脆弱性暗号

 バリ……バリバリ……!

 安堵とは裏腹に、派手な破壊音をたてて、化け物がやって来た。壁を食い破って向かって来ている。

「こいつっ、なんなの!」

「谺。蜈??謗?勁螻」

 震動だか人の声だか、音波だか脳波だかは分からないが、化け物が言った。アンリは諦めずに物を投げながら、玄関広場へのドアをくぐった。

「どうしよ……どうしよ!」

 右往左往して、辺りを見渡したが、先ほど開かなかったドアを見ると閃いた。

「……さっきのメモって、これだ!」

 目覚めてから時間が経っているためか、探索により記憶を取り戻しているからなのか、頭にかかった霧のようなものが多少晴れて、スッキリしてきていた。

「────ターゲット123456──ディセーブル!」

 呪文を改変して唱え、ドアノブを捻る。

「よし! この『魔法』について思い出してきた!」

 ドアをくぐり、何らかの呪文を唱えると、今度は完全に力が抜けて、へたり込んだ。

「もう、こっちには入ってこれないはず……あれが一匹ならいいんだけど」

 ひと息ついて、周りを見渡すと、血痕の広がる通路だった。アンリはもう慣れてしまったのか、特に感想を持つことは無かった。

 先程までと同じように、何か気になるものがあれば、探っていった。

(これ、血で汚れてるけど、お父さんの手記だ)

 

「1720年8月12日 家が妙なことになっている。アンリの部屋に入れない、家が迷路のようになり出られない。それに時折、何かの蠢く音も聞こえる。このままあの子に会えないのか……呪術医……あの悪魔め!」

(さっきから、呪文でしか開けないのが、呪術医の張った障壁だ。これを張ったときに、何か事故が起こったの……⁉)

「廊下……廊下と言っていいのか分からないが、とにかく通路で呪術医が死んでいるのを発見した。一体……どうなっているんだ」

(多分ここが、その廊下だろう。何があったんだろう……この有様は尋常じゃないわ)

「愛しい娘へ。パパもママもあいつにやられてしまった。もうダメだろう。さようならだ、アンリ。どうか、どうか無事であってくれ」

 所々どす黒く染まっており、震えた文字だ。 不意に現れた別れの言葉に、アンリの涙腺の堰はとうとう決壊した。


(パパ……ママっ……ごめんね、わたしがこんなで……)

 次々と溢れ出す涙を、手で拭いながら、謝罪した。

(でも、こんな私のこと……愛してくれて、ありがとう)

 やがて涙と共に訪れた、鼻水を啜りながら感謝した。

(……あぁ、私、この前も泣いたな)

(……うん、ようやく思い出した……)

 涙が止む頃には今までのことを殆ど思い出し、為すべきことを為すために、声を絞り出した。

「アンドゲート、ブラケッツ、ポイント、ホーム」

 呪文を唱えると、アンリの姿が半透明になって、端から中空に消えていった。

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