鋼鉄の聖女



「──調査の結果、あの遺跡は武鍛神アグナ・アグニシスのものであることがわかりました


 資料として残されているようなものも表層には特にありませんでしたが──


 この辺にあるかの神の遺跡ということならば、既に調査の及んだものと見て間違いないでしょうね」



「私達の目的としてはハズレと考えていいのかしら?」



「いえ、我が主である武鍛神アグナ・アグニシスにまつわる遺跡ですので、山の地下にあるアグニシアに調査報告書がある筈です!


 まずは、それを確認してからでも遅くはないかと!」



 剣士と聖女の邂逅から一夜明けた朝、聖女と武僧は早朝に森の東にある遺跡の調査へ赴いていた。



 剣士も目が覚めて身体慣らしをする為に着替えていたところに2人が尋ねてきたのである。



「それじゃ、予定が1つ加わったくらいね


 元々メルミーちゃんの武具を新調するくらいしか目的なかったし、私も暇しなくて済みそうで良かったわ


 聞いてるだけでも、アグニシアはドワーフの多そうな所だし」



「やはり、ドワーフには思う所がありますか?」



 不安そうな武僧の質問に剣士は手を止めることも、視線を合わせることもせずに、淡々と準備を続ける。



「私、そういう昔の風習とか好きじゃないのよ


 でも、それって別に普通のことじゃないし


 周りがどう思ってるかなんて、私がどうこう出来る訳でもないから」



「ドワーフとエルフの関係が悪いのは随分根強いですものね


 心中お察し致します」



「少なくともメルミーちゃんが言ってる意味での思う所はないと思う、多分


 ただ、自分がどう思われてるんだろうっていうのはどうしても考えちゃうわよね


 他人が自分を嫌悪してるかどうかなんて、目を見ればわかることだし


 メルミーちゃんは私のこと嫌い?」



 剣士はマフラーを手に取り、それを少し眺めて武僧の方へ視線を向けた。



「──嫌い、ではないです


 悪い風にも思いませんが、それでも、隠し事ばかりしている人は苦手です


 すぐに殺すとか殺さないとか、そういう風に言うのはやっぱり嫌です」



「そういう素直に自分の気持ちを伝えられるところ、私は大好きよ


 私ね、メルミーちゃんみたいな真っ直ぐな人の為に頑張ってきてるつもりだから


 そんな風に悪いことをちゃんと嫌って言えるの、大事にして欲しい」



「ティレンさんって、ズルい人ですよ」



 武僧の突き刺すような言葉に、静かな微笑みで返す剣士がマフラーを巻き終えた所に狙撃手がやってきた。



「ティレン、調子はどうだ?」



「痛みは引いたけど、丸一日動いてないから身体はぎこちないわね」



「それは結構、頂上へ向かう間にゃどうにでもなるだろ」



 いつもの調子の狙撃手を横目に、右腕に手甲を装着した剣士が1つ大きな深呼吸をした。



「でも、準備運動くらいはしたいわね


 誰か、この中で手合わせできる人は居る?」



 微笑んでいる剣士の姿を見た3人に緊張の糸が張る。



 昨日の厳粛な態度もまた、喉を詰まらせ息を飲むような緊張感を覚えさせるものだったが、これは、彼女の望む冒険者じゆうという我儘が引き起こしていた。



 他でもないライセンサーが手合わせを願い出るなど、そうあることではない。



 額に脂汗を滲ませた狙撃手と武僧が固まっていると、粛々と聖女が挙手した。



「私がお相手致しましょう


 貴女の旅路へ同行を願い出た手前、足でまといでないことの証明は必要ですからね」



「ほ、本気ですか聖女様?」



「あら、メルミーさん


 あれほど彼女を煽っておいて怖気付くなど、武僧の風上にも置けませんよ?」



 聖女の張り付いたような笑みを見た狙撃手は武僧を攫うようにテントの隅へ連れて行き、肩を組んで屈んだ。



「おいメルミー、お前ティレンに何言ったんだ?」



「……な、内緒です」



「見りゃわかんだろ!


 聖女様がアホほどキレてんじゃねぇか!


 マジで何した?」



 背を向けて内緒話をする2人を見て吹き出すように笑った剣士が聖女の肩を二、三度小さく叩いた。



「良いのよ2人とも


 大したことじゃないんだから


 むしろ、私はメルミーちゃんの言葉で元気になったくらいだし」



「しかし姫さ──」



「ルカ、貴女が怒るのも分かるけど


 さっきのは私とメルミーちゃんの間にだけあるちょっとした内緒話なの


 許してあげて」



 おずおずと引いた聖女に対し、ゆらりと立ち上がった狙撃手が訝しげに剣士へ視線を突き刺した。



「内緒話だぁ〜?


 まーた、コイツに要らんこと吹き込んだんじゃねぇだろうな」



 顔を赤くし始めた狙撃手の腕を掴んだ武僧は、振り向いた狙撃手へ向けて首を横に振った。



「私が悪いんです


 要らないことを言ったのは私の方ですから──」



「はいはい、その辺にしてもらっていい?


 それじゃあルカ、模擬戦の準備をしましょう


 確かキャラバンが来てるって言ってたけど、荷物の中に木剣とか何かあったりするかしら?」



「えぇ、確か訓練用の道具も積んでいた筈です」



「ラッキーね、それを使わせて貰いましょう


 交渉には私が行くわ」



 剣士が意気揚々とこの場を後にすると、テントの中は瞬く間に静寂に包まれる。



 なんとも言えない気まずさの中で狙撃手が深い溜め息を吐いた。



「悪いな聖女様、ウチの妹が……」



「いいえ、ティレン様のことで先に躍起になってしまったのは私の方なのです


 ティレン様のあの表情に怒りや悲しみなどは感じられなかったというのに、言葉だけ切り取って──」



「私も悪態をついたのは事実です、でも、ティレンさんの、その……


 開き直るような言い方はどうしても……」



「あー、なんとなく想像ついたぞ……


 わかった、そういうことならアタシから2人に言えるこたぁ何もねぇや


 ただ、アイツの器量の大きさはちょっとしたもんなんだ


 あんまり凹んでると、逆にアイツが気ィ使うからシャキッとしてやってくれ」



 やれやれと呆れた狙撃手は煙草を咥えてテントを出る。



 残された2人はしばらく呆気に取られていたが、ふと、聖女が武僧の方へ向くと、2人の目が合った。



 無言で手を差し出した武僧を見て、聖女が握手を返し、ぶんぶんと腕を振り合った2人はなんだか無性にそれがおかしくって笑い合っていた。



 ──さて、それから数刻の時間が流れ、キャンプの中央に作られた広場を中心にキャラバンの面々がザワついている。



「おい、聖女様の相手方の剣士、右手に盾着けてんぞ」



「左利きかよ、ルカ様やりづらいだろうな」



 彼らの視線の先にあるのは対面する剣士と聖女、準備を終えた2人はそれぞれ得意とする武具のレプリカを身に付け、静かにその時が来るのを待つ。



 大いに盛り上がるギャラリーに混じった狙撃手と武僧も対面する2人をの様子を眺めていた。



「──ティレンさんって左利きだったんですか?」



「あぁ、普段の戦い方を見てる方が分かりづらいだろうがな


 なんだかんだで奴さんのフィニッシュブローは大概腰の短刀だ


 あんだけ目立つ武器着けてりゃ誰だって勘違いする


 狙ってやってんだろうな」



「あーあー!


 諸君、静粛に


 この度、そこのライセンサーの剣士殿の申し出で我がキャラバンの象徴でも在らせられるルカ様との模擬戦を開催することとなった!


 の模擬戦など中々見られるものではない!


 冒険者諸君は戦い方を良く見て学ぶように!」



 納得した様子で武僧が唸っていると、主催らしき男、キャラバンの隊長が声を張り上げ、盛り上がりもなりを潜めて、徐々に広場は静けさを取り戻していく。



「ライセンサーだったのか、聖女様」



「ティレンさんに物怖じしていなかったのはそういうことだったんですね……」



 ピタリと声の止んだ周囲を確認したキャラバンの隊長が対面する2人へ向けて両手を大きく振った。



「それでは、お2人とも準備はよろしいですかな?」



 小さく頷いた剣士と聖女は各々の武器を手にする。



 剣士が左の腰に着けた鞘からくるりと回すようにショートソード型の木剣を引き抜いて、小盾を取り付けた右腕、右手を腰に添えて真っ直ぐに構えた。



 対して聖女は大盾を左手で保持し、身体と右手に持った木製のメイスをその大盾で隠すように構え、深く腰を落とす。



 そうして、大きく頷いたキャラバンの隊長は両腕を交差して試合開始の号令をあげた。



 響く歓声の中、先に仕掛けたのは剣士だ。



 目にも止まらぬ速度で真っ直ぐ正面に跳躍した剣士は、盾の中心を目掛けて切っ先を突き出す。



 それを真正面から受け止めようと盾をガッチリと構えてメイスを後方へ軽く振った聖女へ思いもよらぬ衝撃が走った。



 剣士がすぐに切っ先を引き、聖女の盾に自分の盾をぶつけて体当たりを仕掛けたからだ。



 それも、剣士から見て聖女の構えた盾の左側──



 聖女の守りの構えをこじ開けるようにして右腕を振るい、大盾を弾いたのである。



 そんな想定外の衝撃をも利用して、懐へ入り込んだ剣士目掛けてメイスを振った聖女だったが、剣士は更に奥へ踏み込んで肉薄し──



 振り下ろされたメイスを逆手に持ち替えた剣でいなすと同時に、右拳を聖女の左の脇腹へと叩き付ける。



 鎖帷子を身に着けているとはいえ、意識の外にある一撃を受けた聖女は小さくよろめくが、聖女は即座にメイスを振り上げて反撃を試みた。



 迫るメイスの柄を剣の鍔で受け止めた剣士は、聖女の大盾を右腕の小盾で抑えつつ、突き飛ばすように超至近のミドルキックを聖女の胴へ放つ。



 大きく後退した聖女だったが、膝を突くことなく大盾で身体を支え、即座に態勢を整えた。



 一方の剣士も間合いを取るように2度のバックステップの後に宙返りを披露する。



「──何だ今の動き!?


 今、何したんだ!?」



「なんて酷ぇ蹴りだ……


 アイツ剣士だよな?」



「聖女様が、押された……」



 ギャラリーがどよめく最中、武僧と狙撃手はすっかり呆れた表情を浮かべていた。



「容赦ねぇなアイツ……」



「前から思ってましたけど、ティレンさん足癖悪いですよね……」



「それもそうだが、いきなりボディーブローとはな……


 身体慣らしにしちゃちょいと本気過ぎるんじゃねぇか?」



 そんなパーティのヤジも聞いてか聞かずか、剣を順手に持ち直し、右腕に装着した盾を前に、剣を持つ左手を後方へ構えた剣士。



 真っ直ぐに聖女へ視線を注いだ剣士は右手の指を揃えて僅かに2度引き寄せ、聖女を挑発した。



 それを見た聖女はフッと不敵な笑みを浮かべ、盾で身体を隠しつつ駆け出す。



 剣士までおよそ5パース、あと一瞬で剣士の間合いに入るというタイミングで、聖女がその手に持っていた盾を剣士目掛けて投擲したのである。



 目を見開いた剣士は迫る大盾を再び宙返りしながら蹴り上げ、弾き飛ばした。



 しかし正面に聖女の姿はなく、僅かな気配に反応した剣士は右腕の盾で上方から迫るメイスの一撃を受け止め、またも逆手に持ち替えた剣を振るう。



(──左手が、空いてる!)



 剣士の放った一閃は手首を返して振られたメイスによって防がれ、ガラ空きとなった剣士の懐へ潜り込んだ聖女がその右脇腹へと貫手を差し込んだ。



 深く力を込めた聖女の一撃が剣士の顔を曇らせ、歪ませる。



 聖女は微笑み、歯を食いしばって痛みを堪える剣士の耳元で囁いた。



「──ここ、とっても痛いんですよね?


 姫様」



 まるで愛撫するように、そして抉るように、左手を右の脇腹へと捩じ込む聖女に、剣士が一瞬首を引き、互いの額をぶつけるように頭突きを放った。



 その衝撃で聖女の帽子が外れ、長く真っ直ぐな美しい金髪があらわとなり、聖女はよろめいて後退する。



 その隙に剣士は大きくバックステップを踏んで間合いを空け、上半身を守るように腰を落として態勢を低く、両腕を八の字に、逆手に構えた剣を持つ腕を少し前へと出して相手を見据えた。



「アンタ、わざとやってるわね……」



「ふふ……


 どういう状態かは当然よく知っていますよ


 私が治療した傷ですので、悪くなってもまた私が治して差し上げればいいだけのこと


 それに、これで先の挨拶ともおあいこです」



 長い金の髪を揺らして朗らかな笑みを浮かべる聖女も剣士の構えに合わせて両手でメイスを握り、その先端を剣士へ向ける。



 ──ギャラリーの様子は一転、歓声、驚嘆からざわめきへ。



 あまりに惨い打撃の応酬にギャラリーの大半の顔色が青ざめる。



 もはやこれは模擬戦や見世物というよりは、殺し合いの縮小版とも言える凄惨な果たし合いのようだった。



 まるで、身近にある死を見ている者に想起させ、戦場に身を置くことがどういうことか突き付けるような、そんな生々しい命のやり取りが今、確かにそこにはあったのだ。



 それを眺める武僧は目を細めて明らかな嫌悪感を表情に浮かべていたが、対して狙撃手は仄かに微笑んでいる。



「流石はユリウス神を信仰してる神官だな


 聖女様のあの戦闘センスは一流どころじゃねぇ


 相手の嫌がることを徹底的に実践してやがる」



「2人とも武器があるのに、最初の直撃がどちらも無手だなんて……」



「中々真似出来ることじゃねぇ


 手元の武器に拘らず相手を傷付ける手段を使えるやつは、どっぷり浸かるくらい戦い慣れてるってこった


 ティレンが手練なのは知ってたが、聖女様も相当な修羅場を潜ってきたとみえる」



 異様な空気の中、剣士と聖女は改めてお互いに睨み合い、ジリジリと間合いを詰める。



 剣士がまた順手に剣を持ち直したのを合図に、聖女がメイスを身体の後ろへ隠すように構えて駆け出した。



 聖女の動きに合わせ、2歩だけ間合いを詰めた剣士が振り上げられたメイスを剣で抑え、右腕の盾を聖女の胴へと押し込む。



 即座に反応した聖女は剣士から見て左後方へ小さくサイドステップを踏みつつ、メイスから左手を離して間合いを取るが、構え直す間もなく剣士が聖女の胴へと突きを繰り出した。



 剣へ腹を向けて腰を捻り、突きを避けた聖女はそのまま剣士へ向けてステップを踏んでタックルを仕掛ける。



 それが胸部へ直撃した剣士がよろめくが、そのまま後方へ転がりつつ宙返りをして態勢を整えた。



 その隙に聖女も剣士から見て右側へ転がりつつ大盾を回収して構え直す。



 そうして、また睨み合い。



 剣士が仕掛けては聖女が大盾で防ぎ、聖女が仕掛けては剣士が避け、それを返すように打ち込めば、聖女がメイスの柄でいなし、返す一撃を剣士が剣でいなす。



 そんな一進一退を4度も5度も繰り返した頃、剣を逆手に持ち替えて聖女へ斬りかかった剣士がふと笑みを浮かべた。



 剣士の一閃を大盾で防いだ聖女がそれに気付いて大きく退く。



「──ルカ、何かあったら治療頼むわね」



「何を──」



 聖女が瞬きを1つ。



 そんなほんの一瞬で剣士は聖女の視界から消えていた。



 目を見開いて周囲を探す聖女と、ギャラリーに再びどよめきが広がる。



「アレはあの時の……!」



「……ここで使うのかよ」



 刹那、聖女の盾が外側へ大きく弾かれ、ノイズ混じりの姿で聖女の眼前に現れた剣士が聖女の水月へと突きを繰り出し、それが直撃する。



 苦悶の表情を浮かべた聖女が、盾を素早く振るい、剣士へ反撃を試みたものの、盾は剣士の像をすり抜けた。



 そんな異様な事態にバックステップでその場から離れた聖女の盾へ再び凄まじい衝撃が走る。



 同時に現れた剣士は逆手に構えた剣を振り上げ、聖女の持つメイスを弾き飛ばすと、今度は盾へ向けて順手へ持ち替えた剣を振り下ろし、盾を叩き落とした。



 そして、その喉元へ切っ先を当てがい、剣士は微笑む。



「これで、私の勝ち、かしらね?」



「──全く恐れ入りますね」



 呆気ない幕引きにギャラリーはしばらく静かなものだったが、1人が拍手を始めると、2人、3人と拍手の音が響き、やがて全員が剣士と聖女の健闘を讃えて拍手した。



 そうして、キャラバンの隊長がその場を占めてギャラリーは散り散りとなる。



 模擬戦に使用した武具をキャラバンの隊長へ返した2人は、近くで待っていた姉妹の元へ戻った。



「──おいティレン」



 不服そうな表情で迎えた狙撃手が煙草に火を点けて剣士へと詰め寄る。



「おめぇ、模擬戦で使うようなモンじゃねぇだろありゃ」



「アレも込みで私だもの、別に反則なんかじゃないでしょう?」



 微笑みながら横目に聖女を見た剣士だったが、聖女は狙撃手の言葉を受けてどうにも納得いかないという表情。



「アレとはなんです、ティレン様」



「──俗に言う、異能、ってやつよ


 私のそれは周りから私のことを感じ難くするような能力、って言ったらわかりやすいかしら」



「感じ難いなんて生易しくはねぇがな」



 苦笑する狙撃手が不満そうな聖女を見やって煙草を取り出した。



「今までそこそこの頻度で見てきたが、コイツのそれは恐らく……


 コイツに触れた光や音をコントロールする能力だ


 受けた光や音をそっくりそのまま反対側へ送ることで透過しているように偽装する


 加えて、コイツから反射する光や音をコピーしてその場に残すことで残像現象まで起こせるってところか」



「……どうしてそんなことわかるの?」



「アタシは狙撃手だぜ?


 後ろからじっくりお前の戦う様子を見続けてれば、お前がどういう理屈で見えなくなってるかくらいは察しがつく


 砂漠の竜にも使ってただろ?


 あの時、お前の姿が蜃気楼が起きてるみたいにボヤけて見えた


 その後も何度か、同じように消えたり現れたり、だが、


 それで、恐らくはそういうカラクリだろうなと思った訳だ


 西側にはそれに似たような理屈で造られた防具もあるしな」



 咥えた煙草に火を点けた狙撃手が得意げに肩を竦めると、剣士が盛大な溜め息を吐いた。



「よくもまぁ……


 大した観察眼ね……」



「そういうことでしたら、油断を突かれて負けただけ……


 ですので、あまり長々と憤っている訳には参りませんね」



「こっちも実戦で使えないとかそれこそ笑えないから、慣らし程度に使っただけだし、今回は私の勝ちで構わないでしょ?」



「今日は随分勝ち負けに拘りますねティレンさん……」



 武僧の鋭い指摘に少し悩んだ様子を見せた剣士は苦笑する。



「ちょっとムキになってるのはそうかもね


 ルカがライセンサーだって聞いて、私も負けられないって思ったのよ」



「なんか、今までで1番の生の感情を聞いた気がします」



「メルミ〜ちゃ〜ん?


 それはどういうことかしら〜!」



 キャッキャとじゃれ合う剣士の武僧の姿を眺めて呆れ果てたように鼻を鳴らした狙撃手であったが、不意に聖女が狙撃手の肩を叩いた。



「出発の時間についての相談なのですが、キャラバンの皆は今夜にもベースキャンプ設営隊を残して頂上へ向かうとのことですが


 我々はどう致します?」



「あぁ、それならキャラバンの護衛がてらアタシらも今夜出発しよう


 早いとこアグニシアに行ってメルミーの装備も仕立ててやらねぇとだ」



「では、隊長さんには同行する旨を伝えてきますね」



「すまねぇな


 あぁ、さっきの異能のことだが……」



 はたと思い出したように目を見開いた聖女は、口元を綻ばせた。



「切り札を隠しておくのは勝負事に携わる全ての者にとっての定石……


 意地を張っていたのは私もだったと気付かされただけです


 戦勝神を信仰する者として、私も修行が足りませんね」



「やけに悔しそうにしてるのは、そういう訳か


 だが、あんなの、例外、想定外、予想の範囲から外れたイレギュラーだ


 狡いことをしたのと変わらん」



「ふふ、戦勝神ユリウス・カーンバルの教えにはこんな一節があります


『卑怯な手でこそ拓ける道もある』、私がリバークラッドを解放出来たのはある意味、この教えのお陰だと言っても過言ではありません」



「単純に負けを突き付けられたのが悔しかっただけかよ……」



「言ったでしょう?


 私、結構意地っ張りなんですよ」



 恥ずかしそうに微笑んだ聖女は、少しだけ逃げるようにキャラバンの隊長の元へと駆けて行く。



 ──そうして、月が頭上まで昇り、星が瞬く深夜。



 一行は列に聖女を加え、キャラバン隊と共に頂上を目指すべく歩き始めたのであった。





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