ノノアとヤバいお嬢様

 強くなったか確かめるために、屋敷内を徘徊していたノノアだったが、機会はすぐに訪れた。

「げっヤバい、み、ミリカ姉だッ!」

 2階廊下にて、遠目にミリカ・グレイスを発見した。不意に現れた天敵に、つい反射で柱の物陰に隠れるノノアだが、既に手遅れだった。というか、アンリの魔法で全身がキラキラしていたから余計に目立っていた。

「何が『げっヤバい』んですの? ノノ。わたくしの顔のことをおっしゃったのかしら? それとも性格のことをおっしゃったの? んん?」

 ミリカは結構あいていた距離を一足で詰めると、壁を背にするノノアの目の前に立ちはだかって、いつものニコニコ顔で、でも声は全く笑わずに首を傾げていた。

「あ……あ、あ……い、いえ……その、存在がというか……」

 巻き毛のボリュームある赤髪が、ぐっと迫って、クラクラするような良い匂いが鼻をくすぐる。更に肩口と胸元が、大胆に開いたメイド服なので、目の前で揺れるそれに、ノノアは少し目のやり場に困って逸らした。

「何、目を逸らしてますの。それにバカみたいに体をお光らせあそばして……ノノ、以前からわたくしのこと、お嘲繰ちょくってますわよね?」

 先ほど魔法をかけられて、全身からアホみたいに光を放って歩くノノアに立腹して尋ねた。

「いえ、そんな……滅相も……」

 ノノアは、ミリカと出会った時に負わされた心的外傷(もちろん体的にも全身ボキボキになっていたが)によって、彼女に対して覆し難い苦手意識があった。

 だが、今日は違った。それはもう、魔法でキラキラと光り輝いていたから。

「わ、わーっ‼ こ、こんな生活もう嫌だ! 今日こそ過去のノノアと決別するぞッ‼ ミリカ姉、覚悟‼」

 トラウマを払拭するべく、キラキラ光る根拠不明の勇気を振り絞って挑んだノノアは、言いながら早速、ミリカへ拳を繰り出した。

「あぁんっ、その眼、お姉様にそっくりですわ……ゾクゾクしますわねぇ~♡」

 ミリカは頬を左手に置いたポーズのまま、後ろに飛び退いた。

「ほらぁ♡ 遅いですわよ〜、次はもっともっと早く打ちなさいな」

 ミリカは特有のをつけながら、右手で手招きして挑発した。

(ダメだ、普通にやっても当たらない! 全力で飛び込んで、びっくりさせてやる!)

 ノノアは下半身にありったけの力を込めて、機を見計らった。

「ふぁ〜ぁ、まだ来ませんの? ノノ、あんたの強みはその手数ですわよ。それなのにこんな退屈な真似──」

(今だッ‼)

 口元に手をやるが、口をそれほど開けずにあくびするミリカに、全身全霊を両の脚に込めて飛び込んだ。

 決着は一瞬だった。猛烈な勢いで飛び込んだノノアの拳とミリカの手刀が交差して閃くと、ノノアが気絶して倒れた。すると体に纏わりついていた魔法の光も、霧散して消えた。

「ふふっ、ざぁこ♡ わたくしに楯突こうなど、10年早ぇのですわ♡ ……しかし、ここ最近、なかなか拳が早くなってきましたわね、楽しみな子ですわ♡」

 ウキウキとその場を去るミリカ。結局、ノノアのミリカに対する苦手意識を克服する機会は、また次へと延期となった。

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