巫女と少女
アンテセッサを退治した頃には、夜のとばりが降り始めていて、辺りはすでに薄暮となっていた。このまま下山するのは危険だったため、露営することになった。
リザリィが、ノースポール伝統のシェルターである、雪の寝床を作っている間に、ぽつぽつと話していた。
「あのね、ノワールちゃん。ありがとうございました」
護身用の短剣を、器用に扱って雪を均しながら、リザリィがお礼を言った。
「どういたしまして! 私は正義の一員として、当然の行いをしたまでのことだよ!」
ノワールも、頼まれたとおりに雪の塊を集めながら、返事をする。
「うぅん、それもそうだけど、私に決心させてくれたことです。……今まで、何故か外に飛び出す勇気が湧かなかったんです。里を出ようと思えば、出られたはずなのに」
「でも、あなたが教えてくれました。大きな敵に立ち向かう勇気を。掟なんていう鎖を、振りほどく勇気を。もう何と言われようと揺らぎませんから」
「あの、私のこと……好きにしてくれていいですからね」
リザリィは、里に同世代の友達も居なかったし、不意を突いて出た台詞も恥ずかしかった。恥ずかしくて頬を真っ赤に染めながら、ばれないようノワールの顔を見ずに、作業をしつつ宣言した。
「好きにしてって……つまり、うちにきてくれるの? やった! でもお爺ちゃんはどうするの……? できれば納得済みが良いな」
ノワールは、家族というのは大切だと思っていたから、今後のしがらみがないよう、合意を取り付けたかった。
「……いざとなったら、『最終手段』しかないですよねぇ……でもあれって失敗するとどうなるんだか……」
もごもご言いながら、テキパキと雪を造形していく。
「さて、できましたよ! 疲れたので休みましょう! どうぞ、入ってください!」
ノワールが『最終手段』について不穏がるのをよそに、雪のブロックを使い、二人が横になるには十分な広さの雪室が出来上がっていた。
「こんな短時間で、おうちができた! クオリスってやっぱりすごい!」
「いえ、これはクオリスの力は使ってませんから。ふふっ」
困ったように笑い、照れるリザリィ。
急造りの雪の寝床だったが、ノワールが思っていたより暖かく快適で、ゆっくり寝て、夜が明けてから里まで凱帰した。
「ただいま! おじいちゃん、やっつけたよ! 何とかという獣!」
「長、戻りました」
各々の挨拶をしながら、酋長の家に入る。
「あのアンテセッサを……その若さで、凄まじいまでの力じゃな……」
長は、大人の、しかもクオリスの中でも手練れであったリザリィの両親を凌駕した少女二人に、驚嘆した。
「それで長、頼みがあります。これで最後にします」
「良いよ、ノワールと共に外の世界を救ってきなさい」
「えっ⁉ 私、まだ何も言ってないですけど……」
突然の外出許可に面食らってしまうリザリィ。
「リザリィよ、ワシらは何じゃ? クオリスじゃろう。クオリアを診れば分かる。お前に宿るそれは、強靭な決意のクオリアじゃ。もうワシの言う事も聞かんじゃろう……」
「おじいちゃん……最悪の場合、記憶のクオリアを私の部分だけ抜く気持ちでいたけど……良かった、ありがとう!」
ノワールは「えっ、なにさらっと怖いこと言ってんの⁉」と思ったけど、クオリスジョークかもしれないから、口をはさまなかった。
「それにな、外界の人間……いや、ノワールに会って分かった気がする。人が人を信じられなくなったら、もう人ではない、それは怪物じゃ。怪物になっちゃいかん」
「ワシは、リザリィを、ノワールを信じるよ」
「おじいちゃん……」
リザリィがしんみりと言う。いざ外出の許可が取れると、途端に寂しくもなった。
「それに……それに、無理やり記憶を改竄されたくないしな」
「もー! 感動的な雰囲気が台無しですよー!」
言って笑い合うクオリス二人。ノワールは「そりゃ怖いわな」と思ったが、やっぱり口を出さなかった。
「冗談はいいといて、ノースポールのことは心配するな、魔族やら暴走した獣なんぞに、クオリスが負けるものかよ」
「うん、アンテセッサも退治しましたし、大丈夫でしょう。何かあったら、すぐに駆け付けますから!」
リザリィは、本当は少し心配だったが、キリが無いのであまり考えないことにした。そうして、持っていく荷物も全く無かったから、直ぐ様、ノースポールを離れることにした。
「……ノワール、孫を頼むよ」
「うん! 絶対に私が守るから!」
出口で長と村に別れを告げ、誓ってから先行するノワール。
「じゃあ、行ってきますね」
リザリィが、そう手を振って背負った空は、ノースポールの気候としては珍しい、真っ青な快晴だった。
「おじーちゃーん! ありがとー! 」
長はリザリィが見えなくなるまで、ずっと見守っていた。
リザリィもまた、祖父が見えなくなるまで、ずっと振り向いて手を振った。
こうして、リザリィ・ノースポールは、ノワールと共に世界の運命を変えるべく、長い旅に出たのだった。
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