桃次郎討伐編

第21話 業務開始っ、真の地獄を取り戻せ



 ここは天空省最上階の南無階の会議室。不毛な会話をした京子と琴流は最後に会議室を出る。



「そう言えば日下さんは物品倉庫の場所は知ってますか?」

「えっ。えっと……知らないです」

「そうでしたか、じゃあせっかくなので行きましょう!!地獄課からだと遠いので、このすぐ下にあるんですよ」

「へぇ~、そうなんですか」



 具体的に業務に直結するありがたい情報である。へそがどうだとか、胸がどうだとかバカな質問しかしなかった京子よりも仕事が出来そうである。



「あっ、そのまま課に戻るつもりでエレベーター前に来ちゃった!! ……まぁ、階段まで戻るのも面倒だし、乗っちゃいますか」



 着いたのは吹き抜け付近にあるエレベーター前。琴流は京子の方を見つめる。



「えっと……すみません。私、乗れないです……これ」



 そう、エレベーターを使うことが出来るのは上品のランク以上の者。中品下生の京子には高嶺の花なのである。



「えっ! あ、そ、そっか……じゃ、じゃあ階段で行きましょう!!」

「い、いえ!! 私は階段で行くので琴流さんはどうぞエレベーターに乗ってください」

「い、いやいや。だ、大丈夫です!! 階段で行きましょう階段で すぐ下なんだから歩けよって話ですよね。すみませんなんか……あ、あはは……」



 気まずい。また自分のランクが知られてしまった。それと同時に分かったことがもう1つ。この琴流もあの空谷のように上品のランクであるということである。エレベーターを使おうとしたということはそう言うことである。



(他の課長もみんな上品なランクなのかなぁ……?)



 1階分の100段の階段降りて通路を進むと物品倉庫と書かれた部屋があった。






 ♦  ♦  ♦






「うわぁ。広~~い!!」



 室内にはペンやノートなどの筆記用具から服などが並べられていた。



「こんな感じで75階から71階までの5階分は物品倉庫になっているので業務で必要なものがあればここから持って行って大丈夫ですよ」

「はいっ、ありがとうございます!! あっ、あと最後に質問良いですか?」



 地獄課に戻ったら人間課にいる琴流にはなかなか会えない。せっかくなので質問をする。



「はいっ、何でしょうか?」

「あの、各課の業務マニュアルってあるんですか? もしそう言うのがあったら欲しいんですけど……」



 業務マニュアル。省庁にありがちな杓子定規で凝り固まった冊子である。一般的にはそのマニュアルに従って業務をこなし、行政文章などもそうした冊子を参考に作られたりする。文字の大きさ、フォントサイズ、和暦表記などの決まりが定められていたりする。



 生前に省庁で働いていた京子にとっては必需品であったりした。マニュアル通りの文章でないと書き直しになったこともあった。



「ないですよ……そんなの」

「えっ。な、無いんだ」

「マニュアルがないんだったら……一体どうしたら」

「したいことをしたら良いんですよ」



 マニュアルがないという事実に動揺する京子に琴流は優しく言葉をかける。



「……え? したいことを……する?」

「日下さんは地獄をどんな場所にしたいんでしたっけ?」

「えっと、罪人が正しく裁かれる地獄を作りたいです」

「だったらそれで良いんですよ。その地獄を作ったら! そんな地獄はマニュアルにも載ってないだろうし、もしマニュアルなんかあってもきっと作れないですよ?私も子供のお世話してるけど、みんな全然性格も違うからマニュアルなんてあっても役に立たないですしね!」



 マニュアル。通常業務には有効であるが、変化が必要な際には全くと言っていいほどの役立たずである。まして京子が作りたいのは地獄。それも腐りきった地獄を作り直すのにマニュアルなどは意味のないものであろう。



(そっか……そうだよね)

「日下さんは作りたいんでしょ? 本当の地獄を。なら作ってくださいよ!! 今の時代に合った地獄を。地獄の門を開門して……ね?」

「は、はいっ!! 私、頑張ります!! 頑張って罪人が正しく裁かれる。そんな地獄を頑張って作ります!!」

「はい、頑張ってください。次会うのはまた来週の六課長会議だと思うので。その時にまた地獄の報告楽しみにしてますね! それでは失礼します」



 琴流は京子に一礼すると倉庫から出ていった。



「う~~ん、なかなか琴流さんも良さそうな人じゃな~~。仲良くできるといいなぁ……」



 1人倉庫に残ってほほ笑む。



「あれ? ……ちょっと待って!! また来週って、六課長会議って毎週あるの!?」



 慌ててまだ手に持っていた予定表を確認する。雪宮も言っていたような気がする、週の終わりに毎週ある会議であると。予定表の次の週、11日の日の下には六課長会議も文字があった。



「そ、そんなぁ~~ああああ!!」



 こうして京子の週末の名物。鬼畜階段7500段上りが決定した。






 ♦  ♦  ♦






「はぁ……はぁ、疲れた……」



 地下11階。ここは死者の渡る三途の川が流れ、京子の働く地獄課の部屋がある階である。物品倉庫から拝借してきた2着の閻魔の赤服を机に置く。閻魔の赤服は今着ている1着のみであったので予備を持ってきた。もちろん家に洗濯機はまだない。机には昨日広げっぱなしにした地獄に関する資料が散乱している。



「あっ! やばっ!! せっかくなら掃除道具も持ってくるんだった……」



 しかしすでに地下の11階、ここから戻る気力はない。



「ふぅ……」



 京子はとりあえずまず前任者の地平の置いていった残りのドクロの面を左寄りの頭にかけ、大鎌を手に持ち、椅子に腰かける。大鎌。それはあの餓鬼課で四肢を餓鬼たちに引きちぎられそうになった時に京子を救った餓鬼の弱点であるヒイラギと同等の効果を持つ頼もしい武器である。



「よしっ、これがあれば大丈夫だよね……」



 最初に来た時に建物の外には罪人や餓鬼たちが徘徊していた光景を思い出す。

 あの時に餓鬼や罪人が襲ってこなかったのは地平がこの閻魔の大鎌を持っていたからであろう。



 しかし、今は違う。京子は正式に閻魔の座を引き継ぎ、地獄課長となった。ここから地獄の管轄は京子へ移ったのだ。その責任も自分でとらねばならない。建物の外は危険地帯である。



(そう言えば、罪人も餓鬼もこの建物には入ってこないなぁ。もし入って来ちゃったら建物の階段から章の街に行っちゃうのに……よしっ、ちょっと試してみよう……)



 今更思ったが先ほど地平に案内された時に見た罪人たちはこの建物に入って来る様子はない。



 ちらり。建物から外を覗き込む。



 ただひたすらに広い地獄の土地であるため罪人たちは分散しているのか人影は3つしか確認できなかった。100mほどの距離であろうか。京子は少しずつ建物から離れ、その影に近づく。次第に影が晴れて来た。そこにいたのは3人の男であった。距離にして30m程度の距離である。



「おおっ、女だぞぉ」

「本当だ女じゃ」

「女……女……」



 3人で群れて何かを食っていた罪人らしき男たちは京子の存在に気が付く視線を向ける。その目つきは欲望に満ち溢れている。ここは地獄、欲望に満ちた罪人で溢れている地である。――次の瞬間、



「女じゃああああ!!」

「うおぉおおおおおお!!」



 罪人らしき男たちが京子に向かって駆けてきた。



(よしっ!!)



 それを確認して京子も建物に急いで駆ける。京子と3人の距離はじわじわと離れていき、京子は建物に駆け込んだ。



「……ちっ、逃げられたわい」

「ん? おい、あの赤服……もしかしてあの女、新しい閻魔か?」

「くそっ!! 挑発しやがって、覚えてろや!!」



 罪人たちは建物に入った京子に捨て台詞を吐いただけで、それ以上追いかけてくることはなかった。中高で陸上部であった京子は走りには自信があった。なかなか危険な賭けであった。もし捕まっていたら一貫の終わりであったであろう。



「うんうん、やっぱり罪人はここには入ってこないみたいじゃな!」



 京子は罪人たちが建物内には入って来られないということを確認した。が、罪人の神経を無駄に逆なでた。



「う~~ん、どうしようかなぁ……。地獄を作り直すにしても下手に建物から出るとさっきみたいになるし、迂闊に建物から離れられない……雪宮さんみたいにバイクでもうスピードで移動したら捕まらないのかな……でもなぁ……乗れないしなぁ」



 建物の入り口で考え込んでいると再び影が見えた。



「ん? ……あれは……」



 先ほどの罪人がいないことを確認し、その影の正体が見える位置まで移動する。

 影の正体は罪人と餓鬼であった。その小さな餓鬼は罪人から何かを受け取っている。



(あっ、あれは!!)



 手渡しているのは紙。おそらくあれが地平の言っていた賄賂なのであろう。買収現場の目撃である。



 気づかれないうちに建物へ戻る。



「見た。見たぞ……買収現場をこの目で!! ……よしっ、まずは餓鬼課の餓鬼を何とかしよう。あたしは餓鬼課課長も併任してるわけだし。餓鬼の皆を何とか出来ればきっと地獄も早くつくれるはずだ」



 そう考えた京子は大鎌を手に持ち、餓鬼課のある地下1階へと向かう。






 ♦  ♦  ♦






 地下1階。地下1階から地下10階までの餓鬼課の中で一番上のフロアである。



「けほっ。けほけほっ……おほっ。こほっ!」



 別に餓鬼ではないのだが、脱走防止用に餓鬼課の入口でもうもうと焚かれているイワシにむせる。地獄が手持無沙汰であるため餓鬼たちはふらふらうろついている。



(よしっ……あれにしよう)



 京子は比較的小さな赤い餓鬼に狙いを定めた。ここは地下1階。より下の階の餓鬼よりもずっと小さい餓鬼がいる。狙いを定めた餓鬼は嬉しそうに金らしき紙を両手でパタパタさせていた。



「そりゃ!!」

『がしっ!!』

「う、うわぁ!! な、何すんだよぉ!!」



 京子は後ろから餓鬼を掴み、両手でひょいと宙に持ち上げた。



「その手に持っているものを渡すんじゃ!!」

「な…何だよ!! 嫌だよ!! これは罪人さんからもらったお金なんだいっ。罪人さん達はお金をくれるんだいっ!! それをもらって欲しいものを頭に浮かべると欲しいものに変わるんだいっ。ほらっ!!」

「な……何これ!? どういうこと!?」



 京子に捕まっている餓鬼の右手の金。その金は赤餓鬼の手の中でもくもくと煙をだすとあっという間に饅頭に変化した。理屈は分からないが、人が鶴に変化するような場所だ。お金が饅頭に変化しても不思議はないのかもしれない。



「………はっ!! だめじゃ!! こんなもの!!」

『ぱっ!!』



 呆気に取られてしまったが、すぐに餓鬼から金とその変化した饅頭を取りあげる。



「あっ、何すんだいっ!! 返せよ!!」

「餓鬼は地獄の罪人を罰するのが仕事なんでしょ!? こんな悪い人たちからもらったお金は使っちゃダメ!! ……という訳でこれは没収じゃ~~!」

「か、返せ!! 返してよ~~~!!」



 とりあげられたお金を取り返そうと必死に足をぱたぱたする赤餓鬼。前回は複数匹で身体を引き裂かれかけたが、今回は小さいのが1匹。京子だけでも十分たやすく持ち上げられるし、捕まえられた。



 状況だけ見れば大人が幼稚園児から宝物を取りあげたように思える……が、ここは地獄。どんなに小さいとは言え餓鬼には餓鬼の仕事がある。罪人に罰を与えるという仕事が。この京子の行為は餓鬼いじめではなく、健全な地獄建設の第一歩なのである。



「だめ!! こんな汚いお金で食べてもおいしくないでしょ!!」

「でもさぁ……お腹すくんだよぉ」

(うっ……)



 うなだれる餓鬼に少し心苦しくなる…が、金はしっかり取りあげた。



(ここの餓鬼たちのご飯は……後で考えよう!! まずはお金の回収じゃ!!)

「う、うわぁ!!」

「きゃあああああ!!」

「や、やめ……やめてよぅ!!」



 京子はそれから地下1階の餓鬼を襲い始めた。小柄で単独で歩いている餓鬼を背後から襲っては身体を調べ、お金を回収する。襲っては回収する、襲っては回収する。やっていること自体はほぼ犯罪者である。裁かれるべきなのは一体誰なのであろうか。






 ♦  ♦  ♦






「ふぅ……だ~いぶ集まったのう……」



 両手に札束を持ちながら餓鬼課のフロアを闊歩する。



「へぇ~~この一万円札は諭吉さんじゃないんだ。えっ、聖徳太子さんじゃ!! 聖徳太子ってお札になってたの? もしかして偽札……かな?」



 一昔前のお札の肖像画などを眺めながら集めた他の札にも目を通す。



「こっちは夏目さん……っあ、二千円札だ!! 懐かし~~」



 しかし油断した。



「今だ~~~!! 捕まえろ~~~!!!」



 岩陰に潜んでいた餓鬼が一斉に京子に襲い掛かって来る。



「う、うわぁ!!」 



 慌てて閻魔の大鎌を構えるが時すでに遅し…背後から柄を掴まれて大鎌をとられた。



「ああっ、な、何するの! ちょっと、やめ……やめて!!」

「へへぇ~んだ!! 閻魔の鎌だってこっちの柄の部分なら怖くないやい!」



 あっという間に昨日四肢を裂かれそうになった体勢になる。

 


「こいつむかつくなぁ~」

「前の課長だってこんなお金を取りあげたりしなかったのに」

「こいつ絶対悪い奴だよ~~」

「は、離せ……離してったら!!」



 だが、複数匹の餓鬼の力で四肢を掴まれた身体はまったく動かせない。担ぎ上げられた京子はそのまま餓鬼たちに連れ去られてゆく。



  



 ♦  ♦  ♦






『ぽいっ』

「うわぁ!!」



 連れてこられた先には檻があった。猛獣を入れておくような鉄製の檻が。

 京子はその中に放り込まれた。



「だ、出せ!!出してくれい!!」

「うるさい!!お金をとった悪い奴め!!」



 餓鬼たちは京子を睨み続けている。



「あ、あたしをどうする気!?」



 檻に両手をかけて餓鬼に尋ねる。



「お前は……食う!!」

「な、なんじゃと!?」



 最悪の答えだ。餓鬼に食われる。仕事初日に絶体絶命の危機である。



「楽しみだなぁ……」

「苦しませた方がおいしいから、1週間くらい置いてから食べよっか!!」

「そうしようそうしよう!」

「それまではお饅頭でも食べようか?」



 檻に京子を放り込んだ餓鬼たちはそう話しながら檻から離れていく。



「ま、待て!! 出せ~~~~!! こ、ここから……出してくれ~~~~~!!!」



 こうして地獄の門を開門し、本当の地獄を作ると朝一番に言っていた京子は自分よりも遥かに小さい餓鬼たちにあっさりと捕まってしまったのであった。



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