう。



 北部の大国、ユーグナドレア連邦の制圧下にあった運河の街、リバークラッドを解放し、この辺り一帯を治めるフィンブル王国の統治下へと返還させた英雄だ。



 銃火器で武装した連邦軍が圧政を敷くリバークラッドに突如現れた彼女は、街を治める将校の暗殺に成功し、増援として現れた連邦兵を同志と共に撃退した。



 そんな彼女らは一切、銃火器や攻撃用の魔術を用いなかったというのだから驚く所。



 何より、恐るべきは彼女の指揮能力だったのだと、彼女の指揮下に入った冒険者から聞いた話だったのだが──



 万全な準備もなし、潤沢な装備も人員もなく、果ては兵站もほぼなしに一晩で完全武装の正規兵が守る街を住民、および家屋の破損すら一切なしに陥落させたのだとか。



 烏合の衆を数日の内にまとめあげ、彼女の崇拝する戦勝神の教えの元に、助け出した民間人すら一騎当千の兵の如く連邦兵を街から叩き出したという。



 そんな英雄然とした燃え上がるような革命は瞬く間に周辺地域に詩となって拡がり、私の耳にも届いていた訳だ。



 ──強いて引っかかることがあるとすれば、リバークラッドはかつて我が祖国の統治下であったことくらいだろう。



 今は亡き我が祖国は城を残すばかりで国と言える形を成していないことも聞き及んでいたが、彼女の活躍は、ある意味で祖国の栄光が過去のものであることを知らしめるよう。



 あまりに惨めで笑えてくる。



 そんな、鋼鉄の聖女とも呼ばれた目の前の少女は突如として立て膝をつき、頭を垂れた。



「──ティレン王女殿下、まずは何よりご存命であったことを私は嬉しく思います」



 あまりに唐突な彼女の行動に面食らう。



 それは私だけでなく、他の2人もそうだ。



「──私はリバークラッドに産まれ、かつてかの街が貴女の祖国の傘下にあった頃より育ったのです


 貴女がご存命と分かった今、奪われたかの街を取り戻したのは我が故郷を取り戻しただけでなく──


 貴女と貴女の祖国が生きている証明をするために取り戻したのだと、我らが主である戦勝神より賜った天啓なのだと


 そう考えております」



 これ程胸を締め付けられる言葉があっただろうか。



 城が落ち、国を亡くし、私は──



 ただ、臣下の大義名分を背負うだけのことが私の役目であるとして、どこか他人事でいた。



 そうか、まだ、私の祖国は忘れられてなどいなかったのか。



 逃げ延びた私達以外にもまだ故郷くにを想ってくれる人が居ただなんて、私は考えもしなかったのだ。



 私は結局、何一つ背負っているものはありもせず、皆の想いを背負ったフリをして、私を逃がしてくれた皆の言うことを聞くだけの──



 殺戮人形からっぽのうつわに過ぎないというのに。



 私が1番殺しているのは、私自身の心だ。



 酷く悪寒が走って、唇を噛む。



 では、私は何がしたいのだろう。



「──表を、上げてください」



 顔を上げた彼女の表情は、とても晴れやかだ。



 それ故に、私の眉間に皺が寄った。



「……ヴェリア、人払いは?」



「してから来てるさ」



「そう


 ──なら、これから少し込み入った話をします」



 目を閉じる。



 深呼吸。



 果たして、鋼鉄の聖女と呼ばれるこの少女の想いに応えられるだけの言葉を私は持ち得ているだろうか?



 私に、王族としての務めなど相応しくはない。



 そう思うことでこの身に流れる血から逃げ出すことは簡単だった。



 それでも、目の前の彼女はリプルハートの姫である私を望んでいて、私も、今はそれに応えたい。



 ──あぁでも、やっぱり、せめて、もう少しだけ。



 冒険者じゆうで居たかったな──



「──ヴェリア、私は父母を殺した相手へ報復したいという理由で貴女を雇いました


 その相手が吸血鬼ヴァンパイア、それも300年前までこの辺り一帯を統治下に置いていたアルバディノ家の末裔であること


 その吸血鬼ヴァンパイアが今も昔のように徐々に侵略圏を広げていることもお伝えしています


 ここまでは良いですね?」



「あぁ、間違いねぇよ」



「では、シスター・ルカ


 リプルハート王国の現状をどのように認識していますか?」



「はっ──


 リプルハート王国は現在、王城を含めた一部の地域を除き、かつて統治下へ置いていた市町村を事実上放棄し、沈黙を続けています


 周辺国は2年程前に起きた大規模な戦闘を期にリプルハートを私設武装組織として認識を改め、王城の攻略に努めていますが、未だそれは叶わず


 各所での小競り合いも変わらず行われており、もはや、国としては見る影もありません」



 彼女から見た祖国の姿は私の認識と概ね間違いはない。



 納得して頷いたところで、メルミーちゃんが恐る恐る挙手した。



「あ、あの、状況が上手く飲み込めないのですが……


 今は何のお話をされてるのでしょうか……?」



 彼女の不安げな言葉に私も含め彼女以外の表情がハッとなる。



「あー、ちゃんと説明しないまま話を進めちまったな、悪い」



 苦笑しながら頬を掻いたヴェリアは小さく一つ咳き込んだ。



「まず、アタシらが一緒に旅をしてきたティレンだが


 14年前にリプルハート王国で起きたクーデターの際に死亡したと報道されたティレン・レギーナ・リプルハートその人だ」



「本当に、お姫様なんですか……?」



 訝しげに私へと視線を向けるメルミーちゃんと目を合わせ、私は小さく頷いた。



「リプルハート王国の第5代国王、グレゴール・レクス・リプルハートとティアリス・モナルカ・リプルハートの第1子にして──


 王家唯一の血縁、ティレン・レギーナ・リプルハートで間違いありません


 証拠は、この首の刺青くらいですが」



 私はタートルネックの襟を引いて左の首筋を指差し、メルミーちゃんへそれを見せた。



「心の臓よりいずる漣の紋章、コレを正確に彫れるのはリプルハート王家が抱える紋章師だけ……


 そもそも、王家の紋章を刺青として彫っている者など、まず居ないでしょうけれど


 私が私である証拠はこれだけですから、信じる信じないは個人の判断に委ねます」



「確かに証拠としちゃ薄いが──


 リプルハートで起きたクーデターはってアタシは聞いた


 王女であるティレンが亡くなったことは報道されやしたが、


 それからリプルハートが妙だって話がずっと続いていたが、半年もしない内に治世がほとんど行われなくなった、らしい


 だから、何かきな臭いことがあったのは間違いないだろうし、ティレンが王女という身分を隠して生きてる分には不思議じゃねぇ」



「そして、私が今は亡きリプルハート王国の王女であると知られてしまった以上、貴女方には細心の注意を払って行動していただきたいのです


 今はまだ、公の場で私の正体を明かす訳には参りません


 理由は、先程シスター・ルカが話してくれた通り、我が祖国は現在、国としての体裁が取れていません


 私が表舞台に立っても悪戯にあの国を支配する者を刺激するだけですので、ね」



 なるほど、と、飲み込んだ様子のメルミーちゃんは近くの木箱に座って興味津々に話の続きを聞く態勢を取った。



 それを確認して、改めて私は残る2人の表情を伺う。



「では、ここからが本題です


 何をしていたか、というお話をしましょう」



 ヴェリアが頷き、ルカは顔を伏せた。



「14年前、城から逃げ出した私達は当時の神聖アグニア王国領側にあったフィンブル王国との国境線付近にあるエルフの隠れ里で匿ってもらうこととなりました


 生き残れたのは私を含め10人


 私の世話役であったメイド長のパルシラ・ヴァンデシネ──」



「パルシラぁ!?」



「──ヴェリア?」



 咳き込んだヴェリアはこちらへ手の平を向け、続けるようにジェスチャーをする。



「パルシラについて何かご存知なのであれば後で聞きましょう


 それで、残りの8人ですが


 リプルハート騎士団の団長であるフォルティ・ノイジー・スタッカート卿、副団長のピアニィ・エレジー・スタッカート卿、騎士団守備隊の隊長であるゲイル・マウザー・ルーベリアル卿、使用人のターニア、パーシィ、ラッセル、ノエル……


 そして、紋章師兼宮廷魔術師のリカルド・クーガ・ウルトランド卿の10名


 他にも外遊中の方々が居たようで、外交官であったヴィッターラ卿と税務官であったキャニスト卿はこれまでの旅の中で再開し、皆の集まる隠れ里へ向かうように指示しました」



「……全員、死亡が報じられた方々ばかりではありませんか!」



 思わず表をあげて驚嘆したシスター・ルカの眉間には強く皺が寄り、肩を震わせている。



「酷な話をしますが、我々からすれば、そう報じられていない者達こそあの日に皆命を落としたのですけれどね


 父上も、母上も……


 私の敬愛した宮廷魔術師のルガーラック卿も皆……」



「なるほどな、クーデターからしばらくの間に公の場に出ていた国王や王妃は既に死んでいて


 全員まとめて吸血鬼ヴァンパイアの眷属になってるか、あるいは、死霊魔術ネクロマンシーで操られてるって辺りか」



 顎に手をやって考え込むヴェリアの様子を伺いつつ、私は小さく頷いた。



「恐らく後者でしょう


 城内に常駐する使用人や兵、側近達は合わせて500人程度


 全員を眷属にするには些か時間が掛かり過ぎます


 死霊魔術ネクロマンシーならば得意な者が居ますからね」



 私は記憶に新しい想い人の顔を思い浮かべながら溜め息を吐く。



「話を戻します


 あの日から我々は城を取り戻すことを目標に目立たぬよう、周辺の調査を行ってきました


 私が冒険者をしていたのもその一環で、この周辺におけるアルバディノ家の吸血鬼ヴァンパイアの活動状況の情報を集めていた訳です


 事件が起きてからのリプルハートの動きは目立ちますし、目眩しにはちょうど良いですからね


 他の者も、腕っ節に自信のある騎士団の3人も私と同じように偽名を使って傭兵として活動しています」



「ティレンさん、気になる点があるのですが


 また質問しても良いですか?」



「構いませんよ、メルミーさん」



「何度かクーデターについてのお話はありましたが、どうして首謀者がアルバディノ家の吸血鬼ヴァンパイアだと分かったのですか?」



 なるほど、それは確かに至極真っ当な質問だ。



 これまで復讐の相手が分かっている前提で話をしてきたが、何故そんなことが起きたのか、という点については欠落していた。



 特に、メルミーちゃんからすれば概ね巻き込まれたも同然で、少々説明の順序を間違えていたようだ。



「──当時の私にそれを知る術もなく、幼かったこともあり後から伝え聞いた話になりますが


 騎士団の団長であるフォルティがその首謀者と交戦したそうなのです


 その時に、その相手が身に着けていたマントにアルバディノ家の紋章の刺繍が施されていたことに気付き、1度身を引いて生存者の救出を優先した、と」



「アルバディノ家の……


 誰かまでは分からなかったのか?」



「交戦中の特徴から吸血鬼ヴァンパイアであることは確認できたそうなので、血縁の者なのは確かと聞きました


 しかし、私が先程──


 で、合っていますか?」



 ふと、疑問が浮かび上がる。



 私はどれほど意識を失っていたのか、聞きそびれていた。



「丸一だ」



「そうですか、丸一日……


 迷惑をおかけしましたね」



「謝罪は後でいい


 で、お前が倒れる前に何があった?」



「……吸血鬼ヴァンパイアの眷属となっていたルガーラック卿──



 リゼル・フォン・ルガーラック卿と交戦しました


 ただ、仕留めるには至らず、ナイトホークのウィーヴ・ウィンストンに邪魔を貰って逃がしてしまいましたが」



「ルガーラック卿……


 リプルハート王国の宮廷魔術師の一人ですね


 彼も死亡したと聞いていましたが……」



「えぇ、私もそう聞いていましたのでとても驚きました


 それで、彼との交戦時に聞けたことはクーデター首謀者の名がセルク・ノスト・アルバディノ、齢500の吸血鬼ヴァンパイアであること


 加えて、その吸血鬼ヴァンパイアがリプルハート城の地下に封印されているという大いなる神──


 混沌の化身、旧き支配者の王、古の時代にあったソラより来たる領域外の生命にしてともされる存在を召喚すること、だそうです」



 あまりに突拍子もない情報に訝しげな表情を浮かべるヴェリア、ただただ驚くばかりのルカ、そして、全くよく分からないといった様子のメルミーちゃん。



 三者三葉のリアクションを伺っているとヴェリアが溜め息を吐いた。



「馬鹿らしい話だな


 お前、それを本当に信じるのか?」



「極端な話ですが、それが真実であろうとなかろうと


 自分の生まれ育った家で好き勝手をしている相手に何も思わない程、私の懐は広くないというだけです」



「それは確かにそうだ


 小難しいことは後で考えればそれでいい


 目的も予定も変わらず、お前から雇われた理由も変わらないならアタシはアタシの仕事をするだけだからな」



「私もお姉ちゃんと同じくです!


 難しいことはわかりませんが、ティレンさんのお家に勝手に住んでるのは悪いことですから、それを許せるはずもありません!


 私もティレンさんに着いていきます!」



 姉妹2人の宣誓に安堵している最中、ふと、ルカの不安げな表情が目に入った。



「シスター・ルカ、どうされました?」



「いえ、その……


 リプルハート城の地下に眠る者について、少し心当たりがありまして」



「なるほど……


 今はどのような些細な情報でも必要です、お話をお願い出来ますか?」



 深く頷いたルカは立ち上がって全員の表情を伺う。



 そうして深呼吸をした。



「私は戦勝神ユリアス・カーンバルに仕える神官ですので、その教義や我が主がどのようにして神と呼ばれるに至ったかなどを伝え聞いております


 その中で、我が主は旧き支配者達と争い、その王を大地へ封印したことで、それらは大気に満ちるマナの源泉となった、と、教典に記述があるのです」



「なるほどな……」



「ユリアス神ですものね……」



 姉妹2人が呆れたような、納得したような妙な表情を浮かべて唸る。



「戦勝神ユリアス・カーンバルの教典に書かれているのならば、信憑性は高いですね……」



 私も2人に同じくどこか呆れたような気持ちになる。



 戦勝神ユリアス・カーンバルはこの世で最も旧い神の1柱として名を連ねる古代神エルダーゴッド



 約3000年前にあった極断戦役グラウンド・ロスト・ゼロ以前から信仰され、数々の戦乱を支えてきたと言われる戦女神だ。



 戦乱の少なくなった今でこそ信者は少なくなったとされるが、それでもなお、知らぬ者が居ない有名な神の1柱である。



 そんな古代神エルダーゴッドにカテゴライズされる神々の教典は極断戦役グラウンド・ロスト・ゼロ以前の歴史を書き記した貴重な資料としても扱われている。



 実際、それらに記述されている事柄の研究は現代における古代文明の発掘に役立てられているのだ。



 同じ古代神エルダーゴッドで、メルミーちゃんの信仰する武鍛神アグナ・アグニシスの教典に記載された遺跡からは数多くの武具が発見されているなど、重要資料には違いない。



 戦勝神ユリアス・カーンバルの教典には極断戦役グラウンド・ロスト・ゼロに関する記録が数多く記されているとは聞いていたが、まさかそんなことまで書かれているとは驚きだ。



「マナの源とも云われる存在の召喚──


 あるいは、解封というべきでしょうか


 それを許せばどうなるかわかったものではありません


 やはり、ここで貴女に巡り会えたのは我が主のお導きだったのでしょう


 ティレン王女殿下、私も貴女の旅に同行させて頂けませんか?」



 ルカの提案に私の視線が姉妹2人を交互に向く。



 ヴェリアが1つ頷き、メルミーちゃんは目を輝かせていた。



「……断る理由などありません


 むしろ、今は亡き我らが祖国を蘇らせる為、是非とも協力して頂けませんか?


 今の未熟な私には貴女の力が必要なのです」



「そんな、勿体ないお言葉でございます


 我が身は貴女の手足、この身朽ちる果てるともお仕えさせていただきます」



 なんだかこそばゆい気分だ。



 少し前にあったばかりだというのに、彼女の言葉から伝わる誠実さに、すっかり私は心を許していた。



「──さて、お堅い話はこの辺りにしておきましょう


 私のために多くの時間を使わせてしまって、ヴェリアとメルミーちゃんには悪いことをしてしまいましたし」



「あー、じゃあ、1ついいか?」



「何でしょう、ヴェリア?」



「その硬っ苦しいのはどうにかならねぇか?


 ずっとしかめっ面されてるのは、結構堪えるんだ、もう少しフランクに頼むぜ」



「いえ、しかし……」



「難しく考え過ぎなんだよお前は


 真面目なのは結構、お前がどこぞの王女だったとしても、これからの活動の為にゃまだ、冒険者のガワは着とかなきゃならねぇんだろ?


 だったら、少なくともその時が来るまでお前は冒険者だ


 その顔は少なくともアタシらみたいな自由人に向けるようなモンじゃねぇよ」



 それも、そうか──



 肝心な時ばかり察しのいいヴェリアには頭が上がらない想いだ。



 私は私、例え国を背負って立たなければならない立場なのだとしても、私は冒険者でもあるのだから。



 どんな自分で居たいのかなんて、自分で選べば良いだけ。



 そんなの、ずっとしてきたこと。



 私は、冒険者じゆうがいい。



「ありがとう、ごめんなさいね」



「やっぱりティレンさんはちょっと自慢げな顔してる方が似合いますよ!


 笑顔笑顔です!」



「コイツなんか昨日一晩中泣きながらここに張り付いてて宥めるのに苦労したんだぜ?」



 突然の暴露を放ったヴェリアの言葉に慌てた様子でメルミーちゃんがヴェリアへ飛び付き慌てて彼女の口を封じている。



 姉妹2人でじゃれているのを余所目に、私はルカへ視線を向けた。



「私も人がいる所では姫様とお呼びする訳には参りませんね」



「ティレンで良いわ


 私の名前ならエルフによくある名だし」



「かしこまりました


 私のこともルカとお呼びください」



 朗らかな笑みを浮かべたルカはペコリとお辞儀をして入口へと歩いていく。



「それでは、ティレンさん


 意識はハッキリ戻ったようですが、今日1日は安静にしていてください


 ヴェルグリオさんもメルミーさんもあまり騒がないようにお願いします」



 ルカの釘刺しにぴしゃりとじゃれあいを止めた二人は揃って頬を掻いた。



「私はキャラバン隊の様子を伺ってきます


 お2人はどうしますか?」



「あ!


 私お手伝いします!」



「アタシはコイツに着いてるよ


 何かあっちゃマズいからな」



 駆け足でテントの外へ走り去って行くメルミーちゃんを眺めていたルカも、改めて一礼してテントを後にした。



 テントに残ったヴェリアは私が横になるベッドに座り、私の顔を横目に眺めながら溜め息を吐く。



「──そっちも大変だった?」



「いや、大したことはねぇよ


 依頼にあった飛竜ワイバーンをシバいたくらいだ


 今外で解体作業をしてる」



「それじゃあ、一応そっちの報告は問題なく出来そうね」



 脚と指を組んだヴェリアは眉間に皺を寄せ、ポケットから何かを取り出した。



「さっきの話を聞いた上で、コイツを先に回収しておいて心底良かったと思ってるよ」



 彼女が私に投げて寄越したそれは、の紋章が彫られた小さなメダルだ。



「これは──」



「あの飛竜ワイバーンには首輪が着けられてた


 その首輪に着いてたのがそれだ」



「アルバディノ家の紋章……


 とすると、彼らはやっぱりメイダ付近で何かを探してるってことなのかしら」



「それはさっぱりだ


 奴さん方の動向は聞く限り不審そのものだが、先のマナの源とやらを喚び出すのに必要なことを進めていると見て間違いないだろうな」



 ……リゼル先生はあの遺跡に調査をしに来ていたと言っていたが、ひょっとすると、件の存在に関する手掛かりがあるのかもしれない。



 あるいは、召喚に必要なファクターか。



 動けるようになったらこちらでもあの遺跡を確認する必要はありそうだ。



 しばらくの熟考の後、私は改めてヴェリアの方へ視線を向けた。



「……ただ故郷を取り戻したかっただけなのに、酷い業を背負わされた気分だわ」



「同情はするぜ


 だがまぁ、知ってしまった以上、アタシもそのままにしておく訳にも行かなくなった」



「貴女もただの傭兵、ってワケじゃないものね」



 階級付き調停役傭兵ルーラーズ・マーセナリーというのは、私と同じく難儀な肩書きだ。



 様々な特権を利用出来る一方で、社会的な不備や政治的な問題が発生した場合の調査を任されることもある。



 公的機関から任命されて特殊な事件の調査へ携わるエージェントとして活動し、国家間のトラブルを最小限に抑えるのが仕事だ。



 しかし、それならば……?



「──ヴェリア」



「どうしたティレン?」



「貴女……」



 いや、考え過ぎか。



 、なんていうのは流石に行き過ぎた妄想だろう。



 私という存在が生きていること自体、多少価値があるのは分かるが、それで誰が得をするのかなど、今考えても仕方のないことなのだから。



 それよか、私も彼女が協力してくれるこの状況を上手く使わなくては。



「あぁ、アタシの顔がまたお母様に見えたのか?」



「三流の冗談ね


 次にそれを言ったら喉笛掻き切るわよ」



「おー、こわこわ


 だが、その様子じゃ明日には復調するかな?


 アタシは少し外で一服してるよ」



 1つニカッと笑ったヴェリアはそそくさとテントを後にした。



 私は大きく溜め息を吐いて再び横になる。



 緊張の糸が解け、外で作業をする声を聴きながら視界は暗転していく。



 目覚めたばかりだというのになんだかとても疲れた。



 私は数刻もしない内に夢の世界へと落ちていく。



 もう一度目覚めた時には、冒険者としての朝が待っているのだから、今はもう少しだけ夢の世界へ戻ろう。



 お姫様でいるのは、その時だけがいいんだ、私は。



 ──────



「──えぇ、彼女はやはりリプルハートの王女殿下で間違いないようです


 ……そうですか、自由都市同盟としては、彼女を旗頭として復権したならば改めて同盟を組み連邦への抑止力にしたい、というのですね?


 ……どの道、彼女がどう転ぶかなど、私が測ることの出来る範囲からは逸脱していますよ


 ただ、を排除したいという点については、彼女やあなた方、としても目的が一致していますので、ご期待には応えられるでしょう


 ……ご冗談を、今の私の立場はご存知の筈です


 あくまで、私はあなた方のご依頼で彼女の監視をしているだけですので


 西とって東側の事情と価値など雀の涙に等しい


 何より、一企業の末端である私を頼っている時点であなた方の底は知れているというもの


 賽を振るのであれば盤面に出ていればいい、ただそれだけではありませんか


 ……その裏切り者に頼らなければ、10年かけて見付けられなかった彼女を監視するにも至らなかった訳ですが、それは、あなた方の怠慢以外の何物でもないでしょう


 彼女は必ず賽を振ります


 望むなら、その時にあなた方が盤面出ていればそれで済む話です


 ……どうあれ、弊社があなた方に出来るのはここまでです、以後、私は本部からの指示に従い、目標を撃滅するだけ──


 我々、は国ではなく企業です


 私はそのPMC部に所属している末端の傭兵の1人に過ぎません


 ですので、彼女を担ぎ上げたいのであれば、交渉は本人と直接行ってください


 ……尤も、彼女はあなた方の理想となるような器の小さい人物ではないということは覚えておいてください」



 プツリ。



 通信が狙撃手側から切られて途絶える。



 そして彼女はまた無線を繋ぐ。



 耳に備え付けた無線機のダイヤルを回し、周波数を調節した。



「──スノウラビットよりアンジェルス001


 ユービノス自由都市同盟よりご依頼のあったリプルハートの遺児の捜索を完了致しましたことをここに報告します


 ……任務進行中の最中にソラより来たる奈落アウター・アビスの生き残りが存在する可能性を確認致しました


 現在同行中のリプルハートの第一王女の目的と我々の目的が一致している為、このまま同行を継続しつつ、契約に従いスノウラビットはソラより来たる奈落アウター・アビスの排除を実行致します


 ……はい、戦力としては申し分ありません


 ターゲットの排除にさしあたって障害はありますが、協力者であるリプルハートの遺児が覚醒者サイコネイチャーですので


 何より、ターゲットが眠っていると思われるのはリプルハート城──


 彼女の生まれた地ですので、意地でもターゲットを排除すると思われます


 ……ふふ、面白い人ですよ


 アレはきっとでしょう


 ……えぇ、はい、それでは」



 狙撃手は再び無線を切った。



「……もう少しだけ、アンタのことは使わせてもらうぜ、姫様


 只者じゃねぇのは、お互い様だからな」



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