【D.C.1826】ノノア、がんばる

ノノアとお姉ちゃん

「ぐぇ~~~っ!」

 鳩尾に、木剣をしこたま叩き込まれたような嗚咽が屋敷に響き渡った。


 代々ミントグラスの領主であるグラス家、その現当主エリク・グラス達が住む屋敷。近隣からは、何のひねりも無く「グラス屋敷」と呼ばれ、親しまれていた。

 そんな屋敷の中庭で、二人のメイドが訓練を行っていた。

 訓練というのは、避難訓練とか、ましてや職業訓練なんかじゃない。戦闘の訓練だ。

 エリクは「大厄災」によって孤児となった少女と赤ん坊を引き取り、普通の子として育てていたが、次第に魔族との闘争を求め始めた。特に、姉のノワールに関しては、当初から魔族への敵愾心以外に感情を示すことが無かった。

 魔族に対する恨みはエリクも同じだった。また、これを足掛かりにノワールを正しい道に導こうという思いから、魔族悪人等防除業……つまり正義の味方を開始することになった。

 正式名称をグラス諜報特務執行機関。通称「正義の柱」と名付けられた組織は、悪人や魔族に本拠地を悟られないように、ありきたりな領主屋敷として振舞っていた。

 また、騎士団等の国営組織では人道的に行えないような方法も採っていたために、個人の正体も隠す必要があったから、普段は屋敷の使用人などとして秘匿されていた。


 エリクに引き取られた、2人の良く似た銀髪三角耳尻尾のメイドのうち背の高いほう、姉のノワール・アールグレイが言った。

「ほら、ノノア、それぐらいで喚いてるんじゃないよ。泣いてたって強くならないんだから。あれ? 君、泣いて強くなるタイプ? ってそんな奴ぁ居ないか!」

 木剣をくるくると振り回しながら煽る。姉に可愛がられてボロ屑みたいになったノノアは、悔しくて泣いていた。訓練と称して、ぼてくり回されるのが嫌だったわけでも、痛くて泣いたわけでもなかった。

「いつでもお姉ちゃんにかかってきなよ、不意打ちでもいいから。私に一撃でも打撃を加えられたら、一人前だって認めてあげるよ。まぁノノアじゃ一生かかっても無理だろうがな!はぁっはっはっはァ!」

 この言われようである。ノノアはまだまだ子供だったから、悔しかった。もちろん、ノワールは「この子は悔しさで強くなるタイプだ」と分かってやっていた。

 決して、断じて、ストレスの発散に使っているわけでは無かった。そして実際にノノアは、その教育方針により、メキメキと実力を発揮しつつあった。


「ぐやじい……! お姉ちゃんのやつめ……ノノアは絶対に負けないぞ‼」

 ノノアは、全身のバネを使って、ぱっと立ち上がると、すぐさま行動を開始した。

 まずはお風呂に入って、新しいメイド服に着替えた。

 これは以前、ボロボロのまま外に出たところ、エリクが近隣住民にあらぬ誤解を受けたようで、嫌になるくらい怒られたからだ。

 それから訓練などでボロボロになった際は、第一に身なりを整えることにしていた。


 姉のノワールは詳細な年齢が不詳だったが、ノノアに関しては発見時に新生児だったため、現在12歳ということになる。まだ体ができていないため背も低かったし、力も弱く、姉に強い憧れがあった。

 今のままでは姉の、皆の足手まといにしかならないことは分かっていた。何でもいいから、早く強くなる方法は無いか、独自に調査へ向かうことにするのだった。

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