お嬢様と鶏の脚

 アエスヴェルム旧市街、数年前の大厄災で、魔族によって滅ぼされた区画だ。まだ復興途中で国の管理が行き届いていないから、浮浪者、無法者、邪教徒、薬物中毒者等、様々な人の受け皿となっていた。

 そんなスラムの一角にある酒場へ、多少煤けてはいたが、美しい花がやって来た。

 酒場の客が全員、息を呑んで止まった。ミリカが美しすぎるから、と言うのもあるかも知れないが、主な理由としてはドアを蹴り破って入ってきたからだった。


「情報をよこしなさい、金はない」

 ミリカは店内を見まわしてから、情報屋を見つけるなり近づいて、襟首を両手で掴み、単刀直入に言った。

「なんだぁ、あんた、穏やかじゃないねぇ」

 全体的に茶色いコーディネートの、薄汚れた情報屋は「こんなような面倒事は俺にとって日常茶飯事だ」と言わんばかりの余裕の笑みを浮かべていた。


 「ん? ……あんたまさかミリカ・グレイス? すげぇ! 金が歩いてきやがった! 皆、今日は俺のおごりだぜ!」

 客達は、何のことか良く分からなかったが、おごりと聞いて一瞬にして沸き上がった。ここでの情報漏洩防止にはこれが一番だった。

「で、お嬢様? 何が知りてぇんだ?」

 ミリカは、ろくに情報屋の足を地に着かせないまま、姉の不可思議な病について語った。


「……というわけで、時間の病について知っているものは居ない?」

「時の病ねぇ……てか、グレイスってのはすげぇな! この俺に何も情報が入って無いとは! へぇ、長女さんがご病気…ぎゅッ!」

「家の事なんてどうでもいいから、早く喋れ」

 襟首を持つ両手に、ぎりりと力をこめるミリカ。

「ぐぇっ、たまに聞いたことくらいはあるがよ……に頼むとか? 治ったのは聞いたこと無ぇよ」

 治らない。なんていうのは、ミリカの欲しい情報ではなかったから、こめかみにある血管が露になってくる。

「役に立たないわね、くびり殺すか」

 眼輪筋を痙攣させながら、なお両手に力をこめようとした。

「おべっ……そうだ! ここんとこ情報の取り合いになる奴らがいてよ……」

「ちょっと前に、ここらをうろついてたのは『黒フードのチビ』だが、正体は尻尾すら掴ませねぇ。かなり力のある組織だな、ありゃあ」

「拷問して殺すならそいつらにしなよ、っな?」

「『黒フードのチビ』に『組織』……か。芋づる式に聞き出せって事ね」

「へへ、そういうこった。そうだ、この情報はおまけだが、そろそろ大規模な捕獲作戦があるらしいぜ。」

「捕獲作戦? 何のかしら?」

「あんたのだよ。数は百以上ってことらしい。」

「……そう。ところでお金は本当に良いのかしら?」

 言ったが、ミリカに手持ちは無かった。払えと言われたら、両手の力を強めるしかなかった。

「あぁいいよ、大したこと教えてないし、捕獲作戦の連中に、あんたが来たって情報を売るだけで一攫千金だからな」

 どれだけ窮地に陥ろうとも、情報屋の下卑た考えはぶれなかった。

「なるほど結構。ご親切にどうも、下種野郎」

 ミリカはようやく情報屋の足を地に付けさせると、襟首の代わりに、卓上へ置かれた大きい鳥の腿肉焼きを掴んで、踵を返した。

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