第22話 渡る世間に鬼はいた、餓鬼課係長の鬼渡



「ううっ……」



 檻の中で左腕の時計を見る。時刻は3月5日未の刻。京子が餓鬼に捕まってから約丸1日経過した。叫び疲れて声も出ない程衰弱した。叫んでも叫んでも助けは来なかった。



「あううっ……のど渇いた。お腹……空いた。……だれかぁ。た、助けてぇ……」



 と、言ってもここは地下1階。地上からは約15mも離れているし、他の課はそれよりもさらに上階。助けに来てくれる可能性は低い。



「ううっ……あたし、ここで……死ぬの? 餓鬼たちに食べられちゃうの? ううっ……せっかく地獄を作ろうと。頑張ってたのに……頑張ってお金を巻き上げてたのに……ううっ、うううっ……」



 地獄を作るという大層な目標だが、その第一歩は単なるカツアゲであった。



(食べられたらどうなっちゃうんだろう…? 身体がなくなっても魂は残るかな……? それとも何にもなくなっちゃう?)



 希望もなくなり一気に疲れが出て来た。もはや立ち上がることさえできない。

 ただただ、檻で天を仰ぎ見る。その時である。



「あれ? 先客か? な~~にやってんだい? あんた」



 声がした。天を仰ぐ視線をそちらに向けるとどうやら誰かいるようである。視界がかすむ。声の感じからして男であろうか。次第に焦点が合ってきた京子の視界には派手な明るい黄色の布が見える。黄色の布に黒い何かの模様のようなものが付いている。あれは、ズボンであろうか。視線をさらに上げるとその人物は黒い上着を身に付けていることが分かった。そしてそのまま視線を上げ続けると次に見えたのは紫色の髪をした人の顔。その顔のすぐ横の左手には赤い髪と青い髪の餓鬼の2匹が持ち上げられていた。



 京子が両手で1匹を持ち上げていた大きさの餓鬼2匹をその男は左手1つで持ち上げている。見た目は普通の体型に見えるこの男……何者なのであろうか。



「が……がき、に、つ、つか……まって……助け…………て……」



 カラカラになった喉から声を振り絞る。



「ふ~~ん、またあいつら勝手に檻の鍵盗みやがって……ったく」



 疲れ切った身体を奮い立たせ、京子は這い上がって檻の鉄格子を両手でつかむ。



「お…お願いじゃあ……こ、ここから……ここから出してくれぇ!!」

「……というか、あんた誰? ここで何してたの? ここは餓鬼課だぜ? まさかあんた罪――」



 と男は何かに気がついたのか視線を下に向ける。



「その赤服……あんた地獄課長か?」



 男は右手で髪をかき上げながら聞いてくる。



「そ、そうそう!! 新しい地獄課の課長の日下京子じゃ!! 地獄で罪人が餓鬼にお金を渡してるのを見て……それで餓鬼課の餓鬼たちが持ってたお金を取りあげてたら捕まったの。こ、ここから、出して……」

「ふ~~ん……そう言うことか」



 男は今のこの状況に合点が言ったというように頷いた。



「でも、お金を取りあげてどうすんだい? 地獄の門は閉まっててまともに地獄は機能してないんだぜ? あんたも知ってるだろ?」

「だ、だから、そのじ、地獄の門を……あ、あたしが開けて……地獄を……作り直すんだって。……は、早くここ、から……出し……て」

「……って、檻の中で言われても説得力ねぇっての。餓鬼に捕まってみすぼらしくこんなとこにいる閻魔にそんなこと出来るのかねぇ……出来もしないこと言ったってしょうがねぇんじゃねぇの?」



 男の言葉に京子はうつむく。疲れで今にも倒れそうだ。ただ、それでも――しょうがない。――――そんな諦め方はしたくない。みじめに何もしないうちから諦めたくはない。諦めるのなら出来ることをすべてやって『明らか』にしてからだ。諦めるのはそれからでも十分だ。



 京子は顔を上げ、男を見つめて叫ぶ。



「それでも私は……まだ諦めない!! 絶対に地獄の門を開いて八熱地獄と八寒地獄を復活させるんじゃ!! ……だから、お願いじゃ!! ここから出してくれ~~い!!」

『がちゃっ!!』

「………へ?」



 京子が叫び、周囲の岩肌に反響したその力強い声が消えると同時に扉が開いた。



「ほらっ、入っとけ!!」

「うわぁ!!」

「わぁ!!」



 男は開けた檻の中に左手に持っていた2匹の餓鬼を片手でひょいと放り込んだ。



「ん? 何してんの……出たいんでしょ? 早く出なよ」

「あ、ああ……ありがとう……」



 男は京子が檻から出ると再び檻を閉め、2匹の餓鬼を檻の中に置き去りにした。



「お前らはここで反省しとけよ!!」

「ふえ~~ん」

「あううっ……」






 ♦  ♦  ♦






「悪いねぇ……俺も色々餓鬼どもが罪人から賄賂をもらってるのは知ってんだけど何せ50万匹の餓鬼を管理するにしてもしきれなくてなぁ」

「そ、そっか……」



 檻から出してもらった京子は助けてくれたその紫色の髪の男と歩きながら餓鬼課の出口の方向へ向かう。



 その男の髪を見ていて気が付いた。



「……角?」



 そう、先ほどは気が付かなかったが、その怪力男には他の餓鬼のような角があった。



「ん? ああ……これ? 俺は人型じゃなくて餓鬼型の身体なんで角があるんだよ。俺は餓鬼課の係長の鬼渡おにわたり鬼渡おにわたり烈火れっかだ。まぁ、地獄課とも少しは関係あるけど俺はあんたの部下じゃないから……何……その笑い」



 鬼渡の言葉に京子はにっこりと笑みを浮かべる。先ほどまでの疲れ切っていた顔が嘘のように晴れやかである。



「ほうほう……そうかそうか。鬼渡君は餓鬼課の係長なのか~~。いやぁ、実は私は餓鬼課課長も併任していてねぇ……」

「………え?」

「つまり!! 君は私の直属の部下ってことになるよねぇ~~、鬼渡君♪」



 餓鬼課の係長鬼渡。この怪力男は強い。京子は確信した。地獄課は地獄の門が閉まったままでまともな運営が出来ていないため部下はゼロ。そんな部下ゼロの地獄課長の京子にとって鬼渡は嬉しい収穫である。



「えっ……ま、マジかよ」

「さぁ、行くぞ鬼渡!! 地獄の門を開門し、健全な地獄を取り戻すぞ~~!! えいっえいっお~~~~!!」

「……………」



 右手を元気よく掲げる京子に対して無反応の鬼渡の手。



「ん?? どうした!? 元気がないぞぉ? もう一度……えいっ、えいっ、お~~~!!」

「えいえい……おぉ~…………」



 こうして捕食の危機を脱し、共に地獄を作る強力な部下を1名手に入れることが出来た京子であった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る