二日目、夕。『迷子』

「クソっ、あいつ腹立つな」

 レネイが苛立ちながらも家路に就く道中で、憔悴した女から話しかけられた。

「レネィちゃん、ハルト見てないかな?」

 近所に住む、レネィと同じ年の、いわゆる幼馴染のミネットだ。早くに結婚出産して、母になっていた。

「ん、ミネットか。あぁ、あいつなら昨日の帰りに話したけど、今日は見てねーな」

 ハルトは先日、帰り道で話しかけてきた子供の一人だった。

「そっか……あの子、もう夕飯の時間だっていうのに帰ってこないのよ……心当たりないかな?」

「心当たりね~、そんなもん……」

(昨日帰る途中に……遺跡から採ってきた鉱石を見せて、あー……?)

 もしかしたら、鉱石を採りに遺跡に行ったんじゃないか。

 もしかしたら、坑内の崖にでも落ちて、怪我でもしてるんじゃないか。

 もしかしたら、失踪したのは自分のせいなんじゃないか……。

 もしかしたら……

「……俺が探してくるから、任せて待っててくれ」

 レネィは何時になく真面目な顔をすると、急ぎコルディエライト遺跡へと向かった。

「は~、やっぱりレネィちゃん、頼りになるし……イケメンよねぇ~」


「頼むぜ、無事でここに居てくれよな……」

 遺跡に向かうにつれ、ハルトがこの先に行ったのではないかという疑念は確信に変わっていった。風で積もった砂に、小さな足跡が、一方向のみについていた。


「おい! 誰か子供見てねぇか!」

 坑道に着いたレネィは、坑内に残っていた炭鉱員に聞くが、成果は上がらなかった。

 その後、息を切らして隅々まで坑内を走り回ったが、どこにも見つからなかった。

「残るは上の『開かずの祭壇』のみだが……上には行く意味が無いだろうから、望みは薄いか」

 コルディエライト遺跡は地上から地下坑道へ降りる階段の他に、上部に建てられた祭壇へ向かって、外周を走る上り階段があった。

「神頼みか、信じちゃあいないが……もう神でも何でもいいわ、頼むぜ!」

 レネィが祈るような気持ちで祭壇までの階段を急ぐと、そこには──

 ハルトが居た。周りに光の膜を纏って、浮いていた。

「……居たのは良いが、なんで浮いてんの。いや怖いだろ」

 レネィが手を伸ばすと、光が霧散してハルトが落ちてきたから、慌てて支えて、降ろした。


「ん……ここは? びっ!」

 少しすると子供の目が覚めたから、レネィは力を込めて思いっきり引っぱたいた。

「おいぃ! テメェ! 心配かけやがって、許せねぇぞ! なんでこんなとこまで上がってきやがった!」

 カストラーダの平均的な教育だ。何を言われようとこれで健全なのだ。

「上? なんのことだ⁉ 俺は下に行って……崖から足を踏み外して……そういや落ちたはず? べっ!」

 さっきとは逆の頬に、2発目の平手打ちが決まった。

「うるせぇ! 口答えするんじゃねぇ! ったくよぉ……これに懲りたら、2度と母ちゃんに心配かけるんじゃねぇぞクソガキ! 分かったか‼」

「は、はいぃ……」

 とんでもない剣幕で叱られ、やんちゃ坊主もこれ以上の反論はしなかった。少年の人生で、ここまでの美人に、ここまで本気で引っぱたかれたことは無かったので、今後の人生に影響を与えることとなった。


 カストラーダに戻ると、母親へ無事送り届けることに成功した。

「ミネット! お前の坊主は散々引っぱたいて聞かしたから大丈夫だ! 見つかって良かったな!」

「良かった……レネィちゃん、ありがとうね~! そうだこれ、お礼に……うちで採れたもので申し訳ないんだけど」

 猫車に載せられた3袋分の鉱石だった。気を使わないでくれと頼んだが、どうしてもというので、貰うことにした。

 レネィが猫車を押して工房に到着する頃には、とっくに日は暮れていて、疲れから倒れるように寝てしまった。

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