突然の別れ

 ルブルムの案内で、しばらく進み、森の外に抜けようとするノワールだが、出口にあたる場所に魔物が巣食っていた。

 最初にルブルムを襲っていた植物型の魔物。それを何十倍にも大きくしたものだ。違うのは、茨の触手があることと、しっかり根が張って、自走できそうにない事だった。

「どいて! ……って、言っても無駄だよね」

 そうだよ、と言わんばかりに両の触手を掲げて威嚇する魔物。

「だったら、刈り取るしかない!」

 ノワールはこれまでの戦いで、効率の良い戦闘方法を学習してきたから、まずは相手の出方を窺った。相手の攻撃を誘って、隙をついて反撃する。これが今のところ、最も効率的な動作だった。

 びゅっ、としなった1本の触手が、ノワールの頬の横を通り過ぎた。知覚できずに驚いて、一瞬遅れて飛び退いたが、彼女の柔らかい頬からは鮮血が流れ出た。

「うわっ、わぁっ! びっくりした!」

「早い……けど! あの根元を見れば、どこ狙ってくるかは分かるね!」

 軍隊が放つ矢の如く、降り注いでいた触手の攻撃だったが、初撃以降の成果は芳しくなかった。側転、跳躍、後転と、ノワールの軽業によって、ことごとくが地面に突き刺さった。

 魔物は、なかなか仕留められない獲物に痺れを切らしたのか、左右から横に触手を払った。

「ぜぇ、ぜぇ……ばーか! ずっと「突き」を続けてればノワールが疲れて当たってたのに! ぜぇ……」

 ノワールは今回も相手の隙を見逃さなかった。横薙ぎに合わせて剣を滑らせ、逆さに高く跳躍すると、魔物の両触手を切断した。

「はぁっ……はぁっ……」

 そのままの勢いで、攻撃の手が止んだ魔物の頭を切り離し、決着はついた。

「はぁ、なんとか……はぁ、やっつけた……! ルブルムさん、平気だった?」

 下を向いて、肩で息をしながら言うが、ルブルムは答えなかった。出口の方向を見つめ、震えるばかりだった。

「そう……今のやつより、怖いやつが居るんだね……でも、ノワールは行かなきゃ! ルブルムさん、ここまで本当にありがとう!」

 ノワールはありったけの感謝をルブルムに伝え、もうすぐ近くまで来た合流地点へと、一人向かうのだった。


 クラウスの進んだ方向、リモラ丘陵はミントグラスの北から北東に広がる丘陵地帯で、これまでは何の変哲もなかった。だが、クラウスと異形の通った跡は壮絶だった。

 木々はなぎ倒され、地面はひしゃげ、所々から火の手も上がっている。

「地面を走る衝撃波に……火まで吐きやがる!」

 器用にも走りながら迫りくる火球を躱すクラウスだが、息はあがり、その全身の至る所から血が流れていた。

「まずいな……このままでは……」

 逃げ回りながら、近くに折れ飛んできた木を使い、反撃を試みてはみたものの、無駄だった。鋼鉄製の丸太を叩いたような手応えで、一切の抵抗を受け付けなかった。

「これでは剣があっても、徹りはしないだろうな。ここまでか」

「俺はどうなっても良いが、最期に、この子とノワールだけは守りたかった……。役割を果たしたかった……」

 クラウスは決して騎士道を諦めたわけでは無かったが、冷静に状況を判断した結果として、心底無念そうに呟いた。

 避けきれない最後の火球が迫り、赤ん坊を庇った騎士の背中を焼いた。


「お兄ちゃん!」

 もくもくと黒煙があがり、やがて晴れる。森を抜けたノワールが、ちょうど到着したところだった。

 クラウスは火球の直撃を受け、赤ん坊を庇い、立膝の姿勢のまま事切れていた。倒れなかったのは騎士としての屈強な矜持だろう。

「え? 何……? 嘘、だ……」

 ノワールは状況が理解できなかった。一見して、無事なようにも見えた。

「お兄ちゃん? へ……? おにい、ちゃん……?」

 声をかけたが、返事が無い。

 理解を拒んだ。わかりたくないのに、何故か涙が溢れた。

 ふと、クラウスの後ろに目をやると例の化物が見えて、とうとう理解したが、逆に何も解からなくなってしまった。つまり我を失ったのであった。

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