【D.C.1825】金打哀歌(カナウチエレジー)

リィンズ工房

 鉱業、工業の町として栄えるカストラーダ。大陸東側に位置する、荒野の渓谷にある集落で、住民のほとんどが鉄鋼業、窯業、鍛冶に関する諸々の産業を生業としている。

 先の大厄災でも被害が軽微だった場所の1つで、堅牢な立地環境と職人達の荒っぽい性格、溢れるほどにあった武器や兵器が、他の街とは一線を画していた部分だった。

 また、他の地域には見られない特色として、集落南側に位置するコルディエライト遺跡にて火神を祀っており、信仰の力で大厄災を免れたのだという主張も根強い。


 そんなカストラーダの一画に、鍛冶工房を構えているのがリィンズ家であった。大きくも無く、小さくも無い、これといって特長のない工房であったが、1つだけ傑出した点があった。

 看板として働く、一人娘のレネィがとにかく美人であることだ。

 カストラーダの民は、男女ともに体が筋肉質でずんぐりしているという特徴があるが、レネィは違った。スラっと身長は高く、どこまで続いているのか分からないような脚の長さをしている。

 灼熱の鍛冶場はやはり暑いのだろう、分厚い作業着の前を外し、豊かな胸を曝けて、あられもない姿になっていた。

 髪の色や質も特異なもので、柔らかいピンクゴールドの絹糸が、火焼けした褐色の肌にキラキラと光り輝いた。キリっと上がった眉と、憂いを帯びた緋の眼には意思の強さが窺える。

 このような風貌は、カストラーダ民の男女どちらからも人気であり、レネィは羨望と憧憬の的だった。

「おう親父、何なんだよこの作業量はよ、テメーコラ! いい加減殺すぞ!」

 ただ一つ、幼い頃に母を亡くしたせいか、暴力的な言行が父親に似てしまい、絶望的に男が寄ってこなかった。ついに色恋沙汰も無いまま、21歳になってしまった。

「オメーがくたばれタコ! 大厄災以降、各地で鉄器の需要が爆上がりだからな、楽しいだろ! つべこべ言ってねぇで叩け叩け!」

 父のグィドが、手を止めているレネィを捲し立てる。

「金があっても暇だったら生きてる気はしねぇ、鍛冶仕事があるってのは良いことだぜ! 無心で鉄を叩いてると、生きてるって感じがするだろうが!」

「そりゃまぁ、なぁ~……」


 レネィは、鍛冶仕事が大好きだった。

 物心ついた時から、既に鉄を打っていた記憶ばかりだ。鍛冶に関して、当時から鍛冶の天才、鍛治神の加護を受けた神童と謳われる実力だった。

 しかし、ここ最近は飽きが来たのか、何か違う刺激に触れたいという気持ちになってきていた。このままの生活でいいのか? とか、自分には何か使命みたいなものがあるような、漠然とした感覚があった。

 もしかすると大厄災が転機だったのかもしれない。無数の魔物が襲い来る中、ある大人がレネィの作った鉄器を使ってそれらを退けた。

 自分の造った武器で、故郷を守ったという自負が生まれ、それから徐々に自分の造った武器で戦いたい、という気持ちが芽生え始めた。


「鉄剣4……これはミントグラスの『グラス屋敷』行き、よし」

「この作業が一番、死んでるって感じだぜぇー……」

 鉄を打つ作業を終え、発注ごとに仕分をしていたレネィは愚痴を吐いた。

(はぁ、相変わらずクソったれな日常だなー。もっとこう……何か、楽しそうなことねーかなぁ。)

 退屈な仕分梱包作業を続けながら思った。

(大厄災の直後はすごかったな、それまで一切無かった武器防具の発注が大量にきて……)

 当時のことを懐かしみながら、指差喚呼確認を続ける。

「具足12。鉄棍10。鎖鎧10。短剣16。鉄爪12。細剣10。ミントグラスの、グラス屋敷。よし」

「そうそう、こんな風に大量にね……っていくら何でも多すぎだろコレ‼」

 戦争でも始めるのかと言わんばかりの数量に、思わず叫ばずにはいられなかった。

「ぁん……? しかもこれ『グラス屋敷』……さっきのも全部同じところの発注か?」

(所在地は……ミントグラスね、知らねぇが、ちいせぇ町じゃねぇか。ますます怪しいぜ。ふん、興味あるね……)

 地図を指でなぞると、疑惑と好奇心が鎌首をもたげ、爆発寸前になった。この送り先で何が行われているのか、知りたい……というより、暴いてやりたかった。

「おい親父、この荷物、オレが届けに行っていいか?」

「ん? あぁ、エリクのとこか? ……構わねぇが旅費はあるのか? 配送業者なら定期便で安くあがるが、お前が行くとなると別だからな」

「あー……カネね、何とかして工面しなきゃな」

 レネィは金銭に興味が無さ過ぎて、相応に働いているのに、給料をもらった事が無かった。

 一方グィドにカネは結構あったし、頓着も無かったが、ただ甘やかすのは違うと思ったから、こう提案した。

「まぁ頑張れよ、工房は夜なら好きに使っていいから、鍛冶で稼いだらどうだ?」

「ただ、納期はぜってぇに守れよ、信用にかかわる。守れなかったら、溶鉱炉にブチ込んでハンマーにしてやるからな、覚悟しとけよ」

「あぁ、ありがとうな親父。納期は肝に銘じるよ」

 物凄くなるような会話だったが、双方ガッハッハと笑って、平和的に解散した。

「さてと、納期は11日後、ミントグラスへは……4日てとこか。つまり、出発までの猶予は7日ってワケだ」

「旅費は……詰めに詰めて4千チュールくらいか? となると1日約6百……きついね」

 レネィは自室に戻ると、地図と指で距離を測りながら適当に旅程を決め、残りの日数で大体の旅費を貯めることにした。

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