第16話 稽古

嫌々だったが改めて考えてみると

これは絶好のチャンスだ。

殺される心配なく全力を試せる

魔力が尽きてぶっ倒れても

ケアしてもらえるだろうし急ぐ用事も無い。


格上に対する立ち回り今までの実戦では

相手に見つからない

見つかった場合は逃げる

だったのだ。

これらが叶わない状況でも戦える

引き出しがあるに越した事は無いのだ。


嫌がるなんてとんでもない

是非お願いしたい。


剣VS魔法

決着の要素としてはこれ以上

分かりやすい組み合わせは無いだろう。

剣士の踏み込みが先か

呪文の詠唱が先か

だ。

術者の前衛はそうさせない為に

相手の足止めに尽力するケースも多々ある。


「嬢ちゃん達は盾になってやるぜよ」


3対1での稽古を提案するクロード。

ミカリンもアルコもやる気満々だ。

二人ともキャスタリアの水筒から

水をガブ飲みをして

顎を拳で拭い前に出て来た。

やらいでか

そんなセリフが聞こえてきそうだ。


「あー、最初は1対1で」


クロードの提案を俺は制した。


「ん?まぁ何でもいいぜよ」


クロードは余裕だ。

ミカリンとアルコは少しガッカリしているようだが

どうせ直ぐに出番になると予想しているのか

座り込む事はしなかった。


さて、作戦だが

無詠唱は今の所出来ないが圧縮言語での

高速化には一応、成功している。

どうだハンス見たか。

今回の俺は一味違うぞ。

・・・弱い方でだけどな。

一応と表現したのは

威力とレベルが何段階か落ちるのだ。


ただ間に合わない完璧な呪文より

不出来でも機を捉えた呪文の方が

良いのは考えるまでも無い。


魔法戦闘に限って

拙速はむしろ好条件だ。


前出の3呪文以外にレベル上昇の

お陰で追加された新呪文もある。


石壁(ストーンウオール)

土壁の上位版

これが使えるなら、もう土壁の出番は無い。

全てに置いて石が上回っているのだ。

消費MPが土より多いが

微々たる差なので気にならない。

屈強な戦士なら

斧や大剣で一撃で粉砕してしまうだろうが

ブレスや矢なら頼りにして大丈夫な硬さだ。


投石(ストーンスロウ)

そこいら辺に転がってる石が目標に飛んでいく。

致命傷は愚か、大したダメージも期待出来ないが

うざい

かなりうざい。

一度、ミカリンに試したがガチ切れされた。


これらも駆使してやってみよう。

俺は作戦を練り終えると

クロードに準備完了を告げ

事前のバフは有か無しかを聞いた。


「あー何でもOKぜよ」


バフが何だか絶対分かって無いようなので

説明するとクロードは余裕のまま答えた。


「あー何でもOKぜよ」


馬鹿め

これで勝率が上がったぞ。

実戦ではこんな準備はまず間に合わないが

お試しだ。

俺は遠慮無く有用だと思われるバフを使用した。

高速詠唱の陣

肉体強化(弱)

体力継続回復(弱)

スピードアップ(弱)

などなどだ。


MPゲージを見ながら唱えた。

バフで使い切ってしまったら

勝負どころでは無くなる。

見た感じゲージが減る様子が無い

俺は唱えられるだけ唱えておいた。


「お待たせしました」


「ん何か光ってるぜよ!?」


掛けたバフの種類に応じて

異なる視覚効果があるようだ

唱えまくったせいで

もう俺も、どれがどれか分からん。


「こんなもんでいいか」


クロードは大袈裟に距離を取ってくれた。

助かる、これだけ間が空いていれば

確実に呪文が先だ。

クロードもそのつもりなのだろう。


「ありがとうございます。」


有難く初手を取らせてもらおう。


「じゃ行くぜよ!!」


クロードは素早いダッシュで前進してきた。

中年の割には足が速い

流石現役だ。


初手は高速詠唱の土壁だ。

突如、進行方向を遮る壁が出現した。

俺はクロードが認識出来る様に

あえて距離を少し開けて出現させる。

それが何だか判断したクロードは

足を止めず肩を当て土壁を粉砕した。


「はっは。モロいぜよ」


土壁程度では突進の速度を落とす事も出来なかった。


「二枚ならどうだー!!」


俺は再び土壁を発生させた。

クロードは笑いながら突っ込んで来る。


「変わらんぜよ!!」


勢いそのまま突っ込んでくれる様だ。

本当にクロードは手の掛からない子だ。

ありがとう。


俺は

土壁のすぐ後ろに

石壁

を発生させる。

これが二枚目の意味だ。


土壁を砕く音と連続して

石壁にぶち当たる衝撃音が聞こえた。

石壁に亀裂が走る。


大丈夫かクロード

全速力で壁にぶち当たったぞ。

まぁ

死にはしないし

仮に怪我だったとしても打ち身程度だ。

ただ、咄嗟には動けないハズだ。

つか動いてくれるなよ

こいつは発動に時間が掛かるんだ。


俺は石壁の直ぐ向こう

見えないがクロードはそこに必ずいる。

その場所にデスラーホールを発生させた。


「下品な男はいらん」


「っぜぇよぉおおぉぉぉ・・・」


落ちてくれた様だ。

戻りは5秒後

俺は今までの経験から

クロードの落下地点を予想し

そこにスパイクを発生させた。

ドン

クロードは宙に放り出された。


うまくスパイクの場所に

落ちてくれれば勝ち

外れたら

もうクロードを止められないだろう

俺の敗色が濃厚になる。

出来る事をしよう。

俺は高速詠唱で土壁を乱立させる。

目隠しで使うので強度は関係無い。


ドサッ

落下音は「グサッ」じゃない

チクショウ外れた。

音からして受け身も上手く取ったようだ。

流石G級だな。

どうする

ここまでしか考えていないぞ。

俺は土壁に寄り添い息を潜める。


「コラァア!!殺す気か!!」


怒った。

うーん

謝ろう。

俺は土壁から姿を現すと声の方に歩み寄る。


クロードはスパイク群から50cm程度

離れた場所で尻もちをついていた。


惜しかった・・・。

ここまでか

残念だ。


「次は串刺しにしてみせます」


悔しさいっぱいの声で俺は言った。

クロードは激おこのままだ。


「冗談じゃないぜよ!もうやらんが」


尻もちを着いた状態のままクロードは

ブーツの先でスパイクを軽く蹴る。

クーン

鈍い音が聞こえる。

これが全身を貫いていたのかも知れないのだ。


「なんじゃあ・・・コレは?」


「スパイクという魔法で出来た棘です。

時間が経てば勝手に消えますから放置で大丈夫ですよ」


「これも魔法なのか・・・・火とか雷だけだと思っていたぜよ」


まぁ

攻撃呪文としては

そっちの方が優秀だしな。

もしかして土魔法は珍しいのか


「ミカリン・・・・。」


「・・・何。」


「もしかして私達が居ない方がマスターは強いのでしょうか」


「そんな事は無いよ。ただ・・・」


「ただ?」


「うーん。企むと厄介な強さを発揮する奴だよ。

普段は僕等二人の動きを読み切れないから

深く企めないんだろうね、単独で強くなった様に

見えるのはそのせいだと思う」


誰がタクラマカン砂漠だ。


「痛つつつ」


クロードが悶絶し始めた。

その時は気が高まっているから分からない。


これは人間が生き残こる為の脳の機能だ。

肉体を破壊してでも

運動が優先される危機的状況がある。

その時に動ける様に

脳が痛みの信号をカットするのだが

痛みとは肉体の損傷を知らせ

それ以上壊さない為に動きを制限する安全装置だ。

安全な状況になったら脳は安全装置を入れ

正確な肉体の状態を知らせるのだ。


俺は簡錫をしまい

回復呪文用の短い杖に持ち替える。

回復呪文に限っては

こちらの方が効果が高いのだ。


教会の秘術と違い

魔法は自分の外の力を利用する。

その働き掛けに自らの魔力を消費するのだ。

働きかける先が異なると

媒体もそれぞれ異なった作用が出る

余裕が有るなら呪文ごとに得物を変えた方が良い位だ。


初級の回復呪文でクロードは復活した。

骨折は無く、頭と肩とお尻に打ち身だった。

流石現役G級だ。


昼食までは、まだ時間があったが

精神的に、なんかもういいいか

みたいな感じになったので

稽古はそこまでになった。

家に入る前に

装備を外し汚れた体を拭く。


家に入ると食欲をそそる

良い匂いがした。

ジゼルさんが昼食を作っているのだ。


「あら、まだ出来ていないの待ってて頂戴ね」


扉を開けた音で俺達だと判断したのか

姿は見えないが奥のキッチンから

ジゼルさんの声が聞こえた。


「あぁお茶が先に欲しいぜよ」


そう言ってクロードはソファに座り込んだ。


「・・・お茶ですか」


ジゼルさんは

もしかしてロシアンティーもどきが飲みたいのか

そう思ったので俺はアイテムストレージから

茶葉とジャムを取り出しキッチンまで行った。

もう魔法使いの認識なので堂々とやった。


「あの・・・良かったら」


「あら。いいの?」


俺の返事を聞く前に受け取った。

よっぽど気に入った様だ。

俺は入れ方を説明しながら手伝っていると

クロードが姿を現した。


「ジゼルの言う通り、そいつスゴいぜよ」


「でしょウフフ」


まるで自分の手柄のようにジゼルさんは喜ぶ。


「見た事の無い魔法だ。坊主、学園に

行っていないのにどうやって魔法を習得したんだ」


このセリフから察するに普通の人は

レベルが上がれば勝手に使えるモノでは

無いということだ。

なんて誤魔化すかな・・・・

俺が迷っている内に

クロードの方が勝手に諦めてくれた。


「まぁ無理に言わなくてもいいぜよ」


剣術の時と同じ反応だった。

追及してこないのは助かる。

ただ今後、同じ様に質問される事は

特に学園に入れば必ずあるだろう。

それまでにうまい言い訳を考えておかねば。


俺にとっては稽古よりも

稽古後の方が勉強になった。


そのまま昼飯になり

一休みすると俺は冒険者協会に足を運んだ

アルコは学園に入れるのか

その疑問の答えを求めてだ。


結果的に良く分からないという事だった。

受付嬢も上に取り合ってくれたのだが

詳しく知っている者がココには居なかった。

多分、大丈夫だと思うが保証は出来ない。


やはりココは最前線の砦だ。

学園の入学資格を尋ねられても困るだけだろう。


「行ってみるしか無いな」


クロードの家に戻りがてら店を回り、

昨日の収入で必要になりそうなアイテムを

いくつか入手する。


戻るとミカリンとアルコが

出発の準備を終えていてくれた。


俺達は世話になった礼を言う。

そうだ

旅立つ前に気になった事を聞いておこう。


「クロードさん」


「ん、何ぜよ」


「何でこんなに人が居るんですか」


冒険者協会。

ベレンでは悪天候でもない限り

昼は大体皆冒険に出払っているのだ。

しかし、ここブンドンの村は

この砦の中にまだ大勢の冒険者がいた。

俺はそれが気になったのだ。

クロードにそう説明した。


「あぁ・・・ここはな。」


エルフの要請で縄張り内に作られた人の村。

純粋な冒険よりも森の防衛が優先される。

いざと言う時、誰もいませんと言うワケには

いかないとの事だった。


しかし、そうなると次の疑問が出て来た。

前回も通過した箇所だが

魔物の数はそうでも無い場所だ。

居なくは無いが

こんな大掛かりな防衛体制を

しくレベルでは無かったハズなのだ。


「坊主は・・・最近の事は知らねぇクセに

昔の事ばっかり良く知ってんな」


空白の十四年があるのです。

ジゼルさんとの雑談から

跳躍した細かい時間の特定に至ったのだ。

誘拐された日が覚え間違えていなければ

今はアレから14年目になる。

奇しくも

と言うべきか、やはりと言うべきか。

今の俺の年齢分と一致する時間だ。


クロード何か奥歯に物が挟まったような

言い方に変わったので俺の方から

水を向ける事にした。


「黒い体に白い仮面を付けた感じの

魔物ってこの辺りでも出るんですか」


「坊主!!どこでそいつを見た」


クロードが一瞬で殺気立った。

当たりのようだ。

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