Blanc␣Noir

石橋シンゴ

【D.C.1814】はじめの記憶

少女

 12年前のある日、それまで長い間平和だった世界は一変してしまった。

 人々が見たこともない得体のしれない外敵が、一斉に暴れだしたのだ。

 それらの襲来は対話などなく、一方的な侵略だった。小さな農村から、大陸で最大の栄華を誇った王都アエスヴェルムまで、例外はなかった。

 王都では世界最大の城に常駐していた最高の騎士・兵士をはじめとし、街の人々も総出で抵抗したが、どうやら無駄に終わってしまったらしいことが、城下街の荒廃具合から見て取れた。

 長く続いた平和の中で、人々は戦い方を忘れてしまったのかもしれない。

 そこかしこから火の手が上がり、宵の闇を染めていた。


 そんな廃墟と化した街に、煤けた白のワンピースを着た、5~7歳くらいの少女が居た。気が付けば、布にくるまれた、新生児の赤ん坊を両手で抱いて、居た。

「真っ赤な、ほのお」

「崩れた、たてもの」

「動かない、ひと」

「泣いている、赤ちゃん」

 少女は、その銀色がかった目に、映ったものを口走る。その眼に宿る感情は、全てが空虚だった。


「……あれは?」

 少女の目に、理解できない物が映った。

 空飛ぶ丸い生き物。初めて見る外敵。後にと呼ばれる存在だった。子供の頭程度の大きさで、角と羽が生えた種のものだった。

 目が合って程なくして魔物は大口を開いて牙を剥き、勢いをつけ飛びかかってくるが、少女は驚きながらも、その滑らかな銀髪と大きい三角の耳を揺るがせ、すんでの所で回避した。

 魔物は執念深く再三と突進してくるが、結果として少女の髪や尻尾を揺るがせることのみに終始した。

「大丈夫か!」

 少女を回避の単純なループから解放したのは、抜き身の長剣を振るう騎士だった。その男の剣は、少女に声を掛けるのと同時に、魔物を切り伏せた。

 男は背の高い、少女と同じく銀色の髪を持った、若い青年だった。端正な顔つきで、口を真一文字に結ぶ、その表情は見るからに不器用そうだ。

「まさか生存者が居るとは……お前、怪我は無いか?」

 男は不愛想に、だが優しく聞いた。

「だい、だいじょう、ぶ……」

 少女は伏し目がちにそう答えると、男は「そうか、それは良かった」と安堵したようだった。

 少女の無事を確認すると、魔物の攻撃を避け続けていた身体能力について驚嘆した。

「赤ん坊を抱えながら、あれほどに躱すとは尋常じゃないが……そうかなるほど、ルナーの子だったか」

「ルナー??」

 ルナーとは人以外の獣の因子を持つ獣人族のことで、普通の人間より身体能力に優れる種族のことだが、男は面倒だったのか急いでこの場所を離れたかったのか、少女の疑問について詳しく語らなかった。

「とにかく、ここは危険だ。郊外を抜けてミントグラスまで退避する。助けてくれる知り合いが居る」

 少女はこくんと頷くと、男の後ろについて歩くことにした。


 やや歩く度に、そこら中に魔物がおり、その都度、男は少女を庇いながら応戦した。

「何なんだ、こいつらは……頭が痛いな……」

「いや、そもそも俺は、騎士団は、今まで何を……?」

 男は、ぽつぽつと忌々し気に呟いたが、答えられる者は居ない。

「あ、あのっ、あなたは……あなたの名前は?」

 代わりに少女が男の素性を尋ねた。

「ん? 俺はクラウス。クラウス・R・グレイと言う。アエスヴェルム騎士団の一員だ。団はもう壊滅してしまったが……」

「……クラウス、アール……グレイ。騎士団……うん」

 少女は、これ程までに強いクラウスの所属する騎士団が、負けてしまったということに戦慄した。

「おい、気を付けろ。また奴らだ。さっきまでのより、でかい。少し手強そうだ」

 そう言うクラウスと対峙したのは、石のような鱗で表面が覆われた、空飛ぶ魔物が1体。体格も騎士団内で高身長に分類されるクラウスより、ひと回りは大きい。


 クラウスは剣を正眼に構えて、しばらく魔物と睨み合っていた。対して魔物は膠着状態に痺れを切らしたのか、様子見なのかは分からないが、両羽にある石の鱗を数枚、2人を目掛けて矢のごとく飛ばした。

 対してクラウスは魔物の方へ突進し、右後ろ腰に構えた剣を翻らせて石の矢をはじくと、そのまま頭の横へ剣を構え、突きを繰り出した。

 必殺の突きは、空へ逃げようとする魔物の堅そうな皮膚をかすめて削り取ったが、間一髪のところで致命傷は回避された。

「やはり手強いな」

 空中で騒いでいる魔物を睨んで言うと、次に魔物は、クラウスと少し距離が空いた少女を狙って石矢を飛ばした。

「……! 野郎、知恵もまわるのか」

 クラウスは急ぎ少女の前に立ち、剣で羽を弾き返すが、弾き漏らした複数の矢が軽装の体に突き刺さった。

 結果を見て、上出来だと満足げに騒ぐ魔物は、続けて矢を放つ。クラウスは少女を庇っていて、避けることができなかったから、前に立って矢を弾き、受け続けざるを得なかった。

 このまま庇い続けるにも限界がある。かと言って彼が、少女を見捨てることなどできなかった。


 苦肉の策として、クラウスは叫んだ。

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