少女と騎士
「
賭けだったが、仕方が無かった。
このままでは自分が倒れて、少女を救うこともできないだろうことが分かった。そうして矢を弾き続けながら少女が了解する前に、合図はすぐに出た。
「今だ! 飛べ!」
魔物の放つ石羽根の矢が途切れた瞬間に、少女が後ろへ跳ねる。魔物が目でそれを追うのと同時に、クラウスは逆に跳んで魔物の視界から消えた。
自分の優勢と見て、油断していた魔物は明らかに動揺した。後ろに飛んだ弱い奴を狙えば、再度優位に立てる。だが、その間、騎士はじっとしているのだろうか。そう思って視線を消えた騎士の方向へ移すが、最早、そこに彼は居なかった。
「結構、汚い考え方をする奴も居るんだな、勉強になったよ」
頭上から声がした。そう魔物が思うと同時に、クラウスの剣が胴体を貫いた。そのまま落下して地面へ串刺しになると、魔物は息絶えて消滅した。
「よく指示通りに跳んでくれたな、ケガは無いか?」
ようやく魔物を叩き伏せたクラウスは、地面から剣を抜き取りながら、少女を気にかける。少女は無傷であったが、彼はそうもいかなかった。
「お兄ちゃん、血が……!」
羽の石矢を無数に受けたクラウスは、1つ1つは致命傷にならないものの、看過できなさそうな出血をしていた。少女は、クラウスが自分を庇って怪我を負っている事に気付いていた。
「お前が無事ならそれでいい。身を挺して国民を守る、それが騎士団員としての
クラウスは慣れない笑顔で少女の頭をひと撫ですると、再度歩き出した。
崩壊したアエスヴェルム市街地から西へ2区画程歩くと、広大な農地を持つ王国領『ミントグラス』を繋ぐ林道へ入った。そこには虫の鳴き声しか聞こえないような、静かな闇だけが広がっていた。
「見る限り、この辺りはまだ安全なようだ。お前も疲れたろう、少し休もう」
クラウスが剣を地面に刺して、そこいらに転がっていた倒木に腰かけると、少女も隣に座った。
騎士団に支給された携行食を半分に割って少女に差し出すと、少女はその灰茶色の塊を受け取って、裏返したり、回転させたりした。
クラウスは手元に残った半分になったそれを自分の口に運んだ。
(あ……これ、口に入れていいものなんだ……)
少女は食糧なのだと理解すると、クラウスの真似をして、土の塊に見えた携行食に齧りついた。
「どうだ? 不味いだろうが栄養は優れているそうだ、我慢して食えよ」
騎士団内でも不味いと有名なはずだったが、意に介せずパクパクと口に運び続ける少女に、クラウスは自分の携行食と見比べてしまった。
食卓をともにして、距離を縮めた2人は、ポツリポツリと話し始めた。
「お前、家は?」「分からない」
「その赤ん坊は?」「分からない」
「名前は?」「……分からない」
クラウスは、先程の闘いで複数負った傷に応急処置を施しつつ、少女に話しかけたが、どれも成果が上がらなかった。
(記憶喪失という奴か、街のあの惨状では無理もないだろうな)
心の中で、そう勝手に憐憫し納得した。
「名前が無いのは不便だろう。お前が思い出すまで……そうだな、''
煤けてはいるが真っ白のワンピースに、銀の髪と眼。同じ色の耳と尻尾。クラウスには命名のセンスが無かった。
それは本人も分かっていたし、子供に好かれる類の性格ではないことも知っていた。それでも今できる精一杯のことをしてやりたかった。
「の……わーる、ノワール! うん!」
そんなクラウスの想いが通じたのか、少女は命名を快く受け入れてくれた。結果的に以後、少女が元の名前を思い出すことは無かったので、一生「ノワール」と名乗り続けることになった。
「腕が疲れたろう、赤ん坊は俺が引き受けよう」
それから
布にくるまれていた赤ん坊の顔を見ると、ノワールと同じ色の髪の毛・三角の耳を持ち、血縁者と窺わせた。
一方ノワールは、空いた手で何か手伝えることは無いかと、地面に刺さった剣を覗き見た。
「ん? なんだ? 剣が気になるのか? 持ってみるか?」
剣を受け取ると、バランスを崩して転ぶノワール。クラウスが軽々と振るうのを見ていたが、持ってみると想像していたよりもずっと重かった。
「それは鉄の塊なんだ、ノワールにはまだ重いだろう」
クラウスは思わず微笑みながらそう言って、右手に剣を持ち、左手に赤ん坊を抱き、再び歩き出した。
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