ノノアの治療と光る魔法でキラキラ

「リサ姉ー、腕から血が出たよぉー」

 腕から血を滴らせて、やってきたのは通称『治療室』だ。その個室に、座って微睡んでいたのはリザリィ・ノースポールだ。治療室とは呼ばれているが、リザリィの自室である。

 前髪を揃えた薄茶色の長髪。表情はいつも柔らかく、北国出身だからか、いつもメイド服の上に厚手のコートを纏っている。いかにも温和な雰囲気で、リザリィの周りの空間だけ、時間がゆっくり流れているように錯覚しそうな程だった。

「ふあー、眠……あ、のあちゃん? えっ、うわー、腕から血が出てますよ?」

 微睡みから覚めたリザリィは、さっきノノアが伝えたことを、まるで車輪を再発明するかのように発見した。

「これは大変です!痛いでしょ、待っててね」

 リザリィが急ぎノノアの患部に手をかざすと、赤黒い煌めきが抽出され、同時に痛みが体から抜けていった。

「痛みのクオリアを抜き取りました、あとは止血ですね」

 言って抽出した煌めきを空中へ投げ捨てると、それは音も無く霧散した。

 次はどんな技が見れるのか、ワクワクしながら待っていると、今度は棚に置いてある布を取り出して、それを患部に当てて、ぎゅっと縛った。

「……いや普通ー! もっと"能力ちから"を使うの見たかったのに」

「んー、普通が一番です!」

 リザリィの一族クオリスは皆「クオリア」と呼ばれる「物の感じ」を使役できる。対症療法として、熱や痛みを取り除くことはできるが、原因を直接解決するのは得意でない。

「最後に生命のクオリアを注入して、自然治癒力を高めて仕上げです!」

 部屋の窓際で育てている鉢植え植物から生命のクオリアを抽出すると、それを縛った布の上から付与した。どうやらノノアの怪我は治ったらしいが、代わりに植物は、灰のようになって崩れた。

「リサ姉、ありがとう!」

 ノノアは何とも無くなった腕を数回、曲げたり回したりしてから、笑顔で言った。

「どういたしまして! ところで何の怪我だったんですか? 転んじゃったのかな?」

 リザリィは普段、結構転ぶことがあったから、心配して聞いた。

「ううん、ノノア、強くなりたくてさ……レネ姉と組手してたら、投げナイフに当たっちゃったみたい」

「なにー! もー全くあの人はー! ナイフなんて危ないじゃないの!」

 もっと危ないものも撃ってきてたんだよなぁ、とノノアは思った。

「それよりリサ姉、ノノアにさっきのいっぱい入れてよ! 強くなれるかも!」

「あ……それは……ダメ、なんです」

 深刻そうに言った。過去にあったクオリア過注入の事故を思い出していたからだ。

「あまりやると、声が野太くなるんですよ……」

 蚊の鳴くような震え声で言ったから、ノノアは聞こえなかった。聞こえなかったけど、なんだか深刻そうだったから聞き直さなかった。

「そっか……諦めよう。リサ姉、怪我を治してくれてありがとう‼」

「はい! 怪我しないように、気を付けてね! でも、怪我したらすぐに来るんですよ~!」

 二人とも「ばいばーい!」と元気に手を振って、ノノアは治療室を後にした。



 ノノアが治療室から出て、先ほど破壊があった中庭を通りかかったが、違和感に気付いた。

 中庭のベンチに、自室のベッド以外では滅多に見かけることのない、アンリ・テルミドールが居たからだ。それも微動だにせず、目を開けたまま、膝を抱えて横になっていた。

「アンリ姉? ……起きてる?」

「……起きているとも言えるし、起きていないとも言える……」

 長い黒紫の髪の毛をベンチの下へ垂らして、眠たげな赤の瞳を、さも面倒くさそうにノノアの方へ移して言った。

「え、起きてるよね……? そうだ、丁度良かった。アンリ姉、ノノアを手っ取り早く強くする魔法をかけてよ!」

「よろしいでしょう……ほいっ☆」

 アンリが横になったまま、左手を動かしてほいっとすると、ノノアの体がキラキラと光りだした。

 誰も詳しくは知らないが、アンリは魔法使いのようだった。対象を体内から爆散させたり、はたまた任意の場所に空間転移をできたから、良く分からないが、魔法使いだということに落ち着いていた。

「す、すごい手っ取りばやい! アンリ姉、これ、体が光って……どうなったのこれ⁉ 無敵かな⁉」

「か、体を、光らせた……ぐっ……つ、疲れた。力を使いすぎたようね……」

 ノノアが自身の変化は何なのか聞いたが、返事が返ってくる前に、アンリは息も絶え絶えに力尽きて、寝てしまったようだった。

「寝ちゃった。強くなれたのかな……? 試しに誰かと手合わせしたいな……」

 ノノアが、全身をキラキラさせながら、対戦相手を探しに歩き出した。その少し後、エリクがやってきて茫然とした。

「あ、あれ⁉ 珍しく起きてたから、アンリさんの魔法でササっと直して貰おうと呼んだのに……全然直ってないし、寝てる⁉ なんで⁉」

 アンリはひとたび寝始めるとしばらくは起きないため、途方に暮れるエリクだった。

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