最愛の姉、ピアニ
ミリカは、商業都市ブーケガルニの中でも大商家であるグレイス家に次女として生まれ、次期当主として世間に恥じないよう、幼い頃からあらゆる武芸・学問・教養・作法を叩き込まれた。
一切の無駄を省かれ、自分のための自由な時間を持たず、機械のように家の教えの通りに生きてきたミリカは、その日まで反抗的な態度をとったことが無かった。
「お姉様の病状はどうなんですの⁉」
姉が原因不明の病に倒れてから、何度も尋ねた疑問だった。いつも明確な答えが返ってこなかったから、この日は半ば叫んで、母に談判した。
「じきに良くなりますわ、だって世界中の学者先生に診てもらってるんですもの」
去る母に、肩を落とし、震えるミリカ。
「じきに、というのは、具体的にいつですの……もう、もうお姉様には時間が……」
「何か呪いとか、そういった類の可能性はありませんか」
ある時は、そういった可能性も疑って、父親に聞いた。
「呪い? あるわけないだろう、馬鹿馬鹿しい。金に糸目は付けていない、これで駄目ならば、為す術はない。もうその事について話しかけてくるな、時間の無駄だ。大体、私に話しかける時は予約をとれ予約を」
無下にされ、父の部屋を退出したミリカは、怒りに震えていた。
「確かに、そうですわね……もしも『呪い』なんてものが存在するのならば、もう、あなたは生きていませんものね……」
「……確かに、話すだけ時間の無駄でしたわね‼ ああもう! 馬鹿ですわ私は!」
ミリカは、怒りでどうにかなってしまいそうだったが、何とか押さえつけることに成功した。その代わりに何故か、屋敷の中庭にあった巨石の置物が、一夜にして粉々に破壊されていた。
幼い頃から、常人では精神と肉体が崩壊するような、地獄のようなカリキュラムでの教育を受けてきたミリカの身体能力は、人間のそれを軽く凌駕した。
獣人族……ルナーであることを念頭に置いたとしても、破格、というか異常な身体能力だった。
それと同時に、学術、知識、礼儀作法、どれ1つとっても完璧だった。完全体の淑女だった。
「わたくしがここまで我慢ができたのは、親愛なるお姉様のおかげ。ですから、お姉様のためなら、なんだって致しますわ‼」
物心ついた時から現在までの、姉との柔らかな思い出が、走馬灯のように浮かぶ。
「あなたはミリカっていうのよ、私がおねえさん!」
生まれたばかりのミリカと、お姉ちゃんぶるピアニの光景。
「ミリカはまだ小さいの! いじめないで!」
何か粗相をしたのだろうか、父親に教鞭で折檻されるミリカを、両手を広げてかばうピアニ。
「ごめんね、ミリカ、私が病弱だったばっかりに……」
虐待じみた教育によって、毎日ボロボロになって帰ってくるミリカを、抱きしめて撫でるピアニ。
「わたくしなんかが、お姉様の代わりになれるのならば、こんなのへっちゃらですわ」
父が、跡取りにするのは健常な方と定めていたから、病弱だったピアニは不適格と判断され、ミリカはその姉の分までしごかれていた。
だが、自分に唯一優しく接してくれる姉の代わりに、拷問のような教育を受けることを、ミリカは苦に思わなかった。
商売一筋でほとんど家に居ない父や、体裁ばかり気にする母と違い、ミリカにとって、姉は唯一無二の心の拠り所だった。
「ミリカ、わたしのほうが妹みたいになっちゃったね……」
少し前に発覚した、未知の病によって、とうとうベッドから起きられなくなってしまったピアニは、力なく笑った。
(お姉様は、お姉様ですわ……いつになっても、どんな姿になっても……)
(だから……だからまた、わたしの頭を撫でてよ、お姉ちゃん……!)
今までの姉とのやり取りを思い出して、少しだけ泣くと、それから決意して姉に誓った。
「……『時間と共に若返る病気』だなんて。やはり学者では……お金では解決できませんわ」
「私が必ず治す方法を見つけ出しますから……」
すっかりと『幼くなった』姉の寝顔に別れと誓いの挨拶をし、ふわりと、音も無く窓から飛び降りた。
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