飛んで火に入るお嬢様作戦

「あの情報屋はすぐにでも私を売るだろう。ということで、まずは捕獲作戦から処理することにしましょう……あぁっ、何この肉? おいしー! ですわー!」

 鳥の腿肉焼きをかじって目を輝かせた。ミリカが初めて食べる料理だったが、空腹すぎて強烈な衝撃を受けた。豪華で絢爛な料理は数多く食べてきたが、今まで生きてきた中で一番おいしいとさえ思った。

「多対一で迎え撃つにはこの細い路地裏が最適。できるだけ労せずに数を減らしたいところですわ」

 例え百人で来ようが、正面切って退ける自信はあった。だが、ここ数日間で学んだことは、なるべく空腹にならないよう、労力を節約することだった。


 ミリカは、路地にできる限りの罠を仕掛けると、薄暮まで捕獲部隊が来るのを待った。

「あいつだ、見つけたぞ! 早いもん勝ちだぜぇ〜!!」

 実際に見つけたのはミリカの方だった。開けた場所を歩き、部隊に発見されるなり、わざとゆっくり走って路地裏に誘い込んだ。

 仕掛けた罠は、道路の鉄板の上に油を撒いただけだったり、路地に1本だけ張った躓かせる足紐だったりと、原始的かつ初歩的なものだったが、効果は覿面だった。

 細い路地に、功を焦った統率の取れていない賞金稼ぎ共が押し寄せたらどうなるか、想像に難くなかった。実際、先頭の集団などは凄惨たる有様だった。


「ふふん、たわいのない有象無象」

 得意気にあごを持ち上げると、残っている捕獲部隊を殲滅しにかかった。

 もちろん残っていた十数名は、最初に突っ込んでこなかった、余裕のある精鋭揃いではあったが、ミリカを相手にするには力不足だった。

 ただ一つ誤算だったのは、意外と時間がかかって、お腹が空いてきたことだった。

 お腹が空くだけでイライラして判断力が鈍るから、今回の家出によって、何よりも空腹が嫌いになっていた。

「あーもう! しつこい奴ら!」

 最後の一人の膝関節を派手に砕くと、ようやく一息ついた。


 一拍置いてミリカは通路の奥に、まだ敵が居ることに気付き、再度警戒した。

「飛んで火に入るお嬢様、ってね。しかしこれ、噂通りの強さ……どうやったらこんなに強くなれるの」

 路肩に堆く積み上げられた戦闘不能者の影から、黒いフードを被った人物が現れ、目を丸くしながら見上げた。

「あ、特務機関の者だよ、あなたはミリカさんで合ってるね? 悪いけど、賞金でおびき出させて貰ったよ。これだけの騒ぎになることは、想像できていたからね」

「まったく、次から次へと……」

 捕獲作戦の一味と認識したミリカは、相手の自己紹介を無視して、問答無用で襲い掛かった。

「ヒエッ……」

 黒フードは棒での突きを、寸でのところで剣を出し受け止めた。凄まじい金属音をたてて、風圧でその顔が明かされた。

「女……の、子⁉」

 肩まで伸びた銀髪を湛える大きな三角耳の、可憐な少女だった。

 家を出てからというものの、一撃も受け止められたことは無かった。しかも、12歳ほどに見える女の子に受け止められたとあって狼狽し、逆上するミリカ。

「多少、できるみたいだけど、女子供だからと言って、容赦は無いと思いなさい。そこの有象無象達と同じにしてやるわ」

「ちょ、ちょま……わっ、力になれ、るって……!」

 もともと小さくて当たり難かったのもあったが、少女は器用にも連撃を躱した。それが尚更、ミリカの神経を逆撫でした。

「クソっ! 小娘ぇッ! 避けるんじゃない‼」

 空振れば空振るほど、ミリカのボルテージは上がっていった。

「力になるからっ、代わりに! 私達の手助けをして欲しいっ!」

 少女は誤解を解こうと必死だったが、それに反してミリカは興奮し、聞く耳を持たなかった。

「ッ殺す! 喰らえこのッ! 六華りっか‼」

「っ⁉ げほぁッ!」

 不可避であろう必殺の6連撃を放つと、とうとう少女に命中し、盛大に近くの壁まで吹き飛ばした。

「ビンゴ〜〜♡」

 ミリカはカタルシスを獲得して、物凄くなるような形相だったのが、パッと花咲くように変化した。

「おえっ……えほっ、げほぉッ、げぇっ……」

 少女の鳩尾に入った一撃が、壁にしたたか打った背中が、泣きたくなくても涙を出させた。

「あらぁ、泣いちゃったぁ♡ かわいそぉ♡」

 ミリカが飛び跳ねながら心底嬉しそうに言い、止めを刺そうと少女に近づくと、横顔に痛みが走った。

「……は?」

 ニッコニコ笑いだった表情が固まった。

「て……テメェ〜〜〜ッ‼‼」

 乱入した何者かに顔面を蹴られ、正体を視認したところで、ミリカの怒りは最高潮に達した。

「げほっ……ノ……ノア……っ⁉」

「助けに来たの! もうぼくも戦えるよ!」

 ノノアと呼ばれたのは、少女と良く似た、7歳くらいの子供だった。

「危な……っげぼ! ノノア……だめ……」

 身をもって対象の危険さを知っていた少女は、ノノアに伝えたかったが、思うように発声できない。

「へ?何……」

 案の定、伝わらなかったし、ミリカは一瞬でノノアの目の前まで距離を詰めてきていた。

「……よっぽど先に死にたいのねぇ?」

 顔面を蹴られた返礼としてミリカの放った一撃は、小さな体を易々と吹き飛ばし、先刻同じように飛ばした少女の近くに落とした。

「うわああああ!!ノノア!!!!ノノッ……!!」

 少女が叫んだ。

 ノノアはうつ伏せになって、苦しそうにだが、辛うじて息はしているようだった。

「苦しい? 坊や、今楽にしてあげるわねぇ……」

 猫撫で声で話しかけて、ゆっくりと近づき、躊躇なくトドメを刺そうとする。が、そうはさせまいと、ノノアをかばうように両手を広げ、少女が立ちはだかった。

「や、めて……!」

「ん? なぁに? やっぱりあんたから死にたいという訳かしら?」

 この時、ミリカは完全に冷静さを欠いていたので気付かなかったが、少女の髪の毛は黒く染まりつつあり、バチバチと黒い稲妻が周囲を走っていた。

「例え私が死のうとも、この子に手は出させない……!」

 立っているのも辛いだろう負傷だが、ミリカを鋭く睨む赤い目には、迷いや恐怖など無いようだった。

 絶対に敵わない猛獣を前に、何故立ち向かえるのか、ミリカは不思議だったが、その答えはすぐに出た。

(っ……あぁっ!)

(わたくしは……私はこの目を知っている)

 ミリカが浮かべていた薄笑いが消えて、次に、少女へ止めを刺そうとしていた手が止まる。


「お姉……ちゃん、ごめん……」

 ノノアが倒れた姿勢のまま、消え入りそうな声で言った。

「大丈夫だよ、ノノア……お姉ちゃんが……守ってあげるからね……」

 少女は、ミリカから目を離さずに、そう宣言した。

(そうだ、在りし日のお姉様と同じ目だ……これは、守ろうとする姉の目だ)

 ミリカの眼に涙が溜まって、表情が崩れた。

(妹を守る、姉。この構図は、かつての私たち姉妹と同じ……)

(お姉ちゃん……大好きだよ……あぁ、会いたいなぁ……)

 ミリカは、自分と姉を、目の前の少女たちに重ねて見ていた。

 更に、敵とは言え年端もいかない子供たちを虐待している自分は、憎い父親と同じでは無いのかと、酷く後悔して涙を流した。

「わたくし、こんなことしてっ……ごめんなさい、お姉様」

 ミリカはその長身を折り、跪いて少女を抱きしめると、謝罪した。

「……?」

 少女は訝しみながらも、意識を保つ限界が来たから、ミリカの大きな胸の中で気絶した。

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