呪術医

 今度のドアは、脱衣所へと繋がっていた。脱ぎ捨てられた家族のものと思われる服がたくさん置いてある。狭い。すぐ目の前には、風呂場へ続くと予想されるドアがある。

 ここでもアンリは洗面台に手記を見つけ、取り上げて読んだ。


「1718年──── アンリはもう断片的にしか起きない。完全に成長が止まっている。何人もの医者に診てもらったが、全員首をかしげて、終わりだ。我が家は無信仰だが、もはや神に祈るか……それとも呪術医シャーマンとやらの非科学的な民間療法に頼るか……」

(神に、呪術医。なるほど、非科学的……)

(そうまで心配してくれたパパとママに、感謝しかない。ごめんね……)

 徐々に思い出してきた記憶が、アンリの落涙を促してくる。


「アンリが起きない。生気はあるが、脈も息もない。冷たい。どうして……呪術医はまだ来ないのか!」

(そうだ、ここから先は、両親に会ってないはずだ。つまり、私はこの時点で、死んだようなものなんだ……)

 そうして少しだけ感傷に浸ってから、次のドアを開けた。


(……?)

 アンリは部屋に入ると、今までとは違う意味で面食らってしまった。

 真っ白な部屋だった。色合いの無い、白と灰色のモノトーンで構成された部屋。天井には灯火だろうか、白い光を放つ明かりが掲げられていた。煌々と明るいのに、落ち着かない、不思議な光だ。

 今までの薄暗い部屋は、微かに『知っている家』だという、何となくの安心感はあったが、この部屋にはそれが無かった。

 整然と並べられた見たことの無い素材の机には謎のオブジェ、更にその上には紙が散乱している。その中でも目に付いた紙を見ると、これは覚えのある文字だった。


「1720年7月29日 妙な恰好をした、見るからに怪しい呪術医だ。だがもう、こんな藁にでもすがるしかない」

「奴の言う病名は意味不明だった、時間の停滞がどうのと言っていたが、時間が経てば治る、と。本当なのか……アンリと部屋に何やら呪術をかけたようだ、これで治ってくれればいいが……全く信じられない、しかしもう信じるしかない」

(直らなかった。でも私はここに居る、何故……?)

 アンリが首を傾げていると、不意に天井の灯りが明滅して消えた。


「なん……なに、これ⁉」

 照明がなくなり薄暗くなった部屋に、おびただしい量の血痕が現れていた。

(い、嫌だ……とと、とにかく早く読んで、早く次に行こう)

 アンリは恐怖で手を震わせながらも、手がかりになりそうなものを探した。

『自分の張った障壁の設定にターゲット名を追加しろとの事。ターゲット名は"123456"、面倒いからいつも使ってるやつでいいよな。忘れそうだから机に貼っておこう(笑)』

 どういう原理でか、机に張り付いていた、ひときわ目立った黄色の紙にそう書いてあった。

(……父の手記ではない、母でもないだろう。とすると……?)


 メキメキ……

 アンリは、突然近くからした音にびくっと跳ねた。

 音の方向を見ると、例の化け物が目の前で大口を開いているところだった。その深淵のような喉の奥まで見えた。

「……ッ‼」

 カツーン‼

 反射的に後ろに1歩引くと、今まで顔があった所に、化け物の臼歯が乾いた音を立てて閉じた。

「ひぃっ……~~~‼」

 アンリは声にならないような声をあげると、周りの紙束を崩したり、投げつけたりしながら後退してドアへと向かった。捕まったり、噛まれたりしたら命は無いだろうと思われたので、必死だった。

 化け物はゆっくりと近づいてくる。幸いにも、追いかけてくる速度はそれほどでも無いようだった。

 来たドアを急ぎ開けて閉める。少しドアと距離を置いて、前回はこれで追ってこなかったから、もう大丈夫だろうとアンリは安心した。

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