異次元

 化け物から逃げて、入ったのは寝室のようだった。

 自分が入ってきたドアの対角線上にもう1つのドア。大きな窓が2つ建て付けてあるが、外には紫とも藍ともつかない暗い空間が広がっている。


「異次元……」

 記憶には無いのに、口を衝いて出た単語だった。どうにも寒々として、開けて出ようとは思えない。

 やや大きめの寝台2つに、紙が散乱しているのを発見し、その中で読めそうなものを探った。


「1710年────日 寝ている時間と起きている時間が、我々の倍ある、個性的といえばそうだが……」

(そうだ、思い出してきた、私の中の時間が、どんどん遅くなっていった。この時はまだ『半分』だったんだ)

「1716年12──日 歳を重ねるごとに、容姿の幼さが際立つ、他は正常なのに……いや、正常なだけに娘は悩んでいる」

(他の子達が皆、大人に見えて羨ましかった。皆には『魔女』と呼ばれていじめられていたな……)


 めぼしい手記に目を通した後に、次の探索へ進むべく奥のドアノブを捻った。

 何故か先ほどまでのドアとは違い、施錠はされておらず、すんなりと開いた。ただしそこに待っていたのは、先が真っ暗になって見えない、細い上り階段だった。


 施錠はされていなかったが、精神的な忌避感があった。どこまで続いてるんだろうとか、あの先に化け物が居たらどうしようとか、戻れなくなったらどうしようとか、色々な想像が歩を進めるのを躊躇させた。

(うーん……行くしかないかな、怖い……)

 いくら躊躇していても話が進まないと感じ、渋々進むことにした。


 トン……トン……

 やはり長かった暗い階段に、自分の足音だけが響いている。

(父の手記には、どんどん睡眠サイクルが伸びていったと書かれていた。私は、いつから、どれだけこの屋敷で寝ていたのだろう。この異常な生家は、一体どうなってしまったのだろう……)


 いつまでこの階段が続くのか分からないから、自然と謎が多い自身の状況に思考を巡らせていた。

 答えの出ない問いを自分に投げかけていると、不意に終わりが来た。ドアだ。

 何も悪いことが起こらなかったことに感謝して、ドアノブに手をかける。

 今回もドアに施錠は無しだった、ゆっくりとドアを開け、内部を確認すると、そこは──


 玄関広場だ。最初に出たドアの対面から戻ってきたようだった。

「えっと……寝室を通って、一直線の長い階段を上って……?」

 アンリは混乱したが、すぐに思い出して考えるのをやめた。

(ここには……奴がいる‼)

 奴に勘づかれないように、そーっと静かに、まだ入っていない、正面に見えている2つのドアを目指した。


 注意深く、辺りを見回しながら進むが、化け物は見当たらない。

(居ない……? どこへ?)

 アンリは念入りに、目的地へと向かう途中にある柱の影に隠れ、最後の安全確認を行い、ドアへと到着した。

(2つとも施錠されている。とりあえずいつもの呪文を唱えてみようか)

「──ディセブル‼」

 詠唱に慣れて口が早くなってきたはいいが、開いたのは右のドア片方のみだった。

(2つのドアの内、1つは……今の呪文では開かなかった、とにかく前に進もう)

 アンリはドアを慎重に開けて、息を殺して先へと進んだ。

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