少女と剣

 林道を抜け、ミントグラスへ入る3人。

 魔物の数や質も、クラウスが片手で処理できる程度に落ち着いていた。飛来する小さな魔物をいなしながら、少し前から断続的に続いていた微かな揺れを不審に思ったその瞬間だった。

 微震は唐突に、轟音を伴った激甚な揺れへと変わった。

 到底、立っていられないほどの揺れで、地面も崩落し始めていた。ノワールは反射的に跳躍し難を逃れるが、両手が塞がったクラウスはそうもいかなかった。

 急に立っていた地面が船の帆程の高さまで隆起し、体勢を崩したクラウスは、片手に抱いていた赤ん坊を庇うため、咄嗟に剣を離してしまった。

「……っまずい!」

 金属の落下音が響くと同時にクラウスが叫んだ。震動は短時間で収まったが、圧巻と言うべき崖を形成しており、それによってクラウスとノワールは分断される形となった。

(クソっ、どこか降りられる場所は……無いか)

 クラウスは即座に周囲を確認し、おかれている現状を察すると、一瞬だけ頭を抱えた。しかしすぐに気を取り直して、崖下で慌てているノワールと意思疎通を図るため、普段あまり叫ぶことのなかった彼は叫んだ。

「ノワール! 無事か!」

 もはや遠目に見下ろすことしかできないが、コクコクと頷いて、無事をアピールしているのが確認できた。

「あっちに森が広がっているだろう? その森を抜けた先に、村の入り口がある! 俺も丘陵地帯を越えてそこへ向かうから合流しよう!」

「1人で……なんて無理だよ! 怖いよ!」

 ノワールは初めてわがままを言ったし、クラウスもまた、人からわがままを言われたのは初めてだった。

「怖い、か……そうだよな。ではそこに落ちている剣を届けてくれないか! このままでは俺も赤ん坊もあいつらにやられてしまう!」

「……分かった、届けるよ」

 泣きたかったが、こらえて言った。

「よく言った、いい子だ! なに、お前ならできるさ! 必ず無事で合流するぞ!いいな!」

 クラウスは言って名残惜しそうに一瞥をやると、音もたてず走って去った。

「怖いけど……絶対に届けなきゃ!」

 ノワールは決意を剣と共に握りしめ、森へと走り出した。



「ノワール……無事会えるだろうか……とにかく俺も合流地点へ急……」

 クラウスが走り出し独り言ちると、そいつは矢庭に現れた。

「こいつは……見たこともない。異界の魔物か、人為的な生物か、といったところか……」

 山のように大きな体に、いびつに細長い手足。皮膚とも鱗とも分からないツルツルな全身。クラウスが今まで対峙した、どんな化け物よりも巨大で不気味だった。

 怪物が両手を地面に叩きつけると、先ほど聞いた轟音を立てて地面が波打った。

「っこの……化け物め……!」

 クラウスは跳躍すると共に愚痴った。今まで立っていた場所は、無惨にも崩れ去っていた。

 背中に冷や汗が伝うのを感じたが、覚悟を決めて合流地点へ走り抜けようとした。



 一方、ノワールは目に涙をたたえながら走っていた。

 ノワールの小さい体に、剣は重かった。重量はもちろん、剣にかかる責任が両の腕に、全身にのしかかってくる。

 そういう意味のある剣だと理解していた。考えれば考えるほど、恐怖と焦燥で、どうにかなりそうだった。そんな不安感に追い回されるように、とにかく走った。

 だが同時に、不思議と力が湧いた。「クラウスお兄ちゃんは、私を助けてくれた。今度は私がお兄ちゃんを助けるんだ!」心の中でそう繰り返すと勇気も湧いてきた。

 そんな中、ノワールの大きい耳に、もう二度と聞きたくなかった地鳴りの音が聞こえてきた。

「お兄ちゃん……! 怖い……けど、急がなきゃ……!」

 クラウスの居るであろう方向からの音で、ノワールの心臓は更に早鐘を打った。

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