お姉ちゃんとノノア

 魔獣が双子に肉薄するよりだいぶ前に、線上の地面が爆音と共に吹き飛んで、その4つ脚が止まった。

 次に双子の後ろから、物凄い勢いで煙を切って赤い影が走ったかと思うと、魔獣は胴体から真っ二つになって、今度こそ本当に息絶えた。

「え……? え?」

 双子は、何が起こったか分からないでいると、煙を割って、にっこり顔のミリカが現れた。

「はい、この剣、シノちゃんのでしょ♡」

 ミリカの全身は、魔獣の返り血で真っ赤に染まって、差し出した細剣も血塗れだった。

「こ、この剣でどうやって……?」

 シノは剣を受け取ったが、どうしてこの細剣で、あの魔獣を両断できるのか、理解できなかった。

『と、とにかくありがとう!』

「オラッ! この双子野郎! こんな危ねぇ奴に、ガキだけで挑みやがって!」

 二人がお礼を言うと同時に、後ろから来たレネィに、げんこつを喰らわせられた。

「まぁまぁ、結果的に無事でしたし、そんなに殴らなくても~……あら? そういえば、ノノはどこに行きましたの?」

 双子は今度こそ本気で泣き出すと、崖の方を指さした。

「んあー……こりゃあ降りるのすら……」

 レネィですら言葉を濁した状況だ。

「……ノノは殺したって、死ぬ訳ありませんわ。ほら、下の方は森林ですわよ」

 崖の下を見たレネィとミリカは、内心で絶望したが、諦めるようなことは言わなかった。


「いてて……うーん」

 本日2度目の昏倒から目が覚めると崖下で一人。やはり木々がクッションになったのか、受け身が良かったのか、多少の致命傷で済んだようだった。

 足は一切動かなく、感覚が無い。あらぬ方向に曲がり、血が流れ、どう見ても痛そうなのに、もはや痛みすら感じなかった。落ちかけていた日も、急速に傾き、夜はどんどんと更けていった。

「何、今の……⁉」

 時折聞こえてくるのは、無害な森の動物の鳴声だったが、動けなく抵抗もできないノノアは恐怖した。

「怖いよぉ……」

 辺りに立ち込めた暗闇が、いつもの何倍も心細く、泣きそうになったが、グッと我慢した。

「エル達は大丈夫かな……ノノアのせいで……」

 崖の上の双子達を気にして、浅はかだった自分を責めた。

 後悔も束の間に、遠方の茂みを揺らす音が聞こえたかと思えば、現れたのは先ほどの獣だった。絶体絶命の状況に、ノノアは為す術が無いから、殊更に怯えた。

「⁉ さ、さっきの奴……じゃない」

 先程の魔イノシシと同種だが、ノノア達が負わせたはずの傷が無かった。だが、人間に敵対し、害を成そうというのは変わらないらしく、じりじりとにじり寄って来る。

「ひぃっ……やだっ! いやっ、来ないで!」

 ノノアにしては珍しく、女々しい泣き言が出た。足が動かないから、手を使って後ろに這いずって、惨めにも生き延びようとした。

 魔獣がそんな姿を見て、可哀想だからやめよう、などと思うはずもなく、無情にも飛びかからんとした。

「ノノアッ! 大丈夫⁉」

 間一髪、あと少しで牙に刺し貫かれる、という所で助けが入った。

 助人は、ノノアとの間に割って入ったのと同時に、長剣で牙を突き崩すと、裏刃を返して牙を刎ね飛ばした。

「お、お姉ぢやん……」

 助けたのは言うまでもなく、姉のノワールだった。涙目になっていたからか、ノノアが今まで見た姉の中でも、特に神々しく、輝いて後光すら見えた。

 一方で魔獣は、自身のシンボルである牙を一本やられて、怒り心頭といった所だった。

 怒っていたのはノワールも同じで、左手を上に向けチョチョイとやって言った。

「来なよ、ノノアを泣かせた罪を償わせてやるから」

 挑発が効いたのか、いや効いてはいないだろうが、魔獣は愚直にも突進した。ノワールは極めて冷静に、体の軸を少しずらして躱すと、同時にもう1本の牙を、事も無げに切り落とした。

 牙という選択肢が消失した今、魔獣ができることと言えば、体当たりか噛みつきの2択だったから、もう勝負は決したようなものだった。

 ノワールは剣の切っ先を魔獣に向け、頭の右横で雄牛の如く構えた。

 直後、突進してきた魔獣へ、突きでフェイントを入れ足を止めさせると、その首を袈裟に斬りつけて落とした。


「全く、なんでこんな危ない事したのよ……」

 怒っているような、呆れているような、心配しているような語気を孕む言い方だった。

「……お姉ちゃん!……なんでここが分かったの……?」

「モカちゃんが教えてくれたんだよ、『どこから情報を仕入れたのか、ノノア達が勝手にリモラ丘陵の魔獣退治に行ったようだ、モカちゃんは必死に止めたが聞かなかった』ってね。帰ったらお礼言いなよ?」

 ノノアは、モカの発言に対し思う所はあったが、概ね合っているので何も言わなかった。

「そうだ、エルとシノは無事なの……⁉」

「別動だから分からないけど、ミリカさん達が動いてるから、きっと大丈夫だと思うよ。……うわ、あんた足グチャグチャじゃない!リサに着いてきてもらえばよかったよ……」

「二人が無事なら、良かった……」

 ノノアは、自分のことより双子のことが心配なようだった。

「……もう、しょうがない子なんだから。ほら、おんぶしてあげるから、掴まって」

 ノワールはノノアのそんな自己犠牲を厭わない様子を見て、自分と重なり内心複雑だった。

 姉に背負われたノノアは暖かくて、安心して、声を出して泣いてしまった。

「怖かったね、よく頑張ったね。だけど、どうしてこんな危ない事したの?」

「……早くお姉ちゃんみたいに、強くなりたかったから。あと、魔獣を甘く見てたんだ……」

 しゃくり上げながら、正直に話した。

「バカッ!ノノアに何かあったら私は……」

 ノワールも悲しくなって、泣きそうになったが、堪えて続けた。

「ノノアが危険な目に会わないように、あまり外には出さないようにしてたけど……ごめんね、過保護すぎた、お姉ちゃんのせいだね……」

「そんなこと無い! これはノノアが悪かったんだ! お姉ちゃんは悪くないよ!」

「……ノノア、自分なりに強くなる方法を探してたんだってね。それはね、とっても偉いよ」

「でも手っ取り早く、急速に強くなるってことはないからね、日々の積み重ねが大事なんだよ」

「うん、身にしみて分かったよ……今日は本当にごめんなさい……」

 ずり落ちてきたノノアを、「よっ」と背負い直してノワールは励ました。

「まー、過ぎたことを悔いてもしょうがないさ! 帰ったらリサに足の処置してもらって、一緒にお風呂入ろうね」

 

(たった一人の肉親、お姉ちゃん。扱いがひどいこともあるけれど、ノノアは強くて優しいお姉ちゃんが大好きだ)

 心地よい姉の背中に体を預け、意識が遠くなりながらも、夢見心地で1つの抱負を思い浮かべた。

(まだまだ足手まといだけど、いつかは強くなって、お姉ちゃんを守ってあげるんだ!)

「あ、まーた魔イノシシじゃん、飽きたわこいつ」

 突然目の前に現れた魔獣を視認すると同時に、ノワールは片手でバッサリサックリと退治した。

「……」

 しばらくは無理かな……と朧気に思いながら、今度こそノノアは気絶した。

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