第23話 強いぞ、怖いよ、鬼渡!!
「ふんふんふ~~ん♪」
京子はご機嫌である。餓鬼課で最初の部下、それも強そうな怪力の男を部下にできた。その部下の鬼渡と餓鬼課の入口までやってきた。そこには餓鬼脱走防止用のイワシの煙が充満している。
「あれ? そう言えば鬼渡は餓鬼だがここは通れるのか?」
「ああ、問題ない。俺は餓鬼じゃなくてあくまでも餓鬼型だからな。何も問題はな……何?」
鬼渡の前に仁王立ちに立ちふさがり両手を腰に当てる京子。
「鬼渡君!! あたしは君の上司。君はあたしの部下。だから一応、敬語を使おうね♪」
「えっ、何で俺がんなこと……」
「ね!!」
顔を鬼渡に近づけてもう一歩鬼渡に歩み寄る。
「……分かりましたよ」
「ふふっ、よろしい。で、ここは通れる? 大丈夫?」
「はい、問題ないっす」
「そうか! ……あれ? でも、下にいた餓鬼たちはここは通れないでしょ? どうやって下に来てるんだろう……」
急に疑問に思った。
「別階段があるんすよ、餓鬼専用の」
「えっ……そ、そうなんだ」
「良ければ案内しましょうか?」
「えっ。あ~……う、う~~ん……」
その提案に対し、京子は黙った。元気にここまで歩いて来たもののやはり体は疲労困憊。わざわざ別階段から行きたくはなかった。
「えっと。きょ、今日はいいや……その階段はまた改めて……」
「いや、行きましょう……せっかくだし。課長も別階段の場所は知っといた方が良いっすよ」
『ぐいっ!』
「おわぁああ!! いたっいって!!」
結局、鬼渡の怪力に引っ張られて京子はわざわざ遠回りをして別階段から地獄課へ戻る羽目になった。
♦ ♦ ♦
「………はぁ、疲れた」
ようやく地獄課の室内。遠回りしたおかげで疲れたが、餓鬼が行き来している別階段は把握した。途中、罪人もいたが怯えるような目で鬼渡を見るばかりで襲われることもなかった。室内の課長席に腰かける京子。周囲の席には相変わらず誰もいない。
「ねぇねぇ、鬼渡……ちょっと聞きたいんだけどさぁ」
「はい。何すか?」
「地獄課の他の職員ってどこにいるの? 何か昨日から全然見かけないんだけど……」
京子は気になっていた。あいさつ回りで他の課にいたような部下が地獄課にはいない。部下たちは一体どこにいるのか鬼渡に尋ねる。
「いないっすよ……職員は」
「…………はぇ!? い、いないって何!?」
「いや、そのままの意味っす。地獄課は課長1名しかいないんすよ。課長の前任の地平課長以外にいなかったですし。あと、餓鬼課も課長と俺の2名しかいないっす。……まぁ、課長はいないんで実質俺1人だけっすけど」
「マジか!! ……ってか、どうなっとるんじゃ!! 偏りすぎでしょ!! 人事はバカなの!? 絶対バカだよね!? ねぇ、鬼渡!?」
「いや、知らないっす。……まぁ、地獄の門も開いてないし、そんなにやることもないんで仕方ないんじゃないっすか?」
「うっ……そ、そうなのかな?」
京子は天空省の職員の配置の異常な偏りに不満を漏らしたが、鬼渡の説明にしぶしぶ納得した。
「で、これから何するんすか? やっぱり地獄の門の開門っすか?」
「えっ、う~~ん。っあ、そうだ! 鎌!! 閻魔の大鎌を餓鬼に取られたんだった……」
そう、京子の唯一の身を守るための武器である大鎌は餓鬼たちに取られたままだ。すぐに取り返さなくては今の京子は丸腰である。
「それは大丈夫っす。あとで取り返しときますんで」
「あっ、そう? ありがとう……じゃ、じゃあまずは掃除しようかな……掃除!! ほらっ、この部屋誰もいないから結構汚れてるじゃない?」
「………はぁ、そんなに汚れてるようには見えないですけど……」
京子に言われて鬼渡は室内を見渡すが、誰も使っていないようではあるのは確かだが、そこまで汚れているようには見えなかった。
「そんなことはないぞ!! 鬼渡君!! どんなに綺麗に見えていても見えていない汚れがある。この部屋1つ綺麗にできないで汚れ切った地獄の掃除なんてできないんだよ……分かるかい? 鬼渡君」
「……はぁ、そう言うもんっすか」
「そうそう! そう言うもんっすよ。……という訳で上の物品倉庫から掃除道具をとって来てくれ! 75階の物品倉庫にあったから、頼むぞ」
本当は掃除は今でなくても良いと言えばそうなのだが、京子の身体は疲労困憊だ。
まずは身体を休めたかった。鬼渡に掃除道具をとって来てもらえばその往復にかかる時間で少し仮眠できる。それ故のお願いである。
「課長がとって来ればいいじゃないっすか……」
「……え?」
「俺、あんま上の階行きたくないんすよ……他の課の奴らは餓鬼課の係長なんて見下してる奴も結構いますし。……嫌っすよ」
まさかの拒否。が、ここでそうですかと掃除道具をとりに行かせるのを諦めることはできない。
「いいかい、鬼渡。あたしは一昨日あいさつ回りで天空省の階段を8100段上ってだねぇ、昨日は課長会議で7600段の階段を上ったんだよ」
「はぁ……」
「往復で考えたらほぼ40000段なんだよ、40000段!! そこから餓鬼に捕まって丸一日飲まず食わず……そんなあたしに今から掃除道具を取ってこいっていうの!? ええっ!? それってどうなの!! おかしい、おかしいよね!? 鬼渡!! そう思うよね!? ねぇ!!」
疲れと寝不足と空腹でいらついて部下に当たり散らす京子。
「エレベーター使えばいいじゃないっすか? 1階の……」
「……へ? え、エレベーター!?」
急にその言葉を聞いてきょどる京子。先ほどとは明らかに様子が変わり、視線は左右を行ったり来たりしている。
「こっから1階までは俺が負ぶっていくんで課長がそこからエレベーターで取って来てくださいよ……掃除道具」
「い、いや……それはね……あっと……ちょ、ちょっと……ねぇ、その……」
さらに具体的な提案にきょどる。
「あっ、もしかしてエレベーター使えないんじゃ……ってことは」
鬼渡も京子のその不審な様子から何かを察したようである。
「い、良いから掃除道具、取ってこい!! これは課長命令じゃあ!!」
おそらくはエレベーターが使えないと気が付かれてしまったが、京子は無理やり鬼渡に命令する。
「はぁ~~、分かりましたぁよ!!」
京子に命令された鬼渡は走って地獄課から飛び出していった。
「………ふぅ」
会話がなくなり、室内は静寂に包まれる。
「これであいつが上から戻って来るまでの間。少し仮眠できる……かも」
京子は自身の気力とは正反対なほどにあり余っている部屋の椅子を2つ自身の机付近に持ってきた。それを自身の椅子と横並びにしてベンチのような形状を作り、その上に乗った。
「これで、少し……休める。……2時間くらいは……眠れるかも」
京子はゆっくり目を閉じた。
(………今日は、じゃない。……昨日から今日まで本当に疲れた……朝から階段を上って下りて、餓鬼に捕まって、何も飲まず食わず………)
『かち……かち……かち……かち……』
時計の針の音以外は無音の室内。椅子は柔らかくはないが、疲れた体にはこれでも十分であった。しだいに意識が薄れていき、夢の世界へ行こうとした。その時である。
「あの、課長……課長?」
肩を何か強い力で揺さぶられた。
「うわぁあ!! え!! な、何!? あ、鬼渡、どうしたの? もしかして忘れ物?」
慌てて目を開けるとそこには鬼渡が立っていた。
「いえ……取って来ましたけど、掃除道具」
「……はぇ!? うそ!? えっ…嘘でしょ!?」
「いや、嘘じゃないっす。ほら、これ」
そう言って見せる鬼渡の両手にはホウキ、はたき、塵取りや雑巾がぶら下がっていた。
「えっ……い、一体どうやってこんなに早く……」
「どうやってって……地獄課から1階までは普通に階段上って、1階からは吹き抜けがあるんでまぁそれをピョンピョンピョンと1階分ずつ飛んで行って、75階の倉庫で掃除道具パパッと取ってきてそっからジャンプして吹き抜けで1階まで下りて、1階からはまた階段で降りてきました」
ごく自然かのように移動ルートを説明する鬼渡。
「忍者か!! ……っていうか75階からジャンプって死ぬじゃろ!! 普通に。どうなっとるんじゃ、その身体!!」
「いや、どうって。一応俺の身体って餓鬼と同じ作りなんすよ。餓鬼って人間よりもはるかに頑丈な作りなんでこれくらいは普通なんすけど……まぁ、その分頭はないんすけど。その気になれば課長の身体もバラバラにできます。……しないっすけど」
「へ、へぇ~~そ、そうなんだ~~。すごいねぇ……」
(怖いわ!! もしかして脅されてる? それともジョークか何か!?)
頼もしいを通り越して怖くなってきた。まだそれほど鬼渡の性格を理解していない。だが、鬼渡がその気になれば京子1人の四肢など簡単にバラバラになることは分かった。
「で、どうします? やりますか……掃除」
「え!? あっ……う、うん。そう……だね……掃除道具、ありがとうね」
まったく休息できずに部屋の掃除を2人で始める。
『パタパタパタ』
『きゅっ! きゅっ!』
『さっ、さっ、さっ!』
♦ ♦ ♦
『きらきら。シャララン!』
「よしっ、だいぶ綺麗になったんじゃないっすか?」
「そ、そうだね……」
鬼渡のおかげで地獄課の室内は綺麗になった。京子の想定よりもずっと早く。
「……そう言えば課長。地獄の門を開けるって言ってましたけど……場所、知ってるんすか?」
「え? あっ、と、し、知らな~~い」
いつも間にかしれっと座っていた椅子から慌てて立ち上がり答える。
「じゃあ、行きましょうか。時間もまだ申の刻ですし、案内しますよ」
申の刻、つまりは午後の4時。終業時間の戌の刻までは十分な時間がある。が、身体疲れきっている。
「あっと、う~~ん……でもぉ、罪人たちが外にはいるし~~、閻魔の大鎌なしだと危ないかなぁ……あたし一応、女だしぃ」
何とか行かなくていい理由をひねり出す。
「大丈夫っすよ、俺がいれば。大抵の罪人はぶっ潰せるんで……俺が課長を守りますよ」
―――かっこいい。確かにこの男がいれば大抵の罪人は倒せそうである。何より餓鬼課で見たあの怪力、瞬時に物品倉庫から掃除道具をとって来た身体能力。この言葉に嘘はなさそうである。実に頼もしい言葉。が、この時ばかりは出来ればヘタレな言葉を聞きたかった。
「あっ……うん。そっか……そっか……じゃあ、行こうか……うん……うん」
京子は鬼渡に促され、重い足を持ち上げながら室内を出るのであった。
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