第19話 初出勤!! 六課長会議



「うわぁああああああ!!!」



 天空省の建物に走って入る京子。



 天空省の内部は1階から上の階が見える吹き抜け構造である。おそらくは最上階までつながっているのであろう。天海山が乗っていた昇章雲があれば屋上まであっという間なのであろうが、ランクが中品下生の京子ではたとえここに昇章雲しょうしょううんがあったとしても使うことが出来ない。1階からなす術なく一度吹き抜けから上を見上げるとすぐに階段へと向かう。



「うおぁああああああ!!」



 必死に階段を上ってゆく京子。着ている服が和服のような服であるため裾が足にまとわりつく。両手で膝元の布をたくし上げ、上りやすい態勢にして必死で駆け上がってゆく。






 ♦  ♦  ♦






『タンッ、タンッ、タタンッ、タン、タタンッ!!』

 


「ううっ……雪宮さんのせいじゃ…ちゃんと会議だって教えてくれていたらこんなことには……はぁ……はぁ……な、ならなかったのに……」



 そう。京子は章の暮らしは初心者。であれば、しっかりと雪宮が天空省の予定表を確認してくれればよかったのだ。そうすれば卯の刻ではなく、寅の刻に起きて時間にゆとりが持てたはずである。ずべては雪宮のせい……京子の頭にそんな考えがよぎる。と、その時、修羅課の亜修羅課長の言葉を思い出した。



 【三毒というのは思い込みの感情である痴からそれに囚われ怒りの感情の瞋を呼び起こし――】



「そうか!! これがってやつじゃな!! あたしの五蘊ごうん? がに侵されているから雪宮さんに対する怒りの感情が込み上げてきたんだ。たしかその怒りの感情は……じんだっけ……?」



 会議に間に合うかどうかという状況でそんなことを考える。しかし京子の足は階段を上るのをやめない。頭では別のことを考えていても、足は動かしていなければ確実に間に合わなくなる。



 ちらり時計を見る。



 針はうさぎと竜の間を通り越し、ますます竜に近づいている。残された時間は少ない。



「うぉおおおおおおおお!!! りゃああああああああ!!!」



 一段と気合を入れ直して階段を飛ばす。一段ずつでは間に合わない。京子は一段飛ばしで階段を駆け上がってゆく。






 ♦  ♦  ♦






「はぁ……はぁ………はぁ……はぁはぁ……」



 ここは76階。通称『南無階なむかい』。天空省の最上階である。階段を上がりきり、しばらく歩くと『会議室』と書かれている部屋があった。



「あっ……あった」



 その会議室と書かれた部屋の前には靴が3足分並べられている。京子も靴を脱ぎ、一段高くなった段差に裸足で足をかける。靴は地獄課で服と一緒に用意してあったものである。が、靴下はなかったので裸足のままである。そして目の前にあるのはふすま。京子はそのふすまを横に引き、部屋に入る。



「はぁ……はぁ……し……失礼します」



 時間には間に合っているだろうか。疲れと気まずさで意識が飛びそうな中で精一杯気力を保つ。



「おおっ、日下君かぁ。いやぁ、待っていたぞ」



 声をかけてくれたのは腕が複数ある大男。昨日のあいさつ回りで修羅課にいた男、亜修羅課長である。



「はぁ…す、すみません……も、はぁ……もうは……始まってましたか?」

「ん?? いやぁ、これから始める所さ。さぁ、どこでもいいから好きな所に腰かけてくれい」

「よ、良かっ……はぁ……た。間に……はぁ……あ、合った……はぁ、はぁ……」



 部屋は京子の部屋のように畳に四角いテーブルが長方形に並べられている。見た目としては宴会場のようなセッティングである。部屋には昨日雪宮と共に途中まであいさつ回りに同行してくれた部長である天海山、天国課課長の空谷、人間課課長の琴流、修羅課課長の亜修羅の計4名がいた。

 


(あれ? ……置いてあった靴は3足……ああ。部長は昇章雲で来たのか……)



 疲れ切った身体でどうでもよいことを考えながら京子は一番下座の席に腰かけた。隣には昨日のあいさつ回りで2番目にあいさつした人間課の琴流が座っている。






 ♦  ♦  ♦






「え~~、それでは3月1回目の六課長会議を開始します。では、空谷君から天国課の今月の業務内容及び来月の業務予定を大まかに説明してくれ」



 会議が始まった。



 進行をしているのは天海山ではなく、修羅課の亜修羅である。京子にとってはありがたい。天海山が進行をした場合、すべてが章のスキルの一つである『念』によって意思疎通がなされ、何一つ理解できぬまま会議が終了する可能性さえあった。



「はい。それでは天国課の今月の業務内容に関してですが――」



 亜修羅に促された天国課の空谷が説明を始めた。



「………はぁ……はぁ……」



 一方の京子は疲労困憊で話を聞くどころではない。力いっぱい肩で息をする。あまりにも大きな呼吸音に隣に座っている琴流が心配そうに前方で説明する空谷に背を向け、京子の方を見つめている。



「――ということで天道の4月以降の天国収容スペースは十分に確保されています。次に予算に関してですが――」

「………はぁ……はぁ……」



 難しい言葉が続く。次第に呼吸が整ってきて天谷の声が耳に届くようになってきた。そして改めて周囲を見て思った。――――人数が、足りない。



 六課長会議は六道の課長が集まって行う会議である。本来であれば六道の6名と部長の合計7名がいるはず。が、部屋にいるのは5名。昨日同様に畜生課と餓鬼課の課長がいない。



(まったく。畜生課と餓鬼課の課長は何してるんじゃ…こんなんならあんなに必死に駆け上がるんじゃかなった。まぁ、あたしはまじめだからちゃんと時間通りに来たけど……)



 未だに顔も見たことのない2名の課長にいらつく。



「え~~、では最後に地獄課長の日下君」

「………え? わ、私ですか?」



 京子が色々と考え込んでいる間にいつの間にか人間課と修羅課の業務報告も終わっていたようである。畜生課、餓鬼課が不在であるので最後に地獄課の京子の順番が回って来た。



「ああ、そうだぞ? 日下君ももう立派な地獄課の課長だからな。ただ、日下くんはここに来たばかり……来て早々に今月や来月の業務報告なんてことは難しいだろうから……そうだな…これからどんな地獄を作っていきたいか。それを話してくれれば良い」

「えっ……ど、どんな地獄にするか……ですか?」



 空谷と琴流の視線も京子に注がれている。しばらく考えたのち、京子は立ち上がる。



「えっと……昨日もあいさつ回りでお伺いしましたが改めまして日下京子です。よろしくお願いいたします。私は前任の地平課長から今の地獄の現状を聞きました。悪事を働いた罪人がたいした罰を受けることなく輪廻の中に戻されていること。そしてそれがずいぶん前に閉じてしまった地獄の門が開けられないことが原因であるということを知りました。………だから。私は、その地獄の門を開けて……罪人が正しく裁かれる地獄を作っていきたい……です。よ、よろしくお願いします」



 それを聞いて亜修羅は黙って目を閉じながら『うん、うん』と頷いている。一方の空谷と琴流は京子を見ていた視線を互いに向けあい、見つめあって再び京子に視線を戻す。



「うむ、ありがとう。では、今の会議の内容の中で何か質問のある者はおるか?」

「はい」

「では空谷君!」



 亜修羅の問いかけに手をあげたのは空谷であった。空谷は立ち上がると京子に質問をする。



「今のお話ですと日下さんは地獄の門を開門するとのことでしたが、具体的にはどの程度の予算が必要になるのでしょうか?」

「えっ……よ、予算ですか?」

「はい、予算です。色々必要ですよねぇ。ただ、私たち天国課でも来年度は新しく天国に桃の木以外に琵琶の木や栗の木なども植林する都合上、他の課の予算を把握しておきたいので。ご説明して頂けますでしょうか?」

「えっ、えっと……予算は……今すぐには……ちょっと、分からないです。すみません」



 無理な話である。昨日ここに来たばかりの京子。どんな地獄にしたいかという話をするだけでも十分なはずである。にもかかわらず空谷は予算という具体的な数値を示すように要求してきたのだ。



「そうですかぁ。あまり深くは考えていない……と。では、とりあえずは予算の概算も業務計画もしっかりとしている天国課の業務を優先しても問題なさそうですねぇ……ありがとうございました」



 空谷は京子に対してうっすらと笑みを浮かべている。当の本人も京子から具体的な答えが返って来るとは思っていなかった様子である。確信犯である。



(何なんじゃ、こいつは……相変わらずの意地悪女じゃ!!)



 やはりこの意地の悪い女とはそりが合わない。そう思った。



「以上、意地悪女からの質問を終了しま~~す」

(はうっ!!)



 心が読まれた。京子は迂闊であった。ここ章では『念』によって中品中生より下のランクの『念』が使えない者は心が読みとられてしまう。



 天国と地獄。2つの領域が相反するように、この両者の存在もまた天国と地獄のように決して相容れない存在同士のようである。


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