ルブルムの森

 しばらく鬱蒼とした林道を走っていると、ノワールの視界に異様な光景が映りこんだ。

 1体の魔物らしき者を3体の魔物が取り囲んで、危害を加えている。急いでいたし、関わり合いになりたくは無かったが、放ってはおけなかった。

「やめなよ! その子、嫌そうだよ!」

 話し合いで片が付けば良かったが、そうもいかないようだった。一見、植物かと見まごう3体の魔物は、声のした方に向き直ると、問答無用で襲い掛かった。

 ノワールは後悔した。剣は重いし、魔物達は素早かった。言ってから怖くなって、無我夢中で剣を振り回そうとしたが、重みで自分の体ごと回転してしまった。

 そんな折に、運悪く魔物のうち1体が、回転するノワールと剣に巻き込まれて息絶えた。

「え……やっつけた⁉」

 ノワールは手応えを感じ、もう一度、剣を思い切り横薙ぎにした。

 1回転して、剣の重さに身を任せたノワールの体が浮くと、やはり1体に当たり、息の根を止めた。

「やった! これならノワールだってできる!」

 腕力と体重が釣り合っていないために、剣を振るうたび、重さに負けて引っ張られていた。

 味を占めたノワールは、得意気に剣を振り回すと、身を任せて回転し続けた。最後に残った魔物は、狡猾なのか用心深いのか、回転する凶器に近づくことはしなかった。

 何回か回転を繰り返すと、ノワールは気持ち悪くなって停止した。止まったところに魔物がやってきて、花弁のような口で、ノワールの腕に噛みついた。

「痛いっ! ダメだ! ……こんなやり方じゃ通用しない!あいつを良く見て、当てるんだ」

 振り抜けると、全身が振り回されると理解したノワールは、全腕力を使って、途中で止めてみた。すると、体勢は崩れるものの、何とか重い剣を振ることができたので、これで応戦することにした。

 最後に残った一匹は、更に慎重を期していた。二匹もの同胞が、あっさりと凶刃に斃れたのだ、激しく怒りながらも冷静だった。そのためにノワールの編み出した、急ごしらえの剣術は中々当たることが無かった。

(どうしよう、どうすれば当たるんだろう……)

「痛ッ!」

 剣を振り回した際に、隙を突かれ、再度噛みつかれた。

「いたたっ!」

 噛まれると痛いし血が出るし、近寄って欲しくなかったから、剣を振り回すが、また噛みつかれる。

(こいつっ……ノワールが剣を振る度に……んっ? あ、分かった!)

 何かを思いついたノワールは魔物と改めて対峙すると、剣の切っ先を地面に向け構え、大きく息を吐き神経を集中させた。

 しばらくは、じりじりと緊張した時間が流れた。お互いに機を窺って動かず、ノワールの尻尾だけが、ひらひらと動いていた。

 ある瞬間、緊張に堪えかねたのか、魔物が尻尾に噛みついた。正確には噛みつこうとしたが、それは叶わなかった。

 ノワールは魔物が飛び込んできたのを視認すると同時に、尻尾ごと身体を1回転させ、その回転力を剣に乗せて切り上げた。驚異的な反応速度で、これには魔物も成す術が無かった。

「やった! ちゃんと当たった!」

 こうして最後の一匹は、噛みつこうとした体勢のまま、空中で両断された。自分も相手も、攻撃しようとする動きが一番の隙になるのだと、ノワールは学習した。

「はぁっ……やっつけたよ! 君、大丈夫?」

 初めて振るった剣にしては、上出来と言える捌きだった。クラウスがこの場に居たならば、きっと褒められていた所だろう。

 助けた魔物は、ノワールと同じくらいの身長で、縦長の大きな耳のあるルナーの様だった。鍔広の帽子を目深に被って、顔を伺わせない。様々な模様の布を体に巻いて服としているのだろうか、肌の一切出ない、奇抜な恰好をしている。

「……!」

 敵意は無いらしく、嬉しそうに跳ねた。また、言葉の代わりか、鈴の様な音があたりに響いた。

「あなた、ルブルムって言うの?」

「この森を抜けて、ミントグラス? に行きたいの!」

「助けてくれるの? ありがとう! 実は心細かったんだよ……」

 1人で矢継ぎ早にまくしたてているが、どうやら電波のようなもので交信している様だ。その証拠に「ルブルム」はノワールに着いてくるようになった。


 ノワールは歩みを進める内に、数体の魔物を退治した。先程まで、剣を持っただけで倒れていたとは思えない成長ぶりだ。とは言っても、大抵は全体重をかけて振り回して解決しただけだった。

 重い剣だろうと、力の入れ方によっては、非力な自分でも充分に扱えると経験で知ったのだった。

 1区画ほど進んだ森深い場所で、ルブルムが行き止まりに見える茨の茂みを指差した。

「あっち? 近道?」

 ノワールの問いかけに、ルブルムは頷いた。飛び跳ねて鈴の音を発すると、植物が道を開けてくれた。

 茂みを抜け、少し広い空間に出ると、そこは小さな集落のような場所だった。大小、様々な模様の布で、三角錐に形づくられた住居は、ルブルムの住処だということを示していた。

「わぁ……すごくきれいな所だね!」

「……!」

 ルブルムが合図を出すと、一斉に住民達が飛び出し、音で謝意を述べると共に、ノワールを激しく歓迎した。

「う、うわぁー! やめ……落ち着いて!」

 揉みくちゃにされたノワールが言うと、素直にもルブルム達の攻勢は止んで散り散りとなった。

 残されたのは、助けたルブルムと、大量の果実や木の実、それと先ほど出来たノワールの怪我に巻き付けられた布飾りだけになった。

「くれるの? ルブルムさん達、ありがとう!」

 ノワールはルブルムから貰った食料を、たらふく食べて、先を目指すのだった。

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